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第19話 国外追放1

 ラシード。それは確か……サイードが生まれてすぐに母ともども暗殺されたという、サイードの異母兄の名前ではなかったか。  サイードもすぐに思い至ったのだろう。驚愕の顔をしていた。 「な、んだと? ラシード王子は死んだのではなかったのか」 「実は我々がこっそりと逃がしていたのですよ、ラシード王子のことだけは。そのラシード王子が王宮へ戻ってきた。ジャミル様もご自分の子息だと認め、国王の座を譲ることに決めました。それが一ヶ月前のことです」 「父上が……」 「ですから、もうこの国にあなたの居場所はありません。婚約者である聖帝ともども、この国を出て行っていただきたい」  一度ヒデナイト地方へ戻ってその準備をしなさい、と一方的に言うだけ言って、ヨーゼフは身を翻した。その背中を、サイードが引き止める。 「待てっ。父上と話を……!」 「ジャミル様はもうあなたとはお会いになりません。あなたも王族なら、事実を受け止めて潔く国のために早く出て行きなさい」  冷たく言い放ち、今度こそヨーゼフはその場を立ち去っていった。  呆然と立ち尽くすサイードを、クラークは気遣わしげな顔をして覗き込む。 「大丈夫ですか、サイード殿下」 「あ、ああ……」 「ヨーゼフさんの言う通り、一度ヒデナイト地方に戻りましょう。エラムさんならもっと詳しく事情を教えてくれるのではないでしょうか」 「そう、だな。ありがとう、クラーク」  力無く笑うサイードにクラークの胸はちくりと痛む。ラシードが生きていたことにも驚きだが、それ以上に王位をサイードではなくラシードへ譲ったというのも信じられない。ずっと自分が王位を継ぐのだと思っていたサイードからしたら、驚きを通り越して放心ものだろう。  それも、国外追放を言い渡されるなんて。  すぐにヒデナイト地方へ出発することになったが、道中サイードは無言だった。クラークもなんと慰めたらいいのか分からず、沈黙したまま旅は続いた。  そしてようやくヒデナイト地方へ戻ると、 「サイード殿下! お戻りになりましたか!」  いの一番にエラムが出迎えた。その背後には、何故かファティマと彼女の傍仕えの女性二人もいる。約一年ぶりに会うファティマは美しい淑女へ成長していたが、クラークの顔を見るなり無邪気にぱっと顔を明るくした。 「クラーク! 久しぶりね!」 「え、ええ。お久しぶりです。成長されましたね。それにしてもどうして、ファティマさんたちがここに……」  クラークのもっともな問いかけに、ファティマは眉を寄せて小声で言った。 「あなたたちが心配で駆けつけたのよ。その、ほら、新しくラシードとかいう男が国王に即位したでしょう? それで殿下やクラークが国外追放されるって、父上から聞いたものだから」  一年前から、ファティマとは文通する仲だ。最初はサイードの側妃にはなれないようだとクラークが謝罪の手紙を送ったのがきっかけで、なんだかよく分からないがそれから文通が始まった。  出会った頃に言われた数々の非礼は詫びられており、今では恋敵ではなく友人といってもいいかもしれない。ファティマの心境の変化はよく分からないまま、ではあるが。 「エラム、ラシード王子が生きていて国王に即位したというのは本当か」  サイードが確認するように問うと、エラムは眉をハの字にして「はい」と答えた。 「一ヶ月ほど前のことです。サイード殿下たちがタナルに帰国する前に、いきなりラシード王子が国王に即位しました。サイード殿下のことは国外追放するゆえヒデナイト地方領主を解任する旨の書状も届いています」 「……そうか」 「ジャミルへい……いえ、ジャミル様とはお会いになられましたか」 「いや、もう俺と会う気はないらしい。ヨーゼフに追い返された」 「そうですか……とにかく、一度お二人の家に戻りましょう。今後のことを考えなければ」  エラムに優しく促されて、サイードは「そうだな」と俯きながら再び歩き始める。その隣にエラムが並び、後ろにクラークやファティマたちも続いた。  家の中は不在にしている間、エラムが管理してくれていたらしい。半年以上不在にしていたのに、家の中は綺麗だ。と、思っていたら。 「これはサイード殿下にクラーク様。お戻りになったのですね。出迎えられずに申し訳ありません」  執務室から出てきてそう声をかけてきたのは、睡蓮騎士団副団長ハサンだった。ハサンはもう四十路を過ぎた、気のいいおじさんといったところだ。  辺境の村の管理を任せていたはずだが、どうしてこの村にいるのだろう。それに執務室から出てきたというのも謎だ。  サイードも同じことを思ったに違いない。目を瞬かせていた。 「ハサン。どうして、お前がこの村に?」 「三週間ほど前にエラムから呼び出されまして。後任が決まるまではヒデナイト地方の管理を俺に任せるから、さっさとこの村にこい、と。それで一週間前からこの村で地方領主代理をしています。エラムに指導を受けながら」  いやあ、超スパルタなんですよ、エラム団長、とハサンはおどけて肩を竦めてみせる。それは聞いたエラムはにこりと笑って、「あなたの物覚えが悪いだけです」と毒を吐いて言い返した。仲が悪く見えるかもしれないが、この二人はいつもこんな感じだ。  サイードは解せないという顔でエラムを見た。 「エラム、お前がやればいいだけじゃないか。どうしてわざわざハサンを呼んだんだ」 「決まっているじゃないですか。サイード殿下のお傍にいるためですよ」 「俺の傍に、って……おい、まさか」 「ええ。私はどこまでもあなたについていきます」  優しく微笑むエラム。その温かい眼差しにこみ上げてくるものがあったのだろう。サイードは咄嗟に言葉に詰まっていた。 「バカか……! お前までこの国を出て行く必要はあるまい……!」 「私はサイード殿下の護衛騎士ですから。護衛は主人がいなければ成り立ちません。それに……他の騎士たちもそうですよ。みな、あなたについていく気満々です。それぞれの村の管理があるので、今ここには馳せ参じておりませんが」 「揃いも揃ってバカばかりか……!」  毒づくサイードの言葉尻には、けれど今にも泣き出しそうな響きがある。まさか、己の騎士団員たちがついてくるつもりだとは思っていなかったのだろう。クラークと二人でタナルを出て行くしかない、とずっと考えていたに違いない。 「あ、俺も本当はついていきたいんですよ~? でも、お前はヒデナイト地方に残って領民を守れってエラムからの命令があるんで、俺はちょっとお付き合いできないです。すみません」  そう口を挟んだのはハサンだったが、ハサンの言うエラムからの命令、領民を『守れ』という部分にサイードは眉をひそめた。 「……領民を守れ? どういう意味だ、エラム。国王陛下がヒデナイト地方に何か害をなすつもりだとでもいうのか」 「害をなすというより……いえ、おそらく害をなすでしょう。それもヒデナイト地方だけではなく、全国民に」 「全国民に……? 新しい国王陛下が即位したこの一ヶ月で何かあったのか」  答えたのはエラムでもハサンでもなく、ファティマだった。 「重税が始まりましたのよ、殿下」 「重税? どれくらいだ」 「今までの二倍です」 「二倍!?」  目を見開くサイード同様に、クラークも声を出さずとも驚いた。これまでの税率はあまり高くなかったとはいえ、いきなり二倍に引き上げられたというのか。  それは……国民の生活に大打撃を与えているに違いなかった。もし、そのまま税率が引き上げ続けられるというのなら、国民が貧困に陥るのは目に見えている。

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