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第22話 集結

 イルゲント軍、リグ軍。それぞれタナルの両端から王都へ向かって進軍する。わざとサイードが反乱を起こそうとしているという情報を漏洩させたため、タナル軍は二つの軍を迎え撃つためだろう、二手に分かれた。  元々タナル軍の戦力は、イルゲント軍とリグ軍二つを相手にしたら不利ではある。けれど、進軍を止めるためには仕方がないといったところだろう。サイードとしても、タナル軍が一丸となって各個撃破してくる可能性よりは、二手に分かれてくれた方がよかったようだ。その情報を聞いて満足げな顔をしていた。  エラムは注意深く辺りを見回しながら、言う。 「もうすぐ、タナル軍とぶつかりそうですね」 「ああ。上手くいくといいんだが。――クラーク」  隣を歩くサイードが、クラークを見た。 「すまないが、そろそろ頼む」 「はい」 「エラムも、クラークについていてくれ」 「分かりました」  早朝のまだ肌寒い中で、クラークは天魔法を発動させた。晴れた空に呼び寄せられた雨雲から、豪雨が一帯に降り注ぐ。  雨に濡れながら、クラークはサイードとのやりとりを思い出した。 『霧を使えばいい? 確かに視界が悪いところを襲いかかればこちらが有利だろうが、そんなことが可能なのか?』 『はい。タナルの気候は夜は寒いですから、早朝ならまだ地表は冷たいでしょう。そこへ暖かい雨を降らせることによって水滴が蒸発し、霧を発生させることができます。あくまで理論上の話ではありますが』  霧にもいくつかの種類がある。移流霧や放射霧、前線霧、滑昇霧などなど。今回クラークが提案しているのは、蒸発霧の人為的な発生だ。 『あまり血を流したくはないのでしょう。試してみる価値はあるかと』 『……確かにそうだが。君まで戦に同行するつもりか』 『私はどこであろうとサイード殿下の行くところへついていきますよ。それに……少しでもサイード殿下のお力になりたいですから』  サイードはしばし考え込んだ末、「ふう」と息をついて苦笑いで言った。 『本当に君は俺にはもったいないほどの花婿だな』  突如発生した霧によってタナル軍が混乱しているところを、一気に叩く。それがクラークとサイードが考えた作戦だった。  そしてそれは――成功した。サイードが先陣を切って、タナル軍の兵士たちを次々と昏倒させていった。 「サイード殿下」  霧の中から、五十路の男性が微笑みながら現れた。タナル軍の兵士のようで、サイードと剣を交えるつもりなのか、とクラークは不安に襲われたが、 「――どうぞ、お通り下さい」  と、男性は剣を抜くことなく道を譲った。それには離れた場所にいたクラークも、サイードも虚を突かれた。 「アブドゥル……どういうつもりだ」 「我々は……ああ、そこらに倒れている兵士たちはヨーゼフ派なので別ですが、サイード殿下がいらっしゃるのを待っておりました」  アブドゥルと呼ばれた男性の後ろには、大勢のタナル軍の兵士たちがいる。けれど、彼らもまた剣を抜く様子は見せず、黙って待機している。 (もしかして……この人たちはサイード殿下の味方か?)  そんなクラークの予想は当たった。タナル軍大将軍だというアブドゥルはサイード派であり、後ろに待機している兵士たちも同様に味方だということだった。 「……タナル軍の何割が俺の味方だ」 「七割といったところでしょうか。どうぞ、後ろにいる部下たちも引き連れていって下さい。王宮の警備を打破するのに必ずやお役に立つでしょう」 「お前は?」 「私はここに残ります。責任を取らねばなりませんので」 「責任?」  怪訝な顔をするサイードと同じく、クラークも内心首を傾げた。責任を取るってなんの責任を、だろう。  けれど、アブドゥルがそれに答えることはなかった。 「では、行くぞ」 「お待ち下さい、サイード殿下」  タナル軍の兵士たちを引き連れて行こうとしたサイードを引き止めたのは、エラムだった。珍しく険しい顔をしている。 「アブドゥル様の言葉を信用していいんでしょうか」 「どういう意味だ」 「我々に勝てないと踏んで、情状酌量の余地を求めてついてくる、と言っているだけかもしれませんよ、この兵士たちは」  つまりは忠義がない、とエラムは指摘しているらしかった。忠義がなければ、容易くサイードを裏切る。その可能性を危惧しているのだろう。  しかし、サイードはふっと笑った。 「確かに一理ある。だが、それならそれでいいじゃないか」 「何故です」 「戦力差は歴然だ。ということは、少なくともこの戦いで俺を裏切ることはないだろう。ならば、裏切られる前に忠義を抱くような、そんな国王に俺がなればいい。違うか?」  それにはエラムは咄嗟に言葉を返せないようだった。代わりに口を開いたのは、アブドゥルだ。 「立派になられましたな、サイード殿下」  成長した孫を見るような優しい眼差し。それを見たクラークもなんとなく、アブドゥルの言葉に嘘偽りはないのではないか、と思った。 「……そうですね。その通りです、サイード殿下」  エラムも柔らかく微笑み、「あなたならできます」と告げた。  そして、イルゲント軍とタナル軍の一部の兵士を引き連れて、再び歩き出す。  現タナル国王ラシードと宰相ヨーゼフがいる、王都へ向かって。 「お~、サイード殿下! お久しぶりです!」  王都を目の前にして、リグ方面から現れたのはハサン率いる、睡蓮騎士団とリグ軍――そしてそちらも同様にタナル軍の一部の兵士たちの姿だった。どうやら、彼らもサイード派ということで引き連れてきたらしい。 「ハサンか。よくここまでみなを率いてきてくれた」 「いえいえ。ヨーゼフ派の兵士たちなんて、ごく一部でしたから。突破するのは簡単でしたよ。あ、ご要望通り、敵はなるべく生け捕りにしましたので、ご安心を」  にこやかに笑って言うハサンだったが、サイードの傍にいるクラークの姿を見て、さすがに目を丸くしていた。 「え!? クラーク様のことも連れてこられたんですか!?」 「ん、ああ。作戦に必要だったものでな」 「どんな作戦か気になりますけど……まあ、後で聞きましょう。今はそれよりも」  ハサンを一番前にして、睡蓮騎士団員たちがサイードの前に膝を折った。人数的に全員が集結したのだろう。手の平に拳を当てる礼を取る彼らの迫力は圧巻だ。 「無事にご帰還できて何よりです。この日を心待ちにしておりました、サイード殿下」 「ああ」 「愚王ラシード一派を討ち、王位を手にしましょう」 「そうだな。そのために俺はきた」  覚悟を決めた顔で、サイードは剣を抜き、切っ先を王都……否、王宮へ向ける。そしてその場の全員に聞かせるように声を張り上げた。 「我が国民を苦しめる現王政権を倒す! ――行くぞっ!」  おお! と連合軍の兵士たちすべてが野太い声で応えて。  サイード率いる連合軍は王都へ乗り込んだ。

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