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オリーとシーのドタバタ珍道中☆ 4
一泊二日の弾丸旅行は僕に激烈な腰の痛みと、オリヴァーに「ハイ、チーズ」「トウトイ」「オンセン」「ミタラシダンゴ」という大して役に立たないであろう日本語を覚えさせ無事に終了した。
嵐のようにやってきた恋人は、嵐のように去っていき、またいつもの日常だ。
週末の今日は予定していた通り色さんのレコーディングの為、いつものレコーディングスタジオで黒澤さんと色さんというこれまたいつものメンバーでのお仕事。
午前中の予定はなんの問題もなく消化して、今は三人でお弁当を食べつつまったり休憩中だ。……予定通りに事が進むって、なんて素晴らしいんだろう。
落ち着いた空気の中、僕は持参していた急須で紙コップにお茶を入れ黒澤さんと色さんにお出しする。
「ん?珍しいね、緑茶なんて。」
「先日私用で京都に行ったもので、お二人にお土産です。」
いつもならスタジオ下のコンビニのコーヒーが定番なのだけれど、今日はお二人に買ってきたお土産をお渡ししたかったので電気ケトルと急須を持参してみた。
安月給の僕では大したものは買えないけれど、甘いものが苦手な色さんにも食べていただけるように老舗のお煎餅屋さんのおかきとそれに合うようにとお茶屋さんで選んでもらった緑茶。湯のみはさすがに持参できなかったので紙コップで申し訳ないけれど、それでも色さんも黒澤さんも喜んでくれたみたいだ。
「わざわざありがとう、彗さん。」
「俺にまでありがとうございます。」
「いえいえ、大したものではないので。」
親族を亡き者にして会社をズル休みなんてしてしまったため当然会社の人達にはお土産なんて買えるはずもなく。かといってズル休みまでしておいて誰にも何も買ってこないなんて良心がミシミシと悲鳴をあげてしまって。罪滅ぼしというわけではないけれど、この二人には絶対にお土産をお渡ししようと、要するにこれは自分のエゴなのだ。
……なんかもう、本当にごめんなさい。
たまには緑茶もいいですねなんてまったりする二人を前に、僕は心の中で盛大に謝り倒していた。
「でも彗さんが旅行なんて珍しいね。京都って出張か何か?」
「あー、確か今度のお仕事、お茶のCMでしたよね。以前作ったやつの続編的なやつでしたっけ。それ関連で?」
「あ、いえ、そういう訳ではないのですが。で、でも資料になるかと思って写真撮ってきましたよ。」
ビクンッと大きく跳ねた心臓をなんとか作り笑いで誤魔化した。
正直に答えようものなら、間違いなく色さんの不機嫌メーターが一瞬で振り切れる。オリヴァーとの関係が変化したあの日以降、僕の口からオリヴァーの名を出すことは色さんにとって地雷と化していたから。
僕は務めて平静を装って色さん達の前に社用のスマホを差し出した。
「さすが彗さん、助かるよ。」
緑茶のCM曲を作るのに、京都のオリエンタルな街並みは資料となるかもしれない。
たとえ私的な旅行でも、そこはsikiのマネージャーとしてしっかりと勤めを果たさねばと、オリヴァーが聖地巡礼にはしゃぐその合間を縫って僕もしっかり撮るものはとっていた。
もちろん、余計なものを写さないよう細心の注意を払いつつ社用のスマホで。
こんな時でもシキなのか、早く行くぞとへそを曲げたオリヴァーの写真は僕個人のスマホにしっかりとおさめられている。
色さんは僕から受け取ったスマホをテーブルに置き興味深げに一枚一枚スライドさせながら写真を眺めていく。
「やっぱり趣あるよな。」
「うわ、いいなぁ。京都なんて修学旅行以来ですよ。」
俺も行きたいなぁと写真を覗き込む黒澤さんの隣で、色さんはジャケットのポケットからいつも持ち歩いていらっしゃる五線紙のメモ帳と深緑のボールペンを取り出し、メモを取り始めた。
よかった。僕の撮った写真から、何か得るものがあったらしい。思い浮かんだのであろう旋律を書き留めていく色さんに、僕と黒澤さんは互いに目配せして口をつぐみ、色さんの手が止まるまでその作業を見守る。
一枚写真をスライドさせては五線紙に音を書き足す。白紙だった五線紙のメモ帳はあっという間に音符で埋まっていった。そろそろ休憩時間の終わりが近づいているけれど、これは少し延長した方が良さそうだな。
没頭する色さんを横目に僕はお茶のおかわりを入れようと、そっと席を立ち二人に背を向けたのだけれど、
「あ゛あ!?」
黙々と作業をしていたはずの色さんから荒ぶった声が聞こえて、僕は咄嗟に振り返っていた。
スマホの写真をスライドさせていたはずの色さんが盛大に顔をひきつらせ固まっている。
よく見れば、黒澤さんも隣で目を見開いて口をわななかせていた。
「お二人共どうしたんで……っっっ!?」
何があったのかと二人がすごい顔で凝視していたスマホの画面を確認しようと覗き込み、僕は電光石火の速さでそれを奪い取った。
うそ。うそうそうそうそ。
なんで!?
