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第24話 真相

「本当に立派になったなあ、サイード」  ラシード一派討伐の戦が終わった日の夜。  王宮の一室にて、前タナル国王、つまりサイードの父はにこやかに笑っていた。けれど、そんな己の父と向き合うサイードの表情は冷ややかなものだ。それはエラムでさえも同様で、クラークもどういう表情をすればいいのか分からなかった。  サイードは、怒りを押し殺した声で問う。 「……どうして、何もしなかったんですか。王宮にいながら、ヨーゼフたちの圧政を諫めることもせず、どうしてのうのうと暮らせていたんですか……!」  国民が苦しんでいることを知っていたのに、と責める響きがそこにはある。  前タナル国王は眉をハの字にした。 「お前も分かっているだろう。私にそんな力はない。だが、お前ならやってくれると信じて……」 「ふざけるな!」  サイードは鋭く一喝した。 「王族とは民を守る存在だ! 力がなかろうと、やろうともしなかったことの言い訳にはならない! 全部人任せにして、それでも元とはいえ一国の王か!」 「サイード……」 「そもそもどうして俺になんの相談もなく、ラシードに王位を譲った!? ラシードに王たる資格があるかどうかを確認もせず、まだ死ぬわけでもあるまいに国王をやめた!?」  サイードからの追及に、前タナル国王はそっと目を伏せた。 「……国王であることが、私にとっては重荷だった。武芸はからきし、頭も悪くろくに政務もできない。そして何よりも……愛する夫や妻を守れなかった、無力な男だ」 「それで王位を放り出したとでも言うのか」 「そうだ。私はもう国王でいることに耐えられなかった。だから、ヨーゼフがラシードを連れてきて王位を譲らないかと言った時、……深く考えずに承諾してしまった」 「……呆れてものも言えんな」  腕組みをして盛大にため息をつくサイードに、前タナル国王はポロポロと涙をこぼしながらひたすら詫びた。 「すまない……! 本当にすまなかった……!」 「謝罪するなら国民にしろ。と、言いたいところだが」  サイードは真剣な顔をして告げた。 「父上。ヨーゼフたちの横暴は王位を譲った後のこととはいえ、あなたには任命責任というものがある。さらには圧政を放置していたという事実。――父上には国外追放を言い渡します」  それにはクラークは驚いて「サイード殿下!?」と思わず声を上げてしまった。実の父親を国外追放するというのか。  政治について右も左も分からないクラークには、その処罰が妥当なものなのか判別がつかなかったが、エラムが何も言わないことから重い処罰というわけではないらしかった。 「国外追放で済ませるのは、肉親としての恩情だとお思い下さい。というわけで、速やかに荷造りをしてタナルから出て行くように」  サイードは冷静な声で言い、身を翻した。部屋を出て行こうとするサイードの後を、クラークは慌てて追う。エラムも即座に付き従おうとしたところだったが、 「待ちなさい、エラム。お前には話がある」  と、前タナル国王はエラムだけを引き止めた。エラムは何故か神妙な顔をして、「……先に行っていて下さい、サイード殿下にクラーク様」とクラークたちを促した。  サイードは「分かった」とだけ応え、さっさと部屋を出て行く。クラークは「失礼しました」と一礼してから部屋を出た。  意匠が凝らされた柱が並ぶ廊下を歩きながら、クラークは気遣わしげに口を開いた。 「……本当によろしかったんですか、サイード殿下」 「なにがだ」 「お義父上のことです。国外追放なんてしたら……もう二度と会えなくなりますよ」  きっと、愛されて育っただろうサイードだから。もう父親とは会えない、そうなってしまったら寂しくはないのだろうか。  言外にそう告げるクラークに、けれどサイードは淡々と答えた。 「親子であろうと、けじめが必要だ。父上にとっても、俺にとっても」 「サイード殿下にとっても、というと?」 「偉そうに父上のことを糾弾してしまったが、俺とてすぐに行動を起こさなかった。そのせいでどれだけの国民が苦しんだことか。今となっては、エラムが言っていた通りにすぐに軍を率いてラシード一派を討伐すべきだった。