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瑠璃色ハミングバード After Story 後編 ※
修作の部屋は母屋から数歩の離れの2階にあり、七海は布団一式を抱えた修作と一緒に階段をあがる。三和子に客人用の部屋を勧められたのだが、修作ともう少し話をしたいと言って断った。
「服、俺のでもいい?」
「うん!ありがとー!あ、パンツは‥」
「こ、コレは大丈夫!新しいやつだから!」
制服のまま修作の家に来た七海は必要な日用品はもちろん、着替えさえ持ってきていない。三和子に入浴を勧められた七海はTシャツとジャージを受け取ると、修作の案内で風呂場へと向かった。
風呂から上がり、脱衣所に準備されていた真新しいタオルで髪を拭く。ふわりと嗅ぎ覚えのある香りがして、七海はおもむろに自分の髪を掴んで鼻先へ運んでみた。
(あ、修くんの匂いがする‥)
キスをする時、修作から微かに香る優しい匂い。それが今は自分からもしていて、何だか急にドキドキしてしまう。一度そう思ったら気になって仕方ないのだが‥七海は大きく深呼吸をして早まる鼓動を必死に抑え、修作の部屋へと戻っていった。
「修くんでたよー!」
「おー‥‥ぉ‥」
ドアが開いて七海の方を振り返った修作だが、すぐに視線を外す。風呂上がりで髪が濡れ、さらに見慣れた自分の服を着た七海の姿に不覚にもドキっとしてしまったのだ。
「おっ、俺も風呂入ってくるわっ!」
「えっ、あ、うん。‥??」
上ずった声でそう言うと修作は慌てて部屋を出ていく。ドタドタと階段を駆け下りる音を、七海はドア越しに不思議そうに聞いていた。
部屋にひとり残された七海は、妙な緊張感で落ち着かずキョロキョロと辺りを見わす。突然の訪問にも関わらず修作の部屋はとてもきちんと片付いていて、本棚にぎっしりと並んだ参考書や問題集が何となく兄の千晶を思い出させた。
「あっ‥」
ふと思い立って、七海は自分の荷物の山の中からいつも持ち歩いているノートと鉛筆を取り出し、ベッドに寄りかかるようにして床に座る。 緊張をほぐすため、そして今日あった楽しかった出来事を忘れないため、七海は絵に描き残しておこうと思った。
「おまたせ」
「‥‥‥」
しばらくして修作が部屋に戻ってきたが、七海は絵に集中していて視線はノートから外れない。「なに描いてるの?」と顔のすぐ近くで声をかけられてようやく修作の存在に気づき、七海は修作の方に目線を向けた。
「今日のこと、残しておこうと思って」
「‥一ノ瀬、絵描くの好きなの?」
「うん!」
修作にはノートを見せたことがなかったし、そういえば絵を描くのが好きだということも一度も話したことがなかった。「見てもいい?」と聞かれ、七海は手を止めて修作にノートを渡す。真剣にページをめくる姿を見て、七海は「なんか恥ずかしいな」と頭を掻いた。
「これ、俺?」
「あ‥」
しばらくページをめくったところで修作の手が止まる。差し出された部分には確かに修作の絵が描いてあり、 端が少し切り取られたそのページを見た七海はクスクスと思い出し笑いをした。
「なっ、なんだよ」
「前に‥空き教室で会ってた時、修くん待ちくたびれて寝ちゃってたことあったよね?その時描いたんだ。‥ぷぷっ、修くん全然起きないんだもん」
「はは、そっか」
修作は恥ずかしそうに笑い返し、もう一度絵の方に視線を落とす。友達の姿だったり、景色だったり‥鉛筆やペンで簡単に描かれたものだが、七海の大好きが詰まったノート。 修作はそれを1ページ1ページ、大事そうにめくっていった。
「‥どうだった?」
全てのページを見終わったところで七海がそう尋ねると、修作は少し考えてから「絵のことはよくわかんねーけど‥俺好きだよ、お前の絵」と答えてくれたので、七海はえへへと嬉しそうに笑った。
