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オリーとシーのドタバタ珍道中☆ 3

オリヴァーの行きたい場所を精査して、ルートを決めて。僕達はようやく京都の地へと足を踏み入れた。荷物はロッカーに預けて、貴重品とあとはヴァイオリンをそれぞれ肩に引っ提げて。二人だけのお忍びの「セーチジュンレー」小旅行へ。 僕はオリヴァーの望むまま、よく知らない制作会社の建物の前で記念の写真を撮り、直営の販売所で店の品物全て買い取るとか言い出した非常識オタクを全力で止め、確かにどこかで見た事のある景色を何ヶ所か巡っては写真を撮り、とガイドブックには欠片も載っていないディープなツアーを堪能していた。 そうして今現在僕達は有名な神社にやってきたというのに社には目もくれず、何故だか大木を眺めていた。参道から外れた細い道を進んだ先にあった大きな楠は、オリヴァーの大好きな映画「トモダチ とくべつ 六花とキトリ」に出てくる異世界への入口として描かれていた木のモデルらしい。 公式発表されたわけではないけれど、監督が古き良き日本の参考資料にと訪れた先で偶然見つけたというインタビュー記事からファンがここに違いないと特定した……というのはここに来る途中ドヤ顔のオリヴァーから聞いた話だ。 この辺りも神社の敷地内なのか木の周りは立ち入り禁止のロープが張られていて触れることは出来ないけれど、空に届きそうなくらい大きな木は確かに異世界への入口があってもおかしくないくらい圧倒的な存在感と神聖な空気が漂っていた。 両腕をどんなに広げたって届かない太い太い幹から、視線は自然に上へ。空を覆うように枝葉を広げている大木を、隣でオリヴァーも同じように見上げていた。 「……凄いな。」 「……ですね。」 二人で首が痛くなるんじゃないかってくらい見上げたまま呟いて、肩からずり落ちそうになったヴァイオリンケースをほとんど同時に背負い直した。 静かだ。 空気が澄んでいるって多分こういうことなんだと思う。そよぐ風の音、遠くで聴こえる鳥の声。人工物なんて全くない、大地の息吹を感じられる場所。 「……なあ、シー。」 先程まで楠を見上げて感嘆のため息を漏らしていたはずなのに、何故だか急にそわそわと辺りを見回したオリヴァーは、なぁ、と僕の耳に顔を寄せる。 「誰もいないし、少しくらいいいだろう?」 何が、とは聞かずともわかった。 サングラスの奥で、オーシャンブルーの瞳がまるで子供のように純粋にキラキラと輝いていたから。なによりその手は背負っているヴァイオリンケースのベルトを握りしめていた。 誰かに見つかったら。と、諌めるべきところだと思う。 だけど、でも。 他に人の気配はないことなんてわかっていたけれど、それでも僕もキョロキョロと周囲を確認する。 誰もいない。 空気の澄んだ、美しい場所。目の前にはヴァイオリン界の貴公子様がいて、僕の背にも彼からの預かり物であるヴァイオリンが。 この状況で、我慢なんて。 「一曲くらいなら、いいです……よね?」 こんな場所でこの人と弾けたら。 ここに来た時からそう思ってしまっていたのはオリヴァーだけじゃない。 誘惑に負けて首を縦に振れば、オリヴァーはWOW!と満面の笑みでぐ、と拳を握りしめ、いそいそとその場に背負っていたヴァイオリンケースを下ろした。 周りにテーブルも棚も存在していないから仕方ないのだけれど、家一件余裕で買えてしまえる高級なヴァイオリンが入ったケースを地面に直置きだ。 「ほら、シーも早くしろ。」 急かされて、僕も彼の隣で肩からケースを下ろす。ピクニックで弁当を開くみたいに二人してそわそわしながらケースを開いて弓を手に取り松脂を滑らせた。 「曲はやっぱり……?」 「モデルになったこの木を前に弾くならアレ以外ないだろう!」 「ですよね、アレですよね。」 「「風の通り抜ける場所!」」 互いを指さしながら発した曲名は綺麗にハモって、二人で笑った。 映画のワンシーンを彷彿とされるこの景色の中で、映画と同じ曲を弾く。 ああ、少しだけオタク心理というものがわかってしまったかもしれない。 「これ以上ない最っ高のステージだな!」 「ふふ、ですね。」 