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第21話 サイードの決意
「サイード殿下、ご決断を」
イルゲント王宮の客室にて。エラムが睡蓮騎士団の騎士たちとともに真剣な面持ちで、椅子に腰かけているサイードに進言していた。クラークはサイードの隣に座ったまま、サイードの横顔を見つめて返答を待つ。
しばし、沈黙が下りた。
「……軽々しく反乱を起こせなどと言うな、と言っただろう」
「では、圧政に苦しむタナルの国民を見捨てるというのですか!」
「そうは言っていない。ただ、もっと慎重に考えるべきだと思っているだけだ」
下がれ、とサイードはエラムたちに命じた。エラムは珍しく不満げな表情を浮かべたが、「……はい」と素直に引き下がって部下たちと客室を後にした。
クラークはうーん、と考える。
(確かに反乱を起こすなんて、慎重に考えるべきことだろうけど……)
慎重に考えている間にどれだけのタナル国民が苦しみ、下手をしたら死んでしまうか。そう考えたら、早急に決断を迫るエラムの気持ちも分からなくはない。
サイードは無言のまま、難しい顔をして考え込んでいる。もちろん、サイードだって真剣にどうするべきかを悩んでいるのだろう。
けれど、と思う。サイードが悩んでいることが、果たして単純に反乱を起こすべきかどうかというだけの問題には思えなかった。国民思いのサイードならば、迅速に行動を起こしていてもおかしくないと感じるからだ。
そうしないのは……他に何か悩み事があるからではないか。
「……サイード殿下」
「なんだ、クラーク」
「私個人としては、タナルの国民を救うためにはもう反乱を起こすしかないと思っているのですが……サイード殿下もおそらくそう理解されているでしょう。では、すぐにそうしないのはどうしてですか」
「………」
「何か他に悩み事があるのなら、話してもらえませんか。サイード殿下のお力になりたいです。悩むのなら一緒に悩みましょう」
サイードの悩み事を解決できるとは思っていない。それでも婚約者として、悩みは共有したい。少しでもサイードの心を軽くしたい。
そんな真っ直ぐな思いを、サイードは感じ取ったのだろう。どことなく困ったような顔をして、クラークを見た。
「あまり、君には情けないところは見せたくないんだが」
「私はサイード殿下のどんなお姿も受け入れます。それに何かに悩むことが情けないことだとは思いません」
「……そうか。ありがとう」
サイードはふっと笑ってから、正面を向いて悩みを打ち明けた。
「悪王を倒すことは、簡単……とまではいかないが、そう難しくないだろう。イルゲントからもリグからも援軍を派遣してもらえるという話だからな。――だが」
一旦そこで話を区切って、サイードは俯く。その横顔はどこか自信なさげだった。
「それで仮に俺が国王に即位したとして。俺だったら悪王にはならないのか? 国民のためになるような政治を行えるのか? そんな不安がある」
「サイード殿下……」
「今の俺には賢王になれる自信がない。人生経験も浅いし、まだまだ勉強不足だ。そんな俺が国王になったとして、今の政権より悪くならないという保証がないじゃないか」
ああ、そうか、と思う。
この人は本当に国民思いの人だから。だから、反乱を起こした先を見据えて、自分も現タナル国王と同じ道を辿らないか危惧している。
クラークは柔らかく微笑んだ。
「サイード殿下。サイード殿下は、すでにもう賢王への道を進んでいるではありませんか」
「賢王への道……?」
「ヒデナイト地方領主としての二年間。サイード殿下はよく管理されていました。村人たちはみな、サイード殿下を慕っていましたよ。地方領主と国王とでは、もちろん規模が違うかもしれませんが、やることはそう変わらないのではないでしょうか」
「……だが」
「それに、お傍に私がいます。エラムさんも、他の睡蓮騎士団の騎士たちも。サイード殿下が道を踏み外そうとしたら、私たちが全力で止めますよ」
だから、どうか。
クラークはそっとサイードの手に自身の手を重ねた。
「もっと、ご自分に自信をお持ち下さい。もっと、私たちを信頼して下さい。サイード殿下ならできます」
「クラーク……」
顔を上げて再びクラークを見たサイードだったが、そっと目を閉じる。そして次に目を開いた時には、為政者としての顔になっていた。
「……そうだな。自分に自信を持つのは難しいが、俺には君やエラムたちがいる。俺が誤った道へ進もうとした時は、君たちが止めてくれると信じよう」
「じゃあ……」
「ああ。――悪王ラシードたちを討つ」
現王政権を終わらせると決めたサイードの行動は早かった。イルゲント国王に己の決意を伝えてイルゲント軍の要請を求め、同時にリグ国王にも書状を出してリグ軍にも援軍を求めた。もちろん、どちらも快く力を貸すことを承諾してくれた。
リグの難民を受け入れたり、イルゲントへ食糧援助を申し出た、サイードの行動の結果だ。与えた恩が、今ここに返ってくる。
「では、リグ軍の指揮はハサンに任せます。イルゲント軍は私が……」
「いや、イルゲント軍は俺が率いる」
サイードの言葉にエラムはぎょっとして、「何をおっしゃられるのですか!」と慌てふためいた。
「最前線に立つなんて容認できません! サイード殿下はイルゲント軍の中央にいてもらいませんと!」
「ラシードたちのことは俺が討つんだ。俺が先頭にいなければ、イルゲント軍の兵士たちに示しがつかん。それに俺自身が率いた方が軍の士気が上がるかもしれない」
「そ、れは……」
「俺に剣術を教えてくれたのはお前だろう。俺の腕が信用できないか?」
「……分かりました。私と一緒に先頭を歩きましょう」
渋々と受け入れたエラムへ、クラークも言った。
「エラムさん。私も先頭を歩きます」
「は?」
思わず素が出てしまったらしいエラム。何を言っているんだ、とその目は語っている。まあ、それもそうだろう。まさか、クラークまで戦に参加するとは思っていなかったに違いない。
「ク、クラーク様もついてこられるんですか?」
「もちろんです。どこまでもサイード殿下についていきます」
それにはさすがに困惑した顔で、エラムはサイードを見た。
「あの、サイード殿下……クラーク様はこうおっしゃられていますが」
「問題ない。俺が許可をした」
「な…っ……正気ですか!? 武術の心得のない素人を、同行させるなんて!」
非難めいた言葉を向けるエラムに、椅子に座っているサイードは腕を組んでふんぞり返った。
「クラークの能力が作戦に必要なんだ。だが、もちろん、危険なのは確かだ。だから、お前がクラークを全力で守ってくれ」
「作戦って……もうお決めになっているのですか」
「クラークと話し合ってな。いい手を思いついた。あまり血を流したくないからな」
「……どのような作戦で?」
それに答えたのは、真剣な表情をしたクラークだった。
「――『霧』を使おうと思います」
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