修作と知り合ってからもうしばらく経つけれど、お互いのことを知る時間はあまりにも短かった。あの時とは違う形で出会っていたら、もっとたくさん話をしていてもっと仲良くなっていたかもしれない。もしも‥なんて考えたらキリがないけれど、そんな風に思うと切なくて、七海の胸はまたチクリと痛む。
「まだまだ知らないことばっかりだね」
「そうだな」
「‥もっといっぱい、いろんなこと話したかった」
そう呟くと、無性に悲しくなった。
「‥話そうよ、これから」
そう言われて七海が顔を上げると、修作は優しく微笑んでいて。
「離れてたって大丈夫」
そう言って頭をワシャワシャと撫でる大きな手がとても温かくて気持ち良かった。
「あ‥」
「なーに?」
「何かいつもと違うと思ったら‥シャンプー」
「シャンプー?‥あ!へへっ、今日は修くんと同じ匂いだよー」
「いやっ‥そ、そうなんだけど‥」
さっきまで落ち込んでいたのに急に無邪気な笑顔を向けられ、その変わり様に修作は思わずドキっとしてしまう。
「お前いつもいい匂いしてんなーって思ってたから‥シャンプーの匂いだったんだな」
そう言って修作は、もう一度七海の髪に触れる。「髪サラサラだな」とひとり言のようにつぶやきながら髪を撫でる修作の手が時々耳や頬に触れて、その部分が燃えるように熱くなっていく。七海は久しぶりに身体の奥が疼くのを感じた。
もっと触れてほしい
もっと修作を感じたい
湧き上がってくる感情に戸惑いながらも、その気持ちは徐々に高ぶりついには抑えられなくなる。髪に触れている修作の手を上から握りしめると、七海は視線を落としながら艶っぽい声で囁く。
「ねぇ修くん‥えっちしよ」
「え‥‥‥えぇっ!?」
「ダメ‥かな?」
潤んだ瞳を向けると、修作は眉を下げて困ったような表情を浮かべていて、七海にはそれが少しだけショックだった。自分だけがこんなに気持ちを高ぶらせているのかと思うと、修作との温度差に落ち込んでしまう。七海が再び視線を落とすと修作は慌てて声をかけた。
「いやっ、ダメっつーかなんつーか‥」
「‥‥」
「おっ‥俺、その‥したこと、ないし‥」
「うん、知ってる」
「う‥や、やり方とか分かんねぇし、上手くできる自信ねぇ、し‥」
「‥‥」
「そ、そもそも心の準備が‥‥っっ?!」
言葉をさえぎるように、七海は修作の唇をキスで強引に塞いだ。
イライラした。理屈で考えようとしている修作も、本能に抗えない自分も。
‥だけどもう限界だ。
やり方とか上手下手とか、そんなことどうだっていい。修作ともっともっと繋がりたい、望んでいるのはただそれだけ。
「ごめん、もう我慢できないよ‥」
そう言って修作の首に両腕をまわすと、七海は何度も何度もその唇に触れる。ちゅっと軽く音を立てて触れては離れを繰り返し、時々熱を帯びた吐息が漏れて首に回された腕に力が加わるたびに、修作の思考も麻痺していった。
七海の伸ばした舌が修作の唇に触れた瞬間、それまで受け身だった修作の身体に急に力が入る。七海の腰に手を回してクンっと引き寄せると、修作はそのまま唇を一気に塞いだ。半開きだった七海の口腔内に舌を潜り込ませるのはとても簡単で、そのままゆっくりと舌を絡めて深く口づけると七海の身体はブルっと震え、行き場を失った唾液が七海の口元を伝う。修作とは今までこんなキスはしたことがなくて、七海の頭の中は混乱と気持ちよさで真っ白になった。
名残惜しげに唇が離れると唾液が糸を引いて、まるで離れたくないというように二人を繋げる。
「修‥くん」
「ごめん俺、本当に初めてで‥」
