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最終話 婿入りします
愚王ラシードを倒し、サイードが王位につく。
その知らせは瞬く間に国中に広まり、国民は歓喜に沸いた。
新たなタナル国王となったサイードは、高くなりすぎていた税率を適正なものにすぐさま戻し――元々が低すぎたということから、少し上がった――、ラシード一派が蓄えていた財を没収して国民へと還付した。たったそれだけのことでも、サイードの支持率はこれ以上ないほど上がったものだから、これまで国民が愚王ラシード政権にいかに苦しめられていたか分かろうものだ。
ちなみに今回の戦に力を貸してくれた、イルゲント軍もリグ軍も自国へ戻った。タナルでの新王政権が落ち着いたら、それぞれの国王に改めて感謝の意を伝えに訪問するつもりだ。とりあえず今は書状で礼を、といったところだった。
そして、圧政を敷いていたヨーゼフと愚王ラシードの処遇だが――。
「あなたは甘すぎます」
王宮を去っていくヨーゼフと愚王ラシードを遠目に睨みつけながら、エラムはそうサイードに言った。
「二人とも斬首にすべきでした。国外追放では生温い。あれだけのことをしでかした報いを受けさせるためにも、新たな争いの火種を消すためにも」
「俺とて考えなかったわけではない。だが、ヨーゼフはもう五十路を過ぎている。新たな土地で力をつけて俺を狙うつもりだとしても、その前に寿命で死ぬだろう。ラシードの方はヨーゼフの傀儡となっていただけだった。復讐するほどの力はない。一応、その辺りはきちんと考えた上で国外追放にしたんだ」
「殺した方が確実です」
「それはそうかもしれん。だが、思うんだ。血は新たな怨嗟を呼ぶ。ヨーゼフたちを処刑すれば、次は俺が凶刃に倒れるのではないか、と。そしてそれで新たな国王となった者もまた誰かに殺され、その繰り返しが永遠に続く。俺はそんな未来は阻止したい」
筋は通っているサイードの言葉だったが、エラムはやれやれと言いたげに息をつく。
「あなたは少々理想主義者のようですね。理想を抱くのは結構ですが、国王ならば現実に即したものでなければなりませんよ。……まあ、その点は私が補いましょう」
「ふっ、頼もしい限りだ」
サイードは小さく笑ってから、「それにしても……」と小さくなっていく愚王ラシードを見つめた。
「結局、あの男が本物のラシード王子か偽者か分からなかったな。まあ、どちらであろうとも、処罰を変えるつもりはなかったが」
その場で黙って立っていたクラークは、どきりとした。反射的にエラムを見上げそうになったが、ぐっと堪えて沈黙を貫いた。
エラムもまた、「今となってはどうでもいいことでしょう」とばっさりと言い捨てる。
「それよりも、王専属騎士団や側近の選抜を早く終わらせませんと。戴冠式もしなければなりませんし、それらが終わらなければクラーク様とご結婚できませんよ」
「う……わ、分かっている」
サイードはほんのり赤くなった顔で、クラークを振り向いた。
「……というわけで、まだ少し結婚まで時間がかかりそうだ。すまないが、待っていてくれ」
「もちろん。いつまでもお待ちしますよ」
クラークは微笑んで返す。サイードも柔らかく笑い、二人は手を握り合った。
さわさわと風が吹く。
空を見上げれば、どこまでも晴れ渡った青空が広がっていた。
それから一年後――。
教会の待合室へ、コンコンと扉をノックする音が響いた。クラークが「はい」と応えると、扉が開いて顔を出したのは婚礼衣装を身に纏ったサイードだった。
サイードはクラークの姿を見てしばし呆気に取られていたが、やがてその表情に柔らかな笑みを浮かべた。
「……綺麗だ、クラーク」
真っ直ぐなその言葉に、クラークは「ありがとうございます」と微笑む。身を包んでいるのは純白の婚姻衣装だ。
そう、今日はクラークとサイードの結婚式なのだ。
「サイード陛下もよくお似合いですよ」
「ありがとう。とうとうこの日がきたな。君と出逢ってから……もう四年半経つのか。早いものだ」
確かに、と思う。
最初の一年はヒデナイト地方の開拓であっという間に時が過ぎ、二年目はヒデナイト地方の管理でこれまたあっという間に時間が経ち、三年目は……イルゲントの蝗害やら愚王ラシードが即位して国外追放を言い渡され。その後、サイードが国王に即位して気付けばもう、サイードと出逢って四年半近く。
目の前までやってきたサイードを、クラークは見上げた。出逢った頃は大差ない背丈だったのが、今ではもう見上げなければならないほど大きくなった。顔立ちも可愛らしい顔つきから凛々しい顔つきへと変わり、すっかり成人男性だ。
「……サイード陛下、一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「ん? なんだ?」
「私が変わる以前から私のことを好ましく思っているですとか、私のことを愛するですとか、色々と言ってくれていましたが……どうしてそのように思われていたんですか?」
やる気がなく、頑張ろうと思うこともなく、怠け者だったかつてのクラーク。けれど、その時からサイードはクラークのことを将来の伴侶として大切に思っていてくれた。それはどうしてなのか、ずっと疑問に思っていたのだ。
サイードは「そうだな……」と考え込むそぶりを見せた。
「俺に婿入りしてきたのだから大切にしなければならないという責任感がまず一つ。あとは……君は真面目で優しい人だと感じていたからだ」
「以前の私が、真面目で優しい……?」
「出逢って最初に、ヒデナイト地方の国土開拓しようと提案してくれただろう。まあ、それはちまちまと作物を実らせるのが面倒臭いからということだったが……ただ、聖帝の能力を使うのは嫌だと拒否することもできたわけだろう。だからきっと、根は真面目で他者思いの人なのだろうと思った」
「……それが私の美徳だとサイード陛下はお思いなんですか」
「そうだ。……まあ、でも」
サイードはふっと笑った。
「人に惹かれるのに理由は必要あるまい。俺は君が好きだ。それではダメか?」
「い、いえ……」
「さあ、行こう。そろそろ挙式の時間だ」
頬を赤らめるクラークに、サイードは手を差し出す。クラークは「……はい」と微笑んで応え、その手を取った。
そして、サイードとともに歩き出す。
明るい未来への一歩を。
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