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第23話 勝利の女神

「クラーク。君はここでエラムと待っていろ」  王宮を前にして、サイードは立ち止まってそう言った。  けれど、最後まで付き合うつもりだったクラークは、「いいえ、私も行きます」と食い下がった。ここまでともにきて、最後まで見届けられないなんて歯がゆい。  それでも、サイードが首を縦に振ることはなかった。 「ダメだ。ここから先は戦闘が激しくなる。それに君はよくやってくれた。俺を信じてここで待っていてほしい」  サイードを信じろ。そう言われてしまうと、クラークはそれ以上食い下がることはできなかった。渋々と「……分かりました」と了承する。 「お気を付けて」 「ああ。必ずいい知らせを持って戻ってくる。エラム、クラークのことを頼んだぞ」 「はっ」  そうしてクラークとエラムは、王宮の前でサイード率いる連合軍と別れた。イルゲント軍、リグ軍、そしてタナル軍の七割の兵士がいて負けるなんてことはないだろうが、それでも不安は消えない。 (どうか、ご武運を)  クラークは祈るように指を組んで、そっと目を閉じた。  ヨーゼフ派の兵士たちが警備する王宮を、サイード率いる連合軍は瞬く間に制圧した。  サイードと睡蓮騎士団員たちは王の間へと真っ直ぐ突入し、逃亡しようとしていた現タナル国王やその側近たちを包囲した。 「貴殿の負けだ、ラシード」 「く…っ……」  悔しげに顔を歪める現タナル国王やその側近たちを捕縛するよう、サイードは睡蓮騎士団員に命じて。視線を素早く横に滑らせた。 「お覚悟をっ、サイード殿下!」  そう叫びながら斬りかかってきたのは、ヨーゼフだった。その太刀筋をサイードは正面から受け止める。 「ヨーゼフ……! この期に及んでまだあがくか!」  ヨーゼフの剣先を弾き飛ばし、サイードは一歩後退した。睨みつけるように真っ直ぐヨーゼフを見つめ、 「お前とは決着をつけないといけないな。――表へ出ろ」  そう、挑発的に吐き捨てたのだった。  王宮の前でエラムとともにサイードを待つクラークは、王宮から出てきたサイードの姿にほっと安堵した。怪我らしい怪我もしていない。きっと、制圧に成功したのだ。  そう思って駆け寄ろうとしたところ、エラムが引き止めた。 「お待ち下さい、クラーク様」 「え、なんですか? サイード殿下がお戻りに……」 「剣を抜いたままです。それに後ろにヨーゼフ殿もいる。もしかしたら……一騎打ちをするつもりかもしれません」 「一騎打ち!?」 「決着をつけるおつもりなのでしょう。どちらが国の上に立つべき存在か」  エラムの言う通りだった。サイードとヨーゼフは王宮手前の広い敷地にて、互いに剣を構えて対峙した。 「ヨーゼフ。お前はなんのために税を上げ続け、圧政を敷いていた」  静かに、けれど怒気がこもった声音で、サイードは問う。ヨーゼフは嗤った。 「おや、お分かりになりませんか。正当な報酬を得るためですよ」 「正当な報酬だと? 民を貧困にあえがせてまでか」 「私はこれまで国に尽くしてきた。安い賃金でね。本来ならもっと報酬を受け取っていてもおかしくないはずなのに、ジャミルが税を低くするあまり、宰相という地位の恩恵を受け取れなかった。その取り立てをしなければ、採算が合わないでしょう」 「……そうか。よく分かった。――お前がどうしようもないバカだということがな!」  サイードは罵倒しながら、地を蹴った。それが二人の戦いが始まる合図だった。キィンと金属同士が激しくぶつかり合う音が響く。 「国があるから民が存在するのではない! 民が存在してくれるから国が成り立つんだ! その民をないがしろにしてまで得るべき報酬とは一体なんだ!?」 「ならば、我々は無償で国に尽くせと言うのか!」 