僕が基準となるA線の音を調弦して鳴らせば、オリヴァーはその音を基準に音を合わせ始める。442Hz。彼と弾く時はいつだってこちらの基準に合わせくれるのがいつの間にか当たり前になっていた。 調弦を終えれば互いに顔を見合せて小さく頷く。ゆっくりと優しく空気を揺らすオリヴァーの低音を聴きながら、僕はそっとオクターブ高い音をのせた。 澄んだ空気の中に旋律が溶け込んでいく。 力強く、けれど穏やかに。オリヴァーの奏でる音は、まるで目の前の楠みたいに圧倒的な存在感を放っている。 この人に負けない音を……なんて無理なことは考えたことすらないけれど、ただ彼が気持ちよく枝葉を広げていられるように、楠にそよぐ風くらいにはなれたら。 毎日早朝や仕事終わりに駅前や公園で弾いている僕の音は、少しはこの人に寄り添える音になってきているだろうか。 チラリと隣で弓を引くオリヴァーに視線を巡らせれば、サングラス越しに僕に向けられたオーシャンブルーと目が合って嬉しそうに細められた。 わずか一曲だけの短い演奏会。僕達にとっては貴重で久々で楽しくて嬉しくて切ない、音。 聖地を前での二人きりの演奏は、幸いな事に誰にも見つかることなく僕は最後の一音までしっかりと彼の音を胸に刻み込んでいた。 一曲だけ。その約束通りヴァイオリンはケースに収めはしたのだけれど、ここを離れてしまうのは名残惜しくて。僕達はどちらからともなくまた楠を見上げていた。 頬を撫ぜる風が気持ちいい。 「最近色々調べているが、日本にはこの場所のように美しい所がたくさんあるな。シーと行きたいところが多すぎて何年かけても回りきれる気がしないぞ。」 「……だったら、何十年かけて二人で回ればいいじゃないですか。」 空を見上げいたオーシャンブルーが、サングラス越しに隣に立つ僕へと落とされたのがわかった。恥ずかしかったから、気付かないふりして視線を泳がせたのだけれど、ガバッと勢いよく彼の腕に捕まってしまう。 「シー!」 「ちょ、」 思いっきり僕の腰を抱き寄せたオリヴァーは、その端正な顔をぐ、と近づけてきた。 思わず瞳を閉じたその瞬間、 カツン 互いにかけていた眼鏡とサングラスが勢いよくぶつかる。 「む。……ふ、くくっ、」 「っ、ふふふ、」 これには思わずふきだしてしまった。 顔を見合せ二人して腹を抱えて大笑い。 「ふふっ、楠の神様に怒られちゃいますよ?」 「む、それは困る。……が、せめてこれくらいは許してもらわんとな。」 オリヴァーが再び僕の腰を抱き寄せ今度は額にキスを落とした。落とされた熱は、あっという間に全身を駆け巡り僕の体温を上昇させる。 もう、と軽く彼の胸を小突けば、逆にその手を取られてしまった。 「シー、今日はもうホテルへ行くぞ。」 言うが早いかオリヴァーは僕の手を引き元来た道へと歩みを進めていく。 「へ?あの、でも、他にも回りたいところがあったんじゃ…」 「セーチジュンレーもいいが、今はシーとめいっぱいセックスしたいからな。」 「ひ、」 満面の笑みでさらりと言われてしまって僕の身体は一瞬で凍りつく。けれど、その固まった身体をもろともせず、オリヴァーは僕を引きずっていく。 「ちょ、ちょっと、ナル!」 「ん?どうした?」 子供みたいに無邪気にとんでもない事を言わないでほしい。僕の頭は沸騰を通り超えて爆発しそうだ。 もはや言葉すらまともに発することが出来ない僕を見て、オリヴァーは声を上げて笑う。 「日本人はシャイだな。したいならしたいと素直に言えばいいのに。」 「あ、あなたはもう少し慎んでください!」 「はぁ?なぜ俺がそんな事をしなければならない。シーだってしたいくせに。」 「っ、っっ!」 ああもう、 僕の言葉なんて欠片も届いていない。知ってる、わかってたけども、なんでこうこの人は歯に衣着せないんだろう。 憧れの地で演奏までしてご機嫌なオリヴァーは、怒りと羞恥で真っ赤に染まる僕を鼻歌交じりに引きずり、そのまま本当にホテルへと直行してしまった。 そうして発言通りに……翌日の聖地巡礼が、近隣の甘味処散策ツアーに変更にせざるをえなかったくらいには、僕はめいっぱい彼の愛をその身に刻み込まれてしまったのだった。

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