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ヴァンパイアとシンプサマ

「どうだ?似合うだろ。」 「はぁ、……そうですね。」 はためく黒いマントの下にはヒラヒラと首元にフリルの着いたドレスシャツに黒のベスト。 太陽よりも明るいプラチナブロンドはオールバックできっちりとまとめられ、ニヤリとドヤ顔で向けられた笑みから覗いたのは凶悪な牙。 「……えーっと、これはいったい?」 手伝え、と短いメールと店までの地図を送り付けられ呼び出された僕を出迎えたのは、映画俳優かと見紛うばかりに完璧に衣装を着こなしたヴァンパイア……こと、オリヴァー・グリーンフィールドだった。 おそらくここは日本でいうところの貸衣装屋さんなんだろう。煌びやかなドレスにどこかの国の民族衣装らしきもの、さらには今オリヴァーが着ているような仮装まで。とにかくありとあらゆる服が倉庫を改装して作られたのであろう店内に所狭しと並んでいる。 服の波に埋もれて先が見えないが、どうやら店の奥にはヘアメイクを施してくれる場所もあるようだ。 先が見えないくらい広すぎる店内だけどお客の姿は見当たらず、オリヴァーとその脇に控える女性店員さんのみ。もしかしなくとも店を貸し切っているのでは……なんて恐ろしい事は深く考えない方がいいのだろう。 とにかく、ここまで手の込んだ事をして、僕は一体なにを見せられているのだろうか。いや、この時期だ、ハロウィンの仮装なのであろう事はわかったが、まさかわざわざこんなものの為に僕はアメリカまで呼ばれたのだろうか。 ふふん、とふんぞり返る偉そうなヴァンパイアに冷めた視線を向ければ、何かを期待していたのであろうオーシャンブルーの瞳はむすっと不機嫌に歪められた。 「……知り合いの孤児院でハロウィンパーティーをするというから、サプライズで行ってやろうと思ってな。」 「え、」 「菓子も流行りのスイーツ店でドーナツとクッキーを頼んでいるが、なにぶん量が多くてな。ビジネスじゃなくボランティアだからアマンダに頼るわけにもいかんし、人手が欲しかったんだ。」 「そ、れは…………素晴らしい事ですね。」 予想と全く違った答えに、思わず言葉につまった。 まともだ。 傲慢我儘傍若無人、空気なんて全く読めない俺様なあのオリヴァー・グリーンフィールドの口から、とんでもなく珍しくまともな事が出てきた。 「おい、なんか失礼な事考えてないか?」 「へ?あ、いえ。す、すす素敵な事ですね!そういう事でしたらもちろん協力しますよ。」 慌てて誤魔化したが、これは紛れもない本心だ。オリヴァー・グリーンフィールドと言えばここアメリカでは知らないものはいないだろうクラシック界のスター。そんな人間がお菓子と共にサプライズで現れたとなれば、子供達は喜ぶに違いない。 「シー、いつものレンタカー借りてきてるだろうな?」 「あ、はい。荷物運び、お手伝いしますね。」 この人の我儘に振り回されるために取得させられた国際免許が、まさかこんな所で役に立つとは。 こういう手伝いなら大歓迎だ。 「では、スイーツショップにお菓子を取りに行くんですね。お店までの道、教えて…」 「おいおい、何を言っている。その前にやる事があるだろうが。」 「え?」 ニヤリと口角を上げたオリヴァーが、僕の手を掴み店の奥へと引きずり込んでいく。 「あの、」 「何のためにシーをこの店に呼んだと思ってる。ハロウィンパーティーだと言っただろう?」 「う。」 やっぱり、そうなるんですね。 だから、待ち合わせ場所がこの店だったのかと気づいたところでもう遅い。 「おい、ジャパニーズにも着れそうなSサイズはどの辺だ?」 「こちらへどうぞ。」 店員さんに案内されるままにオリヴァーに手を引かれ、店の奥へ奥へと連れていかれる。 これはもう、覚悟を決めるしかなさそうだ。 ずらりと並ぶカラフルな衣装を前に、僕よりも隣のヴァンパイアの方がキラキラと瞳を輝かせている。 「日本の方、ですか?日本語、大丈夫ですのでご要望があれば遠慮なく言ってくださいね。」 ご丁寧に日本語に切り替えて接客までしていただいては、もう腹を括るしかない。 「あの、なるべく地味な感じのものをお願いします。」 