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白紙の短冊

雨上がりの濃紺の夜空に、零れ落ちてきそうなほどにひしめき瞬いている星々を見上げる。 つい先程消灯時間を迎え、明かりの消えた寮の屋上。しん、と澄んだ空気の中で見る天然のプラネタリウムはまさに圧巻だった。 梅雨の湿った熱気が寝巻きにしているシャツに絡みつくのを感じながら、僕は屋上の手すりにもたれ、夜空を流れる星の川の中、一際輝いているはずの星を探し視線を巡らせる。 けれどそれは、中々見つけられなかった。 いや、もしかするとどこかで見つけたくないと思っていたのかもしれない。だって、見つけたら目的は達成されて僕はここにいる理由をなくしちゃうから。 もう少しこの場所で、待っていたかったから。 「……おい、消灯時間すぎてるぞ。」 背後から聴こえた声に、僕はピクリと肩をふるわせる。だけど、振り返ることはしなかった。 東の空をぼんやりと見上げ続ける僕に、背後ではぁ、とため息が聞こえた。規律違反を咎めるでもなく、監督者であるはずの先生は僕の隣へ歩み寄り、同じように手すりに身体をあずけ夜空を見上げる。 「流れ星でも探してんのか?」 「まさか。今日は流れ星なんて探さなくても願い事していい日っしょ?」 僕は瞬く星の海に指を伸ばした。 「デネブとアルタイルは見つけたんだよね。」 煌めく星の中でも特に大きく明るい二つの星を指で繋ぐ。そのまま星空に三角形を描きたかったのに、頂点が見つからない。 昔、星を探してみましょうという宿題に、色と二人で早見盤を片手に夜空を見上げたのはいつの夏休みの事だっただろう。 あの時は色の部屋の窓から、忙しない夜の地上に照らされた空にうっすらと輝いていた光を簡単に探せたのに。田舎の澄んだ空気の中、視界いっぱいに広がり瞬く星々はどれも綺麗で。だからこそそこから一つを見付けることが出来ずにいた。 諦めて視線を隣へと移せば、同じように空を見上げていると思っていたその人は、真っ直ぐ僕を見つめていて、視線がぶつかる。 体温が、少し上がったのがわかった。 とくりと高鳴る心音に、息を詰める。 「……、」 互いに言葉が出ないまま、その瞳に互いだけを映す。 先生の手が僕に伸ばされ、けれど、頬に触れる前にピタリと止まった。 なにかに耐えるようにぎゅっと握りしめられた拳。その指が、空へと伸ばされ一点を指し示す。 「ほら、あそこ。」 「――あ。」 探していたところよりもっと高いところにそれはあった。先生の人差し指の先、夜空に輝く一等星。探し求めていた、織姫だ。 「星探して……なんか、願い事でもあったのか?」 「……ううん。」 小さく首を横に振れば、そうかと小さな声が聞こえた。 もし、星に願いをきいてもらえるとしても、僕は何も願ったりしない。だって、僕の願いはこの人が困るような事ばかりだから。 でも、それでも。 夜空に煌めく恋人達を理由にして、ほんの少しだけ、この人の隣にいる時間が欲しかったんだ。 「綺麗だよね。」 「……そうだな。」 言いたい言葉は飲み込んで、向けられる視線の意味はお互い気付かないふりをして。 もう少しだけこのままで。 星にじゃなくて隣にいるこの人に願いながら、僕達は無言で星空を見上げ続けた。

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