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第6話 国王陛下の生誕祭1

 小高い丘の上に荘厳な王城はある。  夜空からちらちらと雪が降る中、俺はローレンスとともに登城した。門番の王立騎士に招待状を見せて通してもらい、生誕祭が開かれるパーティー会場へと足を運ぶ。  天井には豪華絢爛なシャンデリアが輝き、いくつも並ぶ円型のテーブルには、各地から集まった貴族たちが席に着いて、席の近い者同士で談笑していた。  パーティー会場の一画にはビュッフェコーナーが設けられていて、あそこから好きな料理やドリンクを持ってくればいいみたいだ。 「では、リアム。俺は陛下の下へ行く。心細い思いをさせるな。すまない」 「いえ。私のことはお気になさらず。ローレンス様はお勤めを頑張って下さい」  俺はにこっと笑って、職務へ戻るローレンスを見送った。そう、ローレンスは国王陛下の側近騎士だから、今夜の生誕祭も傍に付き従うんだ。だから俺は、実質一人で参加というわけ。  まぁ、別にいいけど。こうした社交の場での振る舞いは『リアム・アーノルド』の記憶から分かるし、特に心細いとは思わない。薄情ですまんね、ローレンス様。  早速、ビュッフェコーナーからドリンクを持ってきて、国王陛下が入場してくるのを待つこと数十分。煌びやかな夜会服に身を包んだ国王陛下が、三人の側婿を侍らせながらパーティー会場に入場してきた。もちろん、傍にはローレンスたち側近騎士の姿もある。  国王陛下が壇上に上がると、俺を含め周囲の貴族たちは拍手を止めた。 「今夜は俺のために集まってくれて感謝する」  よく通る声で国王陛下はそう挨拶を切り出した。  いまさらだけど、国王陛下はアルファで俺より二つ年上だ。野郎の容姿なんて興味ないんで割愛するけど、まぁ金髪碧眼のイケメンではある。 「この国の平和も、みなが領地をよく治めてくれているからだ。これからも領地経営に励み、俺を支えてほしい。長い挨拶は不要だな。今夜は思う存分、飲んで食べて、楽しんでいってほしい。――では、乾杯!」  国王陛下がドリンクを掲げると、パーティー会場にいる貴族たち全員が、応えるようにドリンクを掲げた。俺も同様にしてから一口飲む。あ、うまい。酒じゃないけど。  開会宣言の後は、国王陛下直々にテーブルを回って、参加した貴族たちと会話を交わす。挨拶回りが終わるまでは、たとえ日付が変わっても生誕祭は終わらない。これだけの人数がいるんだから、日付をまたぐのはまず確定だろう。はぁ、変な風習だよ。  それにしても、国王陛下は俺のところにも挨拶をしにくるのかな。いや、絶対にくるよな。自分から招待したんだから。どんな対応されるんだろう。  ビュッフェコーナーから持ってきた豪勢な料理に舌鼓を打ちながら、国王陛下が挨拶回りにくるのを待っていた時だ。 「これは、これは。リアム殿下……いや、失礼。リアム夫人」 「お久しぶりですね」  見知った声だ。振り向くと、そこには二人のモブ側婿が、気味の悪い笑みを顔に張り付けて立っていた。げっ、俺も招待されたことを国王陛下から知らされていたのか。 「……ご無沙汰しております、お二人とも」  きっと、嫌味でも言いにきたんだろうな。降婿されてざまぁみろ、みたいな。まぁ、『リアム・アーノルド』はそれだけ意地の悪い奴だったから仕方ないけど。  嫌味の一つや二つ、甘んじて受け入れようと身構える俺だったけど。 「その後はお変わりありませんか」  モブ側婿の片方が、ふっと優しい笑みを浮かべてそう言った。俺は肩透かしを食らって、思わず「え?」と聞き返してしまった。  あれ? 嫌味を言いにきたんじゃないの?  困惑する俺に、もう片方のモブ側婿も優しく笑いながら言った。 「私たち、リアム夫人に久しぶりに会えるのを楽しみにしていたんです」 「えっと、あの……」  俺は恐る恐る『リアム・アーノルド』がした仕打ちについて触れた。 「お二人とも、私に怒っているのではないんですか……?」  嫌味やら皮肉やら、お前らに散々嫌がらせをした『リアム・アーノルド』だぞ。会えるのを楽しみにしていたなんて、絶対に嘘だろ。  モブ側婿たちはきょとんと顔を見合わせてから、声を立てて笑った。 「過去のことなんてもう水に流しましたよ」 「そうですよ。そこまで私たちは粘着質ではありません」  え……マ、マジで? 本気でそう思ってんの?  正婿にはなれないモブ側婿だけど、――めっちゃいい奴らなんじゃん! 「側婿時代の数々の非礼、心からお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」  なんで『俺』が謝罪しなきゃならんのかと思いつつも、『リアム・アーノルド』がした仕打ちについて謝ると、どちらも「ですから、もういいんですよ」と笑って許してくれた。 「そんな昔の話よりも、もっと楽しいお話をしましょう、リアム夫人」 「ええ。さっ、テラスにでも移動して、久しぶりに三人で語り明かしましょう」 「は、はい」  側婿からの誘いじゃ断れないというのもあるけど、それ以上に二人の人格者っぷりに俺はいたく感動して、反射的に笑って頷いていた。  まったく、『リアム・アーノルド』め。こんないい人たちに嫌がらせなんてしてるんじゃねぇよ。本当に性格の悪い奴だったんだな。  分厚い扉を開けると、外は変わらずに雪が降り積もっている。テラスの床や肘を乗せる場所も、すっかり白くなっていた。寒そうだけど、夜空の下で語らうのもいいな。  と、思いながら、後ろにいる二人を振り向いた途端。  ――どんっ。  二人の手が、俺の体をテラスへと突き飛ばした。バランスを崩して床に背中を打ちつけるのと同時に、分厚い扉が勢いよく閉められた。カチャン、と鍵のかかる音が響く。 「ちょっ――」  俺は慌てて体を起こして、閉じられた分厚い扉をガンガンと叩いた。でも、分厚い扉が開くことはなかった。  その代わりに。 「お前を許すわけがないだろ、バーカ」 「そこで凍え死ねば?」  そんな冷たく小さな呟きが、でも不思議と大きく聞こえて。二人は立ち去って行った、のだとなんとなく分かった。  俺は呆然と立ち尽くした。嵌められたのだ。それもあろうことか、真冬の寒空の下に締め出されてしまった。

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