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学生寮のクリスマス
あー……これ何曲目だっけ。
飛鳥の拍手を受けてジングルベルなんてド定番すぎる曲をjazzアレンジで弾きながら、俺はぼんやりと考えていた。
彩華高校男子学生寮、勝手知ったる飛鳥の部屋。胡座を組んだ上に隣の自室から持ち込んだキーボードを乗せ、BGMを演奏させられることはや一時間。
飛鳥の部屋のベッドの上で俺はひたすらにリクエストされた曲を弾きながら、ケーキを頬張る飛鳥と晃を眺めていた。ちなみに部長命令で全員サンタ帽なんて恥ずかしいものを被らされている。
「……なぁ、腹減ったんですけど。」
指を動かしながらも、ため息とともにぼやいてみれば、えーっと頬を膨らませる晃と飛鳥のしょんぼりした無言の圧が俺に向けられた。
いや、別にケーキを食べたいとは思わないけど、いい加減俺も参加させてくれてもいいんじゃないだろうか。
スケート部クリスマス会などと部長様が銘打っておきながら、さっきから俺は完全に蚊帳の外。いや、っていうかこれだとクリスマス会どころかただの演奏会だ。いい加減にしろと言いたいところだが、飛鳥がさっきから瞳をキラキラと輝かせてテンション高く演奏に聴き入っているせいで、やめるにやめられない。
「まぁまぁ、もう少し待ちなよ。多分そろそろ…」
「おい、お前ら!」
晃の言葉を遮るように、飛鳥の部屋の扉が勢いよく開かれる。
いつものようにトレーナーにスウェット、そこに今日はさすがに寒いのか上からブルゾンを羽織ったラフな格好の木崎は、眉間に皺を寄せ思いっきり俺達にガンをくれてきた。
あー、廊下寒いもんな。しかも晃いわく、恋人とすごしたいから当番を変わって欲しいなんて新任教師に頼み込まれて、今日は急遽やらされているらしい。
「夜更かししてんじゃねぇぞ!消灯時間過ぎてんだろうが!」
掴みかからんばかりの剣幕に飛鳥は素直にごめんなさいと頭を下げるが、俺も晃も完全に無視した。
「まぁまぁ。あ、ちょっと屈んで。」
「あ?」
大人しく背をかがめた木崎の頭に、晃は後ろ手にしていたサンタ帽を被せる。
ぴしりと木崎の頬が引きつった。
「お前なぁ、」
「冬休みで生徒の大半は帰省してるし、今日くらいいいっしょ?」
「いいわけねぇだろ!」
首根っこを掴もうと伸ばされた手をするりとかわし、晃は飛鳥の部屋から抜け出した。
そうしてそのまま大人しく部屋に戻る……わけもなく、大きな土鍋を手に何食わぬ顔で戻ってくる。
「せっかく夜食におでん作ったんだし、もう少し、ね?」
「……おで、」
サンタ帽を投げ捨てようとしていた木崎が動きを止めた。
ニヤリと口の端を釣り上げた晃は運び込んだ鍋をローテーブルの中央に置く。ミトンをはめた手で土鍋の蓋を開ければ、部屋にほわりと立ち込める湯気と食欲をそそるだしの香り。
ちなみに、その鍋の下に敷かれてるのはどう考えても俺の楽譜なんだが……言うだけ無駄なんだろう。
「ハルさん直伝のレシピを本日は洋風にアレンジしてみましたー。朝からじっくり煮込んで作った自信作だよぉ。」
大根に厚揚げ白滝という定番メニューに加えて、ウインナーにクリスマスという彩りを考えたのかロールキャベツにプチトマト。和洋折衷なおでんのようたが、俺の実家に長年通ってくれている家政婦のハルさん直伝となれば味は間違いない。
鍋を見つめる木崎の喉がごくりと音を立てた。
あーなるほど。色々と理解してしまった。
つまりはそういう事か。
「ちなみにお持ち帰り用のタッパーもご用意しておりまーす。」
「う。」
しばし固まった後、投げ捨てようとしていたはずのサンタ帽を、木崎はご丁寧に被り直す。
「……まぁ、冬休みだしな。あれだ、クリスマスくらいは、な。」
こいつ、チョロすぎないか?