見られないようにと胸に抱え込んだ自らの社用のスマホ。一瞬目に入ったそれは、絶対にありえない光景を写し出していた。
うそ、なんで、ちょっとまって。
幻、そうだ、きっと気のせいだ。だってそんなことあるはずない。細心の注意を払っていたはずなんだから。やましい気持ちが僕に幻を見せたに違いない。
けれど、色さんも黒澤さんも僕を、いや、正確には僕の手にしているスマホに視線を向けたまま、衝撃に凍りついている。
幻で、あってほしい……。
胸に押し付けていたスマホをそっと覗き込めば、やはりそこには幻でもなんでもなく最悪の一枚が写し出されていた。
宿泊していたホテルのベッドの上、疲れ果てて気を失うように眠りに落ちていた僕の隣でドヤ顔で写真に写るオリヴァー・グリーンフィールド。
あの人、いつの間に。
なんで、なんで僕は旅行から帰って最後の最後にデータを確認しなかったのか。己の詰めの甘さを悔やんだところでもうどうしようもない。
「あのやろぉ…」
「は、……え、……」
ギリギリと奥歯を噛み締める色さんに、ポカンと口を開けたまま声にならない声を発する黒澤さん。
どうやったってうまい言い訳なんて出てくるわけがない。だってこれ明らかに服着てない。どうしろと、どう説明しろと。
「えっと、その……」
背中を嫌な汗がつたう。
二人の顔がまともに見れずに僕は右に左にと視線を泳がせた。
なんとか、なんとか誤魔化さないと……って、なんとかなるわけないじゃないか!
「あ、あの、彗さん……」
黒澤さんの震える指先が、僕の抱えるスマホに向けられる。
「き、……貴公子…………落としたんですか?」
「人聞きの悪い言い方しないで下さい!」
思わず涙声で叫んでしまっていた。
違います、と全力で否定出来ないところが辛い。
あー、……そうなんだ、なるほど、と口元を引き攣らせたまま一人納得する黒澤さんになんの反論もできずに、この件はどうか御内密にとそれだけは忘れずにお願いしつつ羞恥と焦りと混乱から僕はその場に崩れ落ちた。
もう、穴があったら埋まりたい。
黒澤さんの背後では色さんがご自身のスマホを握りしめ、怒気を通り越して殺気すら漂わせながら電話をかけていた。相手が誰なのかなんて考えるまでもない。
「おいオリー!てめぇ、何こっそり日本に来て彗さん連れ回してくれてんだ!!」
色さんの怒声とは対称的に電話の向こうから漏れ聞こえるオリヴァーの大爆笑。
「っざけんな、彗さんは俺のマネージャーだぞ!!」
だからなんだ、シーはオレの恋人だ。
……とか、いつものように言ってるんだろうなぁ。
額に青筋を浮かべ、電話越しにオリヴァーと醜い言い争いをしているのであろう色さん。こうなるともう誰にも止められない。
レコーディングまだ半分残ってるのに、この状況一体どうしろと!