そう自省している。だから、父上だけでなく、俺にも罰が必要なんだ」 「サイード殿下……」  どこまでも真面目で真っ直ぐな人だ。  クラークはそっとサイードの手を握った。なんとなく、そうしたかった。  クラークから手を握るのは初めてのことだ。サイードは少々驚いた顔をしてクラークを見たが、拒否することはなかった。 「クラーク……」  サイードはその場で立ち止まり、ゆっくりとクラークに顔を近付けてくる。迫ってくる端正な顔を見て、あることに気付いたクラークは「あ!」と声を上げた。 「サイード殿下、頬の傷口が開いていますよ。ちょっと待って下さい、今、手巾を……あれ? 入ってない」  手巾はいつもポケットに入れてあるはずなのに、ない。前タナル国王の下を訪れる前にはあったので、途中でどこかに落としてしまったのだろうか。 「すみません、ちょっと探してきます。ここで待っていて下さい」 「あ、ああ……」  小走りで来た道を引き返すクラークを見送るサイードの表情が、なんとも複雑そうなものであることにクラークが気付くことはなく。  この場を第三者が――特にハサンが目撃していたら、「残念でしたねえ」と大爆笑していたことだろう。 (あ、あった)  前タナル国王と会っていた一室の前に、手巾は落ちていた。それを拾いながら、クラークはふと思う。 (……って、治癒魔法で癒せばよかっただけのことじゃん)  でもまあ、落とし物を放置するわけにもいかないので、引き返してきたのは別によかったのだろうが。ともかく、サイードの下へ戻ったら、治癒魔法で傷を癒そう。  再び来た道を引き返そうとした時のことだった。不思議と扉越しに前タナル国王の声が耳に入ってきた。 「では、サイードのことを頼んだよ、エラム。――いや、ラシード」  クラークは思わず足を止めた。……ラシード? (え!? エラムさんがラシードって……どういうことだ!?)  思い返せば、元々サイードが捕縛したラシードは偽者ではないか、という疑惑が上がってはいた。それをこれから調査するところらしいのだが……エラムがラシードだと。 (同名の別人……じゃない、よな)  クラークはつい扉に張り付いて、聞き耳を立てた。  エラムの声が聞こえる。 「……気付いておりましたか」 「これでも親だからな。髪色を変えようと、成長して人相が変わろうと、不思議と分かるものだ」  前タナル国王の穏やかな声に、エラムは呆れた声を出した。 「気付いていながら、よく私をサイード殿下の護衛騎士に選びましたね。亡き母の復讐にサイード殿下に手を出す可能性は微塵も考えなかったのですか」 「そんなことはせんよ」 「どうしてそう思うんです」 「お前だからだ」  前タナル国王がどんな表情でそう答えたのかは分からない。けれど、前タナル国王のことだから、きっと優しく微笑んで言ったのだろうと思う。  エラムが息を呑む気配が伝わってきたが、すぐにエラムはやれやれと息をついた。 「愚直なまでの人柄の良さだけは国一番ですよ、あなたは」 「む……そうか?」 「誉め言葉のつもりではありませんがね。まあでも、あなたに言われなくても、私はサイード殿下のことをお支えするつもりです。この先、ずっと」  そう答えたエラムが、「では、失礼します」と戸口へ向かって歩き出す靴音が耳に入ってきて、クラークは慌てて扉から離れた。が、部屋から出てきたエラムに呼び止められた。 「クラーク様。聞いていましたね?」 「え、えーっと……」 「このことは内密に頼みます。もちろん、サイード殿下にも。よろしいですね?」 「……どうしてですか」  エラムが異母兄ならば、サイードは喜びそうなものだけれど。  エラムは困ったような顔をして言う。 「サイード殿下のことですから、私の方が国王に相応しいのではないか、などとぐだぐだ悩んでしまいそうですから。それに私はもうエラムです。過去のことは抹消したい」 「で、でも……」 「よ・ろ・し・いですね?」 「……はい」  にこやかに、けれどどこか威圧感のある目は、いつぞやのサイードを彷彿とさせて。  どうやら本当に血の繋がった異母兄弟のようだ、とクラークは認識させられた。

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