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僕のとなりに君がいて。
「ごー、よん、さん、にー、いちー‥修くんお誕生日おめでとー!」
時計の針が夜の12時ちょうどを指した瞬間、クラッカーの破裂音とともに七海の明るい声が部屋に響く。
11月17日。
今日は修作の22回目の誕生日だ。
ほんのり広がる火薬の臭いに咽ながら、修作は照れくさそうに礼を言った。
「無理して来なくても良かったのに」
銭湯のバイトが終わって息を切らせながらアパートに飛んできた七海に、修作がそう声をかけたのはほんの数十分前。
「だって1番にお祝いしたかったんだもん!」
満面の笑みを浮かべてそう言い切る七海の髪を、修作は愛おしそうに微笑みながら優しく撫でた。
「ナナ、明日大学休み?」
「明日は午後からだよ。修くんは?」
「俺はナシ。卒論進めねーと」
「そっか。そしたら朝はゆっくりだね!」
「おー」
そんなやり取りをしながら、七海は備え付けの食器棚から手際よく小皿とフォークを取り出す。
今のアパートに住み始めてもうすぐ4年。その間、七海とこんな風に一緒に過ごすのはもう数えきれないほどだ。七海の何気ない動作から不意にその事実に気付かされ、それが修作の胸の奥を擽る。もうとっくに慣れたはずなのに、まだ少しだけ、照れくさい。
高ぶる気持ちを誤魔化すように、修作は七海から受け取ったコンビニ袋の中を覗き込みながら「ウマそ」と小さく呟いた。
「よく考えたら、修くんの誕生日一緒にお祝いするの初めてじゃない?」
「そういえば‥」
遠距離恋愛、受験、グループ展‥思い返せば色々なことが重なって、こうして修作の誕生日を2人で一緒に祝うのは今回が初めてだった。
「オレの誕生日は4回もしてるのに‥何か変なの」
「ホントだ」
そう言って笑い合うと、七海はテーブルの方へ視線を向けた。そこにはイチゴのショートケーキとチョコレートケーキが1個ずつ。先ほど七海が買ってきたものだ。
「コンビニのでゴメンね」
「全然いいよ、ありがと。食おっか」
「あ、今日は修くんこっち!」
いつも決まってショートケーキを選ぶ七海だが、「誕生日ケーキはやっぱイチゴだよね!」と言って今日は迷わずそちらを修作に差し出した。そういう小さな気遣いが、修作にとって何よりも嬉しい。
「どーぞ!」
「それじゃあ‥いただきます!」
修作が小さく手を合わせる。最初の一口を口に含むと、その様子をじっと見つめていた七海に間髪入れず「美味しい?」と聞かれ、修作は思わず吹き出してしまう。
「ふふっ‥ウマイよ。ナナも一口食べる?」
「えっいいの?!」
「やっぱりこっちが良かったんだ」
小さい子供のように目を輝かせる七海が何だかとても可愛くて、修作はもう一度笑い声を漏らす。その様子に、七海はバツが悪そうに頭を掻いた。
「イチゴ食べる?」
「ううん、それは修くん食べて」
「分かった。んじゃこっち」
そう言って修作はスポンジと生クリームをフォークですくって自分の口に含むと、隣に座って不思議そうな顔をしていた七海の頭をぐっと引き寄せて唇を重ねた。
少し強引に口移しをすると、修作はそのまま七海の中へ舌を滑り込ませていく。内壁を丁寧になぞると七海は身体をピクリと震わせ、修作はその反応を確かめながら時折激しく舌を絡ませて七海を感じる。
口腔内の熱で溶けて生温かくなったクリームと湿り気を帯びたスポンジの感触が厭らしさを増強させ、七海の身体はいつも以上に反応しているようだった。
裾を握りしめる七海の手に力が加わる度に
“もっと意地悪をしたい”
そんな風に思ってしまう。少し前の自分からは想像もできないくらい欲望に素直になったなと、修作は自分の不埒さに苦笑してしまった。
唇を離すと七海からは艶っぽい吐息が漏れて、同時にほんのり甘い香りが辺りに漂う。口腔内に溜まったもはやケーキとは言い難い唾液混じりの代物を飲み込むと、
「美味しい?」
自分の唇についたクリームを舌でペロっと舐めとりながら修作がいたずらっぽく聞くもんだから、七海はふくれっ面で「もーっ!!」っとその肩を叩いた。口元を伝う唾液を乱暴に拭う七海は首元まで真っ赤に染めていて。
いつもそうだ。七海はいつだってこんな風に素直な反応を見せてくれる。そしてその姿を見る度に修作は思う。
“ああ‥大好きだな、本当に”
「ナナ‥」
修作に呼ばれた七海の表情が一瞬で切り替わる。修作が少し低めのトーンで七海の名前を呼ぶ時、それは“そういうスイッチ”が入ったという合図だ。二人にしか分からない、秘密の合図。
いつもなら、七海が差し出されたその手を取って修作と一つになるのだけれど。‥今日は何だか様子がおかしい。落ち着かない様子の七海に気づいて修作が声をかける。
「‥どうしたの?」
「あのね、今日はね‥まだ寝たくないんだ。まだ修くんと話してたい」