崩れ落ちた身体をなんとか起こして、けれどカオスすぎる状況に僕は近場の椅子に座り、テーブルへと突っ伏した。
泣きたい。むしろもう既に視界が滲んでいる。
「……あー、俺コーヒーでも買ってきましょうか?」
黒澤さんの優しい言葉が逆に苦しい。
「あ、なんなら肩でもお揉みしましょうか。」
「……は?」
いまだ色さんの怒声が響く中、不自然に優しすぎる黒澤さんの声に、思わずテーブルから顔を上げていた。
「……急にどうしたんです?」
「え、いや、だって……ねぇ。」
黒澤さんはいまだに若干口元をひきつらせつつその視線を色さんへ向ける。
「sikiの右腕でオリヴァー・グリーンフィールドの想い人って……つまりあれでしょ、今この業界で彗さんに嫌われたら終わりってことでしょ。」
「!!!?」
ダンッと思わずテーブルを叩きつけ立ち上がっていた。
「ちょ、ちょっと!そ、そそんなわけないじゃないですか!」
確かにオリヴァーも色さんも凄い人ではあるけれど!だからってどうしてそんな話に。
「それとこれとは関係ないでしょ!」
「いやいやいや、だって……ほら。」
突如黒澤さんの腕が伸びてきて、僕の肩を抱き寄せる。
「え、なに…」
「ちょ、黒澤さん!どさくさに紛れて何やってんだ!」
先程まで電話の向こうのオリヴァーに向けられていた色さんの怒声が、黒澤さんへ。
『はぁ!?クロサワだと!おいシキ!やつがなんだ!』
興奮でスマホを握りこんだ色さんがどうやらスピーカーモードに意図せず切り替えてしまったようで、色さんに負けず劣らずの荒ぶった声が色さんの手にしたスマホから響き渡る。
『おい、何がどうなってる!あいつは前々からあやしいと思ってたんだ!シーは無事なんだろうな!ああ!?』
……なに、このカオスな状況。
怒りに震える色さんに人差し指を突きつけられ、オリヴァーに電話越しに怒鳴り散らされ。それでも黒澤さんは僕の肩に腕を回したままぷ、と小さく吹き出した。
あ、この人わざとだ。
そもそもこの人奥さんと子供いるくせに。
「……黒澤さん?」
じと、と視線を送れば黒澤さんはついには堪えきれずにくつくつと肩を揺らし、僕の肩に顔を埋めて本格的に笑いだした。
「ま、まさか本気で黒澤さんも彗さんを!?」
『おい!シキ!!クロサワがなんなんだ!おい、シー!無事なんだろうな!!』
目の前からは二人分の怒声、肩口では息も絶え絶えな笑い声。
なんだこれ。現実を放棄するように手元の時計に視線を落とせば、予定していた休憩時間は随分前に過ぎてしまっていた。
……予定通りに、進まない。
僕の、平穏で平凡な日常が。なんで。どうして。
込み上げてきた感情に震える手で僕は肩口に乗っていた黒澤さんの頭を押しのけ、うるせぇだのお前のせいだの激しく言い争っている色さんとそのスマホをぎ、と睨みつけた。
「あなた達…………いい加減にしなさいっ!!」
肺に空気を思いっきり入れて吐き出した渾身の怒りは、スタジオ内をビリリと震わせ場の空気を凍りつかせた。
恐怖に顔をひきつらせて固まってしまった色さんに、日本語で叫んだにも関わらず珍しく空気を読んで沈黙したオリヴァー。
あ、しまった。
二人の反応に我に返ったところでもう遅い。
「あの、皆さん、えっと……」
慌てて取り繕うとしたところで、僕に向けられる色さんの瞳には畏怖の色が濃く滲んでいる。
「その……すみませんでした。」
「ちが、色さん!いやその、」
『あー……オレはそろそろ寝るところだったんだ。ははっ、シー、また電話するからな。……おい、シキ、なんとかしとけよ。』
「ちょ、ナル!」
「あー、やっぱり肩でもお揉みしましょうか?」
「黒澤さんまで!?」
急によそよそしくなる面々に、もうどうすればいいのやら。
一介のマネージャー……ですらないただのレコード会社の事務員が、あろう事か取引先と所属アーティストと世界のヴァイオリ二スト様に啖呵切るとか、これ絶対やっちゃいけないやつだったのに!
申し訳ありませんとこちらが頭を下げるより早く、色さんには直立不動で謝罪され、その手にしているスマホは既に沈黙。黒澤さんはくつくつと笑いを堪えながら不自然なまでに優しくて。
午後のレコーディングがいつも以上に怖いくらいにスムーズに終わったこととは裏腹に、僕の平凡な日常は音を立てて崩れ去ったのではと頭を抱えるそととなったのだった。
もちろん、その日の夜に電話してきた恋人様にはきつーいお説教をしてやりましたとも。
それ以降色さんとオリヴァーの中に音楽以外の親近感が芽生えて少し仲良くなったなんてことは、僕の知らないところでのお話。
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