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第35話 ハヴィシオンからの使者3
――お迎えに上がりました、ルーファス様。
俺はなんとなく察してしまった。
そういえば、以前サマンサさんが教えてくれたじゃないか。ローレンスはギルモア地方伯爵家の子じゃない、行き倒れていたところを保護された子供だと。そしてそれ以前の過去はサマンサさんも知らない、と。
「もしかして……ローレンスがその元第二王子『ルーファス』なの、か?」
「……ああ、そうだ」
「王子だったローレンスがなんで、リフォルジアにいるんだよ」
「それは……実は十歳頃に親族が罪を犯したために、流罪処分となったんだ。それでリフォルジアまで落ち延び、ギルモア地方伯爵邸の前で力尽きて倒れていたところを、父上たちに保護された、というのが俺の生い立ちだ」
ローレンスはそっと目を伏せた。
「話さずにいてすまなかった。俺にとってはもう切り捨てた過去だったから」
「それは別にいいけど……現国王政権を倒すってなんで? 今のハヴィシオンの国王って悪い奴なの?」
「悪いというよりも……精神を病んだ、といった方が正しい。元々は賢王だったそうだが、一年前に愛する正婿を亡くして以来、宗教にのめりこんでしまい、多額の献金をするようになったのだとか。そのためにハヴィシオンの民から税収を搾取し、圧政を敷いて、果てには他国へ富を求めて侵攻しようとしているようだ」
「はぁ? それ、止めようとする臣下はいないのかよ」
「反対派がいないわけではないだろうが、上層部は自分