そう言ってぽすんと修作の胸に顔を埋めた七海は珍しくモゴモゴと言葉を濁し、やっとの思いで心の内を伝えた。
「エッチしちゃうと、その‥疲れて眠くなっちゃうから‥だからね、えーと‥」
付き合ってもうすぐ4年。たくさんの時間を一緒に過ごしてきて、お互いもう、知らないことなんてないんじゃないか‥修作は心のどこかでそんな風に思っていた。けれどそんなことは全然なくて。まだまだ全然、知らない事だらけで。
こんなにも新鮮で、こんなにも心揺さぶられる瞬間が、きっとこれからも数え切れないくらい訪れるのだろう。それを知るたびに、今までよりももっともっと、お互いのことを好きになっていくのだろう。
(こんなの、反則だ‥)
七海の身体を引き寄せて、修作は少し速くなった鼓動を感じながらゆっくりと目を閉じる。記憶の海へと沈んでいくと、そこには出会った頃のまだあどけない表情の二人がいる。
「ナナさ、俺達が初めて会った時のこと覚えてる?」
「‥へへっ、もっちろん!」
久しぶりに昔の話をした。懐かしくて、ちょっぴり恥ずかしくて、だけどどれも大切な思い出。4年経った今でもまだ鮮明に思い出すことができて、何だか嬉しい。
「少し横になろっか」
修作に手を引かれ、2人でシングルのベッドに横になる。縁側になるのはいつも決まって修作だった。“狭いベッドから落ちてしまわないように”と、自分を壁側にしてくれていることに七海は随分前から気が付いていた。こういう些細な優しさに触れると、七海は何とも言えない幸せを感じる。
「もっとこっちに来ていいよ?」
腕を伸ばして修作の身体を引き寄せる。窮屈なはずのこの距離も、愛おしくてたまらない。
体温も、表情も、呼吸でさえも、なにひとつ逃さない。二人だけのサンクチュアリー。
「ねぇ、修くんはいつオレのこと好きになってくれたの?」
「いつだろ‥ナナは?」
「んー‥分かんないや。会ってるうちに少しずつ好きになってて、気づいたら修くんのことで頭がいっぱいになってた。だから嫌われたかもって思った時はすごく辛くて‥あ、だけどあの時は修くんの方が辛かったよね。ごめんね、倒れるほど困らせちゃって‥」
申し訳なさそうに眉尻を下げる七海を、修作はふわりと抱きしめて優しく声をかける。
「俺もあの時はナナのこといっぱい傷つけた‥だからおあいこ。ごめんな」
バラバラだった心音がいつの間にか重なり合って、同じリズムで時を刻む。それは惹かれ合う二人の小さな奇跡。
「俺も‥気づかないうちにナナのこと好きになってた。着拒したくせに無意識にナナの姿探してたりしてさ。お互い好きだったのにすれ違ってばっかりだったな」
「あははっ、ホントだね。‥よかったー」
「ん?何が?」
「すれ違ったままじゃなくて、本当によかった」
瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせて微笑むと、七海は修作の背中に回した腕にぎゅっと力を入れて、身体を寄せる。それに答えるように、修作はその身体を痛いほど強く抱きしめた。
「修くん‥好き」
「‥もっと言って」
「好き」
「もっと」
「好き‥ねぇ好きだよ、好き。修くん大好き」
「ナナ‥」
名前を呼ばれて顔を上げると、すぐ目の前には愛しい人。目を閉じると、程なくして柔らかい感触が唇に伝わってきた。
何度も触れて、吸って、なぞって、絡めて。呼吸することさえ忘れて、無心で唇を重ねた。
「俺もナナが好き。元気いっぱいのナナも、すぐふてくされるナナも、ちょっと馬鹿なナナも、すげーエロいナナも全部好き‥」
「修くん‥」
「俺のこと好きでいてくれるナナが大好きだよ」
それからまたひとつずつ思い出して、たくさんたくさん話をした。
笑って、じゃれ合って
時々キスして、触りっこして‥
それで明るくなってきた頃、少しだけ眠った。
*
「修くん」
「んー?」
ちょっぴり焦げたトーストをかじりながら、それぞれお気に入りのマグカップに淹れられたコーヒーとココアを飲む。七海の呼びかけに、修作は少しぼーっとする頭で返事をする。
「誕生日プレゼント、ちょっと待っててもらってもいい?」
「ん?プレゼントとかいいのに」
「オレがあげたいの!」
七海の必死な様子に、修作は小さく笑う。
“君さえいれば、なにもいらないのに”
そう言ったらまた怒られてしまいそうだから、ここは素直に甘えておこう。
「楽しみにしてます」
「‥はい!」
今日も恋人の笑顔は最高に輝いている。
「ナナ‥」
「ん?」
「‥やっぱエッチしよ!」
「え?!ちょっ‥修く‥っ////」
僕のとなりに君がいて
君のとなりに僕がいる。
それだけで毎日が幸せだ。
To be continue‥?
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