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第20話 国外追放2

 サイードは困惑した顔だ。 「国王陛下はどうしてそのようなことを……」 「国王陛下、というよりも取り仕切っているのはヨーゼフ殿ですよ。昔のツテで得た情報によると、傀儡政権らしいですから」  口を挟んだハサンを、サイードは見た。 「そうか、お前は昔、父上の王専属騎士団の一員だったな。そのツテか」  王専属騎士団。それは文字通り国王専属の騎士団のことだ。サイードも国王に即位していたら、睡蓮騎士団を一度解散させて王専属騎士団を再編するはずだった。 「聞けば、ラシード王子を連れてきたのもヨーゼフ殿らしいです。それで傀儡政権で好き勝手に政治を牛耳ってる。なんだか、怪しいですよねえ」 「……国王陛下は偽者のラシード王子だと?」 「可能性の話ですよ」 「ですが、十中八九そうでしょう」  エラムは厳しい表情をしてそう意見した。 「ラシード王子は十六年前に暗殺されています。実はこっそり逃していたなんて、嘘に決まっていますよ」 「だが、エラム。父上が自分の息子だと認めて、王位を譲ったんだろう」 「あの人柄だけはいいジャミル様ですよ? 死んだはずの息子が生きていた。そう嘘を吹き込まれたら、喜ぶあまりにご自分の息子だと盲目的に信じてしまってもおかしくはないかと」 「まあ……否定はできんが」 「それに」  エラムは真っ直ぐサイードを見つめた。 「仮に国王陛下が本物のラシード王子だったとしても。王位につくべきなのはあなたです、サイード殿下。正当な第一夫人の血を引く、最も高貴な御方なのですから」 「……エラム。王制である以上、王家の血を引くことは確かに必要かもしれんが、第一夫人の息子だから王位につくべき、というのは賛同しかねるな」 「何故です」 「王になるべきなのは、国民のために政を行い、国を発展させることができる賢王だ。そこに第一夫人の息子だとか、第二夫人の息子だとか、関係ないと俺は思う」 「ヨーゼフ殿の傀儡となり、国民に負担を強いる今の国王陛下の方が、サイード殿下より王に相応しいとおっしゃられるのですか」 「それは……」  言い淀むサイードだったが、エラムの主張にはっとした顔をした。 「って、おい。お前、まさか、俺に現国王政権に反旗を翻せと言っているのか」 「サイード殿下こそ、このままヨーゼフ殿たちを野放しにするおつもりなのですか」 「……まだ、現国王政権が悪いものだとは判断できないだろう。税率は元々低すぎた部分があったし、何か理由があって引き上げただけかもしれん。……軽々しく反乱を起こせなど言うな。戦になったら多くの血が流れる。それこそ国民のためにならない」 「では、今は様子を見るのが最善だと?」  ぽんぽんとやりとりを交わす二人へ、ハサンは苦笑いで「お二人さん、話し合うならリビングへ移動しましょうぜ」と促した。確かに玄関先で立ち話するような軽々しい内容ではない。  それもその通りだとサイードもエラムも思ったらしく、二人はリビングへ移動した。クラーク、ハサン、ファティマたちもその後ろへついていく。  クラークだけは途中から別れて台所へ立ち、人数分のチャイを淹れた。リビングへ運ぶと、ファティマの傍仕えの女性二人を除く四人が席についていて、クラークはそれぞれの前にチャイを差し出す。傍仕えの女性二人には手渡しだ。  みな、「ありがとう」、あるいは「ありがとうございます」と礼を言ってくれた。運び終えた後は、サイードの隣の席が空いていたのでそこに座る。  サイードとエラムの話し合いは、まずどこの国へ身を寄せるかどうか。それは隣国のリグかイルゲントにするつもりだ、とサイードは言った。 「どちらにも恩は売っている。受け入れてくれるだろう」 「では、どうやってこの国の情報を得ますか」 「ハサンがこの村に残るんだろう。なら、ハサンからこの国の内情を手紙で伝えてもらって様子見を……」 「恐れながらサイード殿下。俺が手紙を書いても、ヨーゼフ殿の手下に検閲される可能性が高いかと。十分には情報をお伝えできないかと思います」 「その通りですね。サイード殿下を国外追放するのは、王位を奪われることを危惧したためでしょう。サイード殿下へ不利益な連絡を取らないか、睡蓮騎士団の騎士たちは監視されることは間違いないです」  エラムとハサンの意見に、サイードは眉尻を下げた。 「……となると、誰から情報を得ればいいんだ。俺には他にツテはないぞ」 「――殿下」  鈴の音のような可愛らしい声が、リビングに響いた。