日本語で、さらには声のトーンを落としてそうお願いしたのだけれど、隣のヴァンパイアはそのオーシャンブルーの瞳をじと、と細め睨みつけてくる。 「む、今の日本語はわかったぞ。シーはいつもジミだとかヘイボンだとかいう単語を使う。オレの隣に立つんだからな、ちゃんと合わせろ。いいか、…」 my lover? 店員さんに聞こえないように、僕の耳元で囁かれた言葉は、僕の全身の血液を沸騰させるのに十分すぎた。 「っ、」 真っ赤になった顔で睨み返せば、オリヴァーは楽しそうにニヤリと牙を見せる。 絶対に今耳まで赤い。店員さんに変に思われてなければいいけど。……いや、たぶんもう色々とバレてしまっている気がしないでもないけれど。 この人の隣に、なんて。 見合う格好をしろと言われても、正直先程からその姿が目に入るだけで僕の心音はバクバクとテンポをあげ、平静を装うだけで精一杯だというのに。……無駄に顔がいいの、本当に反則だと思う。 僕に向けられる我儘と甘い言葉には、まだまだ慣れる気がしない。 「……あの、この人の隣に並んでも笑われない程度のものをお願いします。」 恥ずかしいので日本語でオーダーを言い直せば、先程まで事務的に対応してくれていた店員さんにふふ、と笑みが灯る。 「何かご希望はございますか?」 「えっと、そうですね…」 無駄に温かくなった店員さんの視線から逃げるように隣でそわそわとしているヴァンパイアへと視線を移してみる。 絵画から抜けでたような整った顔とスタイル。どうやってもこの人の隣に並び立てる気がしないのだけれど、それでもやるしかないのだろう。 「彼がヴァンパイアですから、神父……とかですかね。」 気恥しい気持ちを抑えてそれだけ伝えれば、なぜだか隣のヴァンパイアの肩がピクリと跳ねる。 「お、今の言葉もわかったぞ、シーはシンプをやりたいのか!」 日本語で話していたにもかかわらず、オリヴァーはオーシャンブルーの瞳を大きく見開き、話に食いついてきた。 「いいじゃないか!シンプなら服はオレが選んでやるぞ!」 「へ?ちょ、」 いきなり手を掴まれすごい勢いで引っ張られる。 「そうかそうか、シンプか。シーには絶対似合うぞ。」 「え?」 「お、お客様!?」 なぜか嬉しそうに声を弾ませ、オリヴァーは颯爽と衣装の波を駆け抜けていく。店員さんも後ろからついてくるのに必死だ。 勢い止まらぬオリヴァーの足は、カラフルな仮装用の衣装の列を通り過ぎ、何故だかフォーマルな服が並ぶコーナーへ。 「シーが来る前に一度は着せてみたいと見ていたんだが、まさか自ら希望するとは。さすがシーだな!」 「え。」 満面の笑みと共にオリヴァーがピタリと立ち止まったのはドレスを纏ったマネキンの前。 その横にずらりと並ぶのは白、白、白。 純白の……ウエディングドレス達。 「…………なんで?」 一瞬、頭が真っ白になった。 「ふむ。動き回ることや後々使うことを考えたら残念だが丈はある程度短い方がいいだろうな。」 「か、かしこまりました。」 混乱する僕をよそに、息を切らせて追いかけてきた店員さんをつかまえ、何やら話し始めている。 「どうせ汚すからドレスはレンタルではなく買い取る。……というか、シーがこれを着るならオレの衣装も見直した方がいいな。」 「え?え?」 着るの?僕が?ドレスを? 首を傾げる僕に、オリヴァーはニヤリと牙を見せる。 「シンプの隣に立つならヴァンパイアではなくシンローにならなければな。」 「んんっ!!!?」 ようやく気づいた時にはもう遅い。 店員さんとノリノリでいくつかのドレスをピックアップしたオリヴァーは両手に純白のドレスを手に緩みきった満面の笑みを僕に向けてくる。 「シー、試着してみろ。」 「え、いや、ちょ、」 「ほら!早くしろ。」 ドレスを店員さんに預け、ぐいぐいと腕を引っ張られ、連行される先は試着室。 「ちがっ、シンプ違いなんですーーーーっ!!」 絶叫して拒否したところで聞いてもらえるはずもなく、僕は試着室に押し込まれ、あっという間に服を剥かれることとなってしまった。 その後なんとか泣いて拒否して神父で勘弁してもらったものの、その夜……何があったのかは……察してください。

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