「はーい、一名様ごらいてーん。」
「いらっしゃいませー。あ、上着お預かりしますね。」
素知らぬ顔で床に腰を下ろした木崎に、飛鳥が上着を受け取り、すかさず晃が空のコップを手渡し、そこにコーラを注ぎ込む。どこの店だよと突っ込みたくなるような光景に、俺は思わず溜息をつきつつキーボードの電源を落とし、飛鳥の隣に腰を下ろした。
「弱みどころか胃袋までも既にがっちり握られてんのかよ。」
「うるせぇ、おでんに罪はねぇんだよ。」
開き直られればもうため息しか出ない。
まあ、今回はわざと晃に躍らされてるんだろうが……その辺は口にするだけ野暮ってもんなんだろう。
晃がクリスマスにおでんなんてメニューをチョイスした理由も、甘い物が好きなくせに定番の生クリームケーキだけではなく、甘さ控えめのパンプキンパイも買ってこいなんて指定した理由も。多分きっと、先程から晃と微妙に視線を合わせようとしない木崎はわかっているだろうから。
二人の関係上仕方の無いことなんだろうが、なんとも回りくどいクリスマスだことで。
「……みんなでとか言っときながら、結局たった一人のためじゃねぇか。」
コーラのペットボトルを片手に俺のカップに注ぎにきた晃に視線を巡らせれば、その口元はニヤリと楽しげに歪められた。
「飛鳥も楽しんでるよねー?」
ねー?と俺越しに同意を求めれば、俺の隣に座る飛鳥は全力で首を縦に振り、俺の前で居住まいを正す。
「あの、すごく、すごく素敵なコンサートでした!」
あー、つまりはこれも晃の計らいってことか。
キラキラと瞳を輝かせ、興奮に鼻息荒く頬を染めるその姿は、数時間前に俺からクリスマスプレゼントを手渡した時より嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「ま、僕から飛鳥へのクリスマスプレゼントという事で。」
俺は晃に……いや、俺自身に負けたのか。
「っていうかなんで俺だけこんな役回りなんだよ。」
晃の手のひらで踊らされ、俺だけが損な役回りな気がしてならない。ニコニコと上機嫌におでんを取り分けてくれる飛鳥を横目に思わずボヤけば、晃の口元が楽しげに弧を描く。
「そうだねぇ。色には……とっときのプレゼントがあるんじゃないかなぁ?ね、飛鳥?」
「ふぇっ、え、ど、どうかな。」
確実に何かを企んでいる晃の含み笑いと、おかしすぎる飛鳥の挙動の理由を問いただそうと開きかけた口は、パチンと手を叩いた晃にはぐらかされてしまった。
「さて、それでは全員揃ったし、乾杯しよー!」
ほらほらと急かされれば目の前に置かれた紙コップを手にするしかないわけで。
「それではみなさま、メリークリスマぁス!」
『メリークリスマス!』
晃と飛鳥、怪しすぎるハイテンショの二人に流されて、俺は口を噤むしかない。
紙コップを四人でコツリと合わせれば、問いただすタイミングは完全になくしてしまった。
それになにより、先程から本気で美味そうな匂いが嗅覚を刺激してしょうがない。
くそぅ、ハルさんの作ってくれる飯は世界一なんだよ。
ほんわりと食欲をそそる匂いと湯気の前には、口より先に箸を動かしてしまう。
「ハルさん直伝の味はどーよ?」
「あー、うめえよ。懐かしい味だよ。」
「お前こそ胃袋握られてんじゃねぇか。」
「うるっせぇ、おでんに罪はねぇんだよ!」
「おいしい!晃はお料理も上手なんだね。」
「えっへへ、ありがと。」
鍋を囲んで和気あいあいと……まぁ、なんとも色気のないクリスマスイブだことで。
恋人たちのクリスマスには程遠いが、これも俺達らしいといえばらしいのかもしれない。
晃の笑みが気にはなったが、まぁおでんは美味いし、恋人は上機嫌だし、もうそれでいいか。
チラリと視線を隣へと向ければ、それに気づいた亜麻色がふにゃりと幸せそうに細められた。
「また来年も、一緒にパーティーできたらいいね。」
「……そうだな。」
俺も、こういう馬鹿騒ぎも嫌いじゃないから。
ちらりと視線を交わし合う俺と飛鳥に向けられる晃の含み笑いと、
「……歯は、たてない。……のどの、…奥まで……」
洋風おでんのウインナーとにらめっこしながら呟かれていたアスカの言葉の意味を知るのは……その日の深夜のことだった。
クリスマス、最高かよ。
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書き始めたの、実は二年前(この時期はどうにも忙しくて💦すみません)
当時はオリーの名前すら決まってなかったので、今回はこの四人で。
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