「そうは言っていない! 確かに労働に見合うだけの正当な対価は必要だ! 父上の治世ではそれが足りなかったことは認めよう! だがな、お前がやっているのは正当な報酬を得るというのを建前に、ただ私腹を肥やしているだけじゃないか!」  つばぜり合いをしながら、サイードはなおも続ける。 「権力を持つ者が私腹を肥やすようでは、その政権はいずれ腐り落ちる! 民から金を搾り上げて贅の限りを尽くす、そんなふざけた行動が許されると思うな!」  鋭く一喝し、サイードは力あらん限りで剣を振るう。しかしそれでも、ヨーゼフの剣を弾き飛ばすことは叶わない。  エラムの話によれば、ヨーゼフは宰相でこそあったが、元々は王専属騎士団の騎士団長で武芸の達人。年老いてもなお、その腕は衰えてはいなかったらしい。次々と繰り出される攻撃にサイードは押されていた。 「これは……分が悪いですね」  隣に立つエラムがぽつりとそうこぼした。咄嗟にエラムを見上げると、その秀麗な顔には冷や汗が滲んでいた。どうやら、本当にサイードが劣勢のようだ。 (そんな……!)  ここまできて、サイードが負けてしまうかもしれないというのか。そうなったら、サイードが死んでしまう。そんなのは嫌だ。  何か、何かないか。クラークの能力で、サイードを手助けできるような方法が。  必死に頭を回して、考える。クラークの能力。それは天魔法、地魔法、緑魔法、治癒魔法の四つ。地魔法で地震を起こしてもサイードだって転倒してしまうだろうし、今のところは治癒魔法で治すべき大怪我もないし、緑魔法なんて使ってもまるで意味がない。残るは天魔法だが、今は晴れているし、逆に雨を降らせたところでなんの援護にも――。 (……ん? 待てよ)  そこでふとクラークは己の思考に待ったをかけた。  雨を降らせても戦いにくくなるのは、サイードもヨーゼフも同じ。だが、雨による効果で生まれるだろう差がある。  本当に手助けになるかは分からない。けれど、試してみる価値はあった。  クラークはすぐさま天魔法を発動し、王宮前一帯に豪雨を降らせた。全身に打ちつける冷たい雨が、体温も体力も奪っていく。  突然、天魔法を使うクラークにエラムは最初こそ解せない様子だったが、次第にヨーゼフの息が上がってきた様子を見て、クラークの狙いを察したようだった。 「なるほど。体力勝負に持ち込ませるおつもりですか、クラーク様」  その通りだ。まだ若いサイードと、年老いたヨーゼフとでは体力が違う。剣術の腕の差を体力の差で補わせる、ということだった。  クラークは微笑んで頷く。 「サイード殿下を死なせるわけにはいきませんから」  この国、タナルのために。  そして何より――クラーク自身のために。  他の誰から卑怯だと罵られても構わない。サイードを勝たせる。それが今、きっとクラークがやらなければならないことだ。 (まあ……勝たせるといっても、本当に勝つかどうかはサイード殿下のお力次第だけど)  決して目を逸らさず、クラークは二人の戦いを見つめる。  サイードを押していたヨーゼフの剣撃が、やがて鈍り始めた。対して、サイードの動きは変わらない。はあ、はあ、と肩で息をするヨーゼフに対し、サイードは体力も十分に残っているようだ。  両者は激しい斬り合いの末――。 「これで終わりだっ!」  キィン、とサイードの剣がヨーゼフの剣を弾き飛ばし。  サイードは剣を鞘に収めながら、地に伏せるヨーゼフに言い放った。 「俺は玉座に執着があるわけではない。――それでも、お前らのような我が民を苦しめるだけの政治を行う輩に玉座を渡すことはせん」  その時、天魔法を止めたために再び晴れていく空からの陽光が、後光のようにサイードに差し込んでいた。

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