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夏のフェスティバル!?

『シー!フェスティバルに行くぞ!』 「…………は?」 始まりはいつも通り、彼の突然の思いつきと我儘だった。 飽きずに毎日のようにかけてくる電話の声が、今日は妙に弾んでいて。その理由は聞くより前に僕の耳元で大音響で告げられた。 『日本は夏にフェスティバルをやるんだろ!特殊な衣装を着て、並んでいる店を歩いて回るときいたぞ!』 「ああ。衣装、じゃなくて浴衣ですね。確かに日本では夏祭りで露店がでますけど…………あー、行くんですね、はい。調べておきます。」 電話越しだけれど、キラキラと無駄に輝くオーシャンブルーが見える。こうなると、めんどくさいです、行きたくないです、なんて選択肢は僕にはないわけで。 こうして聞きかじった日本の夏を体験させるため、僕のお盆休みは消えてなくなったのだった。 ……ご先祖さま、申し訳ございません。 一流の演奏家様にもサマーバケーションというものはあるようで、三日ほどまとまった休みをとって来日したオリヴァーは、とりあえずいつものように長時間のフライトのストレスを発散させる為ヴァイオリンが弾きたいと空港から予約していた音楽スタジオに直行して午前中いっぱいヴァイオリンを弾き続け、ようやく満足したところでそのままスタジオ内で持参してきた浴衣を着付けさせてもらった。 いつでも弾けるようにと防音設備のあるスタジオをオリヴァーが滞在している期間中予約し、さらにはオリヴァーの来日する日程で夏祭りが行われている所を調べ、さらにさらに浴衣も用意して、ついでに着付けも練習して。 恋人様のご要望に応える為に今回も各所を走り回ってご準備させていただいた。 ……恋人の定義ってなんだったっけ。 「ふむ。これがユカタか、面白い服だな!」 「激しく動くと着崩れますからね。……お願いですから大人しくしててくださいね。」 初めての浴衣に大興奮するオリヴァーを引き連れて、スタジオ近くの駅前通りで行われていた小規模な夏祭り会場へ。 スタジオ最寄りの駅から隣の駅までの数キロの道のりが、今回の夏祭りの会場だ。 昔はお神輿なんかもあったようだけれど時代と共に廃れ、今ではこうして露店が並ぶだけ。 けれど、そこはお祭り好きの日本人。毎年の恒例行事に昼間にもかかわらず通りはそこそこ賑わっていた。 僕達が利用したところ以外にもいくつか似たような音楽スタジオが立ち並ぶ場所だけあって、オリヴァーのように浴衣姿で楽器ケースを持ち歩いている人もちらほら。 おかげさまでオリヴァーの目立ちすぎるオーラを少しは消せて……いると信じたい。 なにせこの人はとにかく本当に目立ちすぎる。 灰地に縦縞模様の入った、どこにでもあるシンプルな浴衣。レンタルより安上がりだと僕が選んで購入した安物も、彼が纏えば雑誌から抜け出たみたいにひたすらにオシャレに見える。色白の肌にオーシャンブルーの瞳と相まって、涼やかな印象をあたえていた。僕も色違いの浴衣を着ているのだけれど……この違いはなんなんだろう。 苦肉の策としてオリヴァーには露店で購入したまっくろ猫さんのお面を被せてはいるのだけれど、先程から道行く人の視線はチラチラと彼に注がれていた。 ……いや、視線は別の意味で注がれていたのかもしれなかったけれど。 「おいシー!次の店行くぞ!」 「ちょ、待ってください。」 大興奮のオリヴァーに腕を掴まれ引きずられる。僕の腕を掴む手とは逆の手にはチョコバナナ……だった割り箸。 「チョコにバナナとは最高の組み合わせだったな!日本人は天才か!」 店主とのジャンケンに勝利して二本も手にしていたはずなのに、買ったそばから姿を消している。 先程から食べ物を取り扱っている一件一件全ての店の前で立ち止まり、次の店に行くまでには購入した食べ物が姿を消しているという相変わらずの食べっぷり。 猫のお面を被りヴァイオリンを肩にかけた怪しい長身の外国人が人外の食欲を披露しているのだから……気にもとめずに素通りなんてする方が難しいのかもしれない。 とはいえ天下のヴァイオリニスト、オリヴァー・グリーンフィールドがお忍びで日本に来ていることがバレようものなら、僕はアマンダさんに撃たれる。間違いなく蜂の巣にされる。絶対に、絶対にそれだけは阻止しなけば。 「オリヴァー、もう少しペースを落とし…」 「コレクダサイ!」 静止をかけるより早く、オリヴァーのカタコトの日本語がかき氷屋さんの前で響く。 どうやら僕が先程から何度か露店で購入するのを見て覚えてしまったようだ。 こういう変な日本語だけは覚えるの早いんだよなぁ、この人。 指さして唱えるだけで欲しいものが出てくる魔法の言葉を覚えたオリヴァーは、かき氷を手に入れご機嫌に僕に見せつけてきた。 クレジット払いなんて出来るはずもない露店でのお会計は当然僕。なにか色々釈然としなかったので、僕も追加でかき氷を購入した。 「おいシー、shaved iceだぞ!このシロップはなんの味なんだ?」 「僕のはストロベリーですね。そっちはブルーハワイといって……あれ、そういえば何味なんでしょうね、それ。」 「なんだ、何かわからないものを日本人は食べているのか?」 なんだそれはと口を開けて大笑いするオリヴァーの舌が既にうっすらと青く染まっているのを発見して思わず笑ってしまった。 