声の主、ファティマへその場の全員が顔を向ける。ファティマは覚悟を決めているような表情で言った。 「私がこの国の内情を殿下たちへ手紙でお伝えしましょう」  思わぬ申し出に、男性陣は目を瞬かせた。 「ファティマ殿、が?」 「はい。私は睡蓮騎士団員ではありません。婚約者でもありませんし、監視されることはありませんでしょう」 「ですが、ファティマ様。私たちと内通していることがヨーゼフ殿にバレてしまったら、あなたの身が危険です」 「覚悟はできております」  ファティマは凛とした表情と声音でそう言い切った。 「地方領主の娘として、この国を憂う心は殿下たちと同じ。協力させて下さい」 「ファティマ殿……」 「幸い、イルゲントの第一王女とは交流があります。そちらへ身を寄せていただければ、殿下たち宛への手紙だと勘繰られることなく情報をお伝えできます」 「……すまない。恩に着る」  サイードが深々と頭を下げると、エラムとハサンもならって頭を下げた。慌ててクラークも頭を下げる。まさか、ファティマがこんなにも気高く頼もしい女性だったとは思わなかった。 「では、しばらくイルゲント王宮へ身を寄せることに決定しましたね」 「ああ。旅支度をしたら、すぐにでも出発しよう」  そんなわけで。  クラークたちは再びイルゲントへ向かうことになった。サイード、エラム、そして何人かの睡蓮騎士団の騎士たちも連れて、一週間後にはヒデナイト地方を出た。  村人たちからは名残惜しまれ、クラークたちを国外追放するという国王陛下に憤りを隠せない者たちもいたが、サイードは「どこで聞き耳を立てられているか分からないから、国王陛下を悪く言うのは控えてくれ」とやんわりと制していた。もちろん、村人たちを守るためだ。  ハサンを含めた半数以上の睡蓮騎士団の騎士たちもまた、村人たちを守るためにヒデナイト地方に残る。サイードの指示だ。  一ヶ月半にも及ぶ長い旅路。夜営をしつつ、ひたすらイルゲント王宮を目指した。 「すまないな、クラーク」  あと少しでイルゲントに入国するというところの夜営にて、サイードは唐突に謝った。何に謝られているか分からないクラークは、目を瞬かせるしかない。 「なんのことですか」 「君まで巻き込んでしまって。それに王婿になるべくこの国にきたのに、このままでは王婿にはなれん。そのことが申し訳なくてな」  心からすまなそうな顔で言うサイードに、クラークはふっと笑った。 「謝る必要はありません。王婿なんて元々私には荷が勝ちすぎた地位ですし、それに私は……私だって、サイード殿下のお傍にいたいです」 「クラーク……ありがとう」  サイードの手が、クラークの肩を抱く。ぱちぱちと爆ぜる焚き火を眺めながら、クラークもサイードの肩に寄りかかった。サイードの温もりが心地いい。 「シムディアへ帰ったらどうだ、と言えない俺を許してくれ」 「帰るつもりは最初からありませんが……どうして言えないんですか」 「君を手放したくないからだ」  ド直球な言葉にクラークの頬が赤らむ。気恥ずかしくはあったが、けれどそれは嬉しい言葉だった。手放したくないと思ってくれるほどに、強く想われているようで。 「俺が国王にならなくても、傍にいてほしい……というのは、わがままなんだろうな」 「いえ、いつまでもお傍にいますよ。国王にならないのなら、一緒に畑でも耕して暮らしましょう」 「ははっ、それもいいな」  新たな未来を想像して語り、一夜を過ごして。翌日、イルゲントへと足を踏み入れる。  イルゲント国王へは事前にしばらく王宮で保護してもらえないかと書状を送り、またファティマもイルゲント国王の第一王女宛に事情を記した手紙を送ったことから、イルゲント国王は快くクラークたちを出迎えてくれた。  好きなだけ滞在するといい。そう寛大に言って、王宮の客室をそれぞれあてがった。ちなみにクラークとサイードは同室だ。婚約者同士ということで気を遣ってくれたらしい。さすがに寝台は別々だったが。  まあ、それはともかく。  イルゲント王宮へ身を寄せることになったクラークたちはそこで生活を送りつつ、イルゲント第一王女を通じてファティマからの手紙を読んで、タナルの現国王政権について情報を知っていった。  そしてあっという間に一年が過ぎた頃には――度重なる重税により国民が苦しんでいるとファティマからの手紙には綴られていた。

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