伏し目がちにそう言う修作の眉間のシワは、相変わらず取れないままだった。今にも泣いてしまいそうな修作の頬をそっと両手で包み込むと、七海は綺麗な瑠璃色の瞳を一層潤ませて囁いた。
「大丈夫、オレが教えてあげる」
「修くん、オレの触って‥?前みたいに‥」
ベッドに向かい合うように座り、七海のジャージを下着ごと足首まで下ろすと、修作は言われるまま七海のものをゆっくりと扱いていく。修作に触れられるのは空き教室で拒否されて以来で、久しぶりのその感覚に七海の身体はすぐに反応した。あの頃は事務的に行われていたこの行為も今は全く違うものに感じて、修作の手が上下するたびに身体が熱を帯びていくのが七海自身にも否応なくわかる。興奮してぷっくりと勃った胸の突起はTシャツの上からでもすぐに分かり、修作が軽く触れただけで七海の唇からは甘い声が漏れた。
「あ‥っ、ん‥」
「俺知ってるよ、お前がココ弱いこと」
修作はそう言って、今度はTシャツの中に手を入れて直にそこに触れる。上も下も刺激され、波のように襲ってくる快感に飲み込まれた七海は、目をぎゅっと瞑ると身体を小さく震わせて射精した。
「ちょっと待って‥準備、するから‥」
ハァ‥っと肩で息をして必死に呼吸を整えると、七海はおもむろに自分の指を咥える。二本の指を唾液で十分潤わせると、その指を先程出したもので滑りのよくなった自分の秘部に押し当ててゆっくりと解していき、時折呼吸に混じって漏れる声が、見ている修作の欲望を煽った。
「一ノ瀬‥」
「っ‥修く、ん‥‥あっ‥」
「俺がしてやる」
そう言うと修作は、七海の指と重ねるようにしてその中へゆっくりと指を挿れていく。狭い入り口を太めの指に押し開かれて七海は少し顔を歪めたが、二人の指が動くたびにクチュクチュと厭らしい音をたて、内側からの強い刺激に七海はたまらず甘い喘ぎを漏らした。
「っ‥も、だいじょーぶ‥」
十分解れたところで自分の中から指を抜き取り、
「入れて‥修くんの」
七海がそう懇願すると、修作は七海に覆いかぶさるようにしてベッドに倒れ込んだ。
膝立ちになり修作がジャージから熱く脈打つ自身を取り出すと、七海は小さく震えるそれに指でそっと触れる。
「修くんの、してない‥」
「ん‥へーき」
正直少しでも刺激されたらすぐにでもイってしまいそうで、修作は優しく触れる七海の手を取るとそっとベッドに押さえつけ、先走りで濡れる自身を押し当てた。
「‥‥っ」
慣れない手つきでどうにかして挿入を試みる修作だが、初めてのことでうまくいかず焦っているのが七海にもすぐに分かった。そのあまりにも真剣な表情がなんだかとても愛しくて、七海は思わずフッと声を出して笑ってしまい、それに気づいた修作は「悪かったな」と言わんばかりに口を尖らせる。七海はごめんと小さく謝ると、身体をゆっくりと起き上がらせて座っている修作の上に膝立ちで跨り首に手を回した。
「いくよ‥」
そう言って表情を緩めると、七海は腰を下ろして秘部に押し当てた修作をゆっくりと飲み込んでいく。異物感と圧迫感で苦しそうに息を漏らす七海だが、繋がった部分はしっかりと修作を咥え込み、全てを受け入れると苦痛はすぐに快感へと変わる。
「入っ‥た‥」
「あ‥っう、動いて‥」
そう七海に促され、修作はゆっくりと腰を動かす。ぎこちない動きだが、中が擦れると体中電気が走ったような刺激が襲ってきて、七海自身も気持ちいい場所に当たるように、修作の動きに合わせて夢中で腰を振った。
「は‥あっ‥きもちい‥っ」
「‥っ、中‥すげー熱い」
下から突かれるたび、熱い内部は小刻みに痙攣して七海の唇から甘い喘ぎが漏れる。少しでも気を緩めたら意識が飛びそうなほど、身体は、心は快感で震えていた。
「‥な‥ナナ‥」
不意にそう呼ばれてドキリとする。
(な、んで‥今なの‥?)
‥それは、いつか決めた自分の呼び名だった。
付き合ってすぐに、七海の提案で二人だけの呼び名を決めることにした。七海は「修くんがいい!」と即決だったのだが、修作はなかなか決まらず「何がいい?」と七海に一度委ねたりもしたのだけれど、「先輩が考えてよー!」と強く言われ、考えに考えた後「な‥ナナって呼んでもいい?」「‥うん!」‥と、なんともこそばゆい感じで決まった。お互い初めて呼ばれる名前で妙に恥ずかしくて、特に修作は未だに「一ノ瀬」呼びから抜け出せないでいた。だから‥
何の前触れもなしにその呼び名で呼ばれて、嬉しさと恥ずかしさで七海の興奮は一気に高まる。
「う‥っ、あ‥修、くん」
「ナナ‥ナナっ‥好きだよ」
「あっあっ‥修く‥んっ、‥き‥オレも好き‥っ」
目の前にいるということを確かめ合うように何度も互いの名前を呼び合い、何度も好きだと伝え合う。そのたびに身体の奥が熱くなり、七海の口からは抑えきれない感情が喘ぎとなって溢れ出た。その甘ったるい声に刺激され、修作の動くスピードも徐々に速まっていく。
「も‥イキそ‥」
「‥っ‥しょ‥一緒に‥っ」
途切れ途切れにそう言うと、七海は修作の背中に腕を回して必死にしがみつく。限界ギリギリの修作は七海の頭を優しく撫でてその身体を強く抱きしめ返すと、深いところまで一気に突き上げた。悲鳴にも似た声を上げ、七海はビクンと大きく身体を仰け反らせて修作を締め付ける。同時にその圧倒的な快感に、修作も七海の中に全てを放った。
本当はすごく不安だ。離れてる間に修作がどんどん変わってしまって、そのうち自分は必要とされなくなってしまうんじゃないか、また捨てられてしまうんじゃないか‥怖い。だから何か確証がほしかった。自分と修作が繋がってるという確証が。
(どうか今日のことを、修くんが忘れないでいてくれますように‥)
嬉しさと気持ちよさと、そして少しの悲しさと‥様々な感情が入り混じった涙が零れ落ちる。静かに目を閉じ、修作の温もりを感じながら七海は切にそう願った。
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ふわりといい匂いが鼻を擽る。味噌汁だろうか、香ばしくてとても幸せになる匂いに、七海のお腹の虫がぐぅぅと鳴る。
「すっげー腹の音」
そう言われて重たい瞼をゆっくりと開けると、優しく微笑む修作の顔が目の前にあった。
「あ、聞こえちゃっ‥‥うわぁぁあ!!」
言いかけたところで昨夜の出来事を思い出してしまった七海は、大声を上げると真っ赤になって恥ずかしそうに手で顔を覆う。
「おっ、お前が照れんなよっ!!」
せっかく冷静を装っていた修作だったが、七海の予想を裏切るリアクションにつられて赤面してしまった。
「‥おはよ」
「おう、おはよ」
「朝ご飯、できたかな」
「できたんじゃねーかな」
ぎこちないやり取りがしばらく続いたが、
「なぁ、一ノ瀬」
‥そう名前を呼ばれて、七海はふっと肩の力が抜けた。
「あーあ、また戻っちゃった」
「?なに‥痛っ」
「なんでもなーい!」
修作の頬を両手でぺちんと叩くと、七海はそのままそっとキスをする。修作もそれに応えるように、何度も何度も唇を重ねた。
「修作ー、七海ちゃーん、ご飯できたわよ」
三和子の呼ぶ声にふと現実に引き戻されて再び気まずい空気が漂うが、本日2度目の七海の腹の虫が鳴り、二人は顔を見合わせて大笑いした。
「‥メシ、食い行くか」
「うん!オレお腹ペコペコー!」
二人ならきっと大丈夫。
恋はまだまだ始まったばかりなのだから。
おわり
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