持っていた折りたたみの手鏡でオリヴァーを映してあげれば、口元をずらされたまっくろ猫さんのお面の下、オーシャンブルーは驚きにまるく見開かれて、やっぱり大笑いした。 「ふふ、どうです?日本のお祭りは。」 「聞いていた話とはだいぶ違ったが、最高に楽しいな!」 次の店に行くぞ!と僕の手を引くその逆の手には……やはりもうかき氷の姿はほとんどなかった。オリヴァーはスプーン型のストローで残り少ない中身をずずっと吸い上げながら、グイグイと僕を引きずっていく。 「あの、そろそろ僕の胃袋とお財布が限界なんですけど……」 「心配するな!オレもちゃんとフェスティバルについて調べてきたからな。カードは使えないんだろ?今日はちゃんと日本円持ってきたから、まだまだ付き合え!」 僕の胃袋のについては完全無視らしい。 いや、まぁ、楽しんでくれているのならそれでいいんですけども。 「ほらシー、次はあの店だぞ!」 「……はいはい。」 僕は結局この人の笑顔には弱いんだよなと気づかれないようにこっそり苦笑した。 その間にもオリヴァーの「コレクダサイ!」が焼き鳥の屋台で唱えられ、オリヴァーが指さす串を、店主は一つ一つ網にのせ焼いてくれている。 どうやら待っているわずかな間は、僕の胃袋に休息の時間があたえられそうだ。 今か今かと焼き上がりをそわそわと待つオリヴァーの瞳は、お面の下でキラキラと輝いていた。 「フェスティバルは想像していたよりフードが多いんだな。まだまだ食べたいものが多すぎるぞ。」 「ふふ、オリヴァーが想像していたのって、夜に花火が、とかそういうやつです?」 彼が調べていた日本の夏のお祭りもう少し規模の大きな、花火大会とかそういうイベントなんだろう。今年は無理だったけれど、来年は日程を合わせてもっとちゃんと計画して、そういう綺麗な景色も見せてあげたいな。 もちろん、また露店もたくさん回って。 「ん、夜?フェスティバルは朝じゃないのか?」 「……ん?」 待ち時間の雑談、にしては気になる単語に聞き流せずに止まってしまった。 けれど疑問を口にするより早く、固まる僕の前に「へいお待ち」と焼き鳥が差し出されれば、オリヴァーの興味はとたんに手にした串に注がれてしまう。 「おおっ、サンキュー!あー、チェックだな、ちょっと待ってろ。」 オリヴァーの浴衣の袖から、小物を入れるように渡していた和柄の巾着袋が出てきて屋台のカウンターの上に ドンッ ……明らかに重量感のある音ともに置かれた。 「え……」 「おい、シー、これ、何枚渡せばいいんだ?」 巾着袋の中から出てきたのは…… 「え、……なんで百円棒金?」 日本円は日本円でも、全て百円玉。それが巾着袋いっぱいに入れられていて、僕だけではなく焼き鳥屋台の店主まで目を丸くしている。 僕らの驚愕にオリヴァーは首を傾げた。 「ん?お釣りが出ないように小銭を用意するのがマナーなんだろ?本は基本百円単位で値段がついてるから棒金を用意しろとネットで読んだぞ。」 「へ、…………あ!」 もしかして、もしかしなくても。 僕はとにかく営業の邪魔にならないよう巾着の中から必要な枚数の百円玉を掴み取り会計を終わらせてから、オリヴァーを引っ張って店を後にした。 「おい、シー。どうした?」 オリヴァーの問いには答えることなく、僕は持っていたスマホで検索をかける。 夏、お盆、イベント、衣装。 オリヴァーと話していて気になった単語を入れて最後にアニメ・漫画と足して検索をかければ……出てきたのは国内最大の国際展示場の写真とそこに並ぶ人、人、人。 あ、やっぱり。 「そっちーーっ!!?」 ようやく気づいた自分の勘違いに、僕は叫ばずにはいられなかった。 思わずその場で頭を抱える。 そうだった、この人こういう人だった。すっかり忘れてた。 「なんだ、いったいどうしたんだ?」 心配そうに覗き込むまっくろ猫さんのお面に、僕はいったいなんと説明したものか。 ちなみに、僕を心配しつつもオリヴァーの口はもぐもぐと手にした焼き鳥を頬張っている。 「あの、オリヴァー……今日のフェスティバルは、その、おそらくあなたの行きたかった即売会のイベントではなくて。」 「あー、やっぱりそうか。まあ、楽しいからいいじゃないか。そっちのフェスティバルにはまた今度行けばいい。」 「……やっぱり、行くんです?」 僕はその場に崩れ落ちた。 スタジオの手配にイベント会場探し、浴衣の準備、さらには絶対足が痛いとか言い出しそうだったから下駄ではなくてなんちゃってのサンダルまで用意して、さらにさらに箸が使えない彼のためにカトラリーまで準備して。 ……この人の我儘につきあうの、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ大変なんですよ。 今度、行くんです?行きたいとか言っちゃうんです? 「あー、でも三日間やるということは明日行けるのか?だったら付き合…」 「ぜっっったい嫌ですぅぅ!!!」 夏祭りの露店が並ぶ道のど真ん中、僕は人目も憚らず思いっきり絶叫していた。 ご先祖さま、申し訳ございません。多分来年もお墓参りには行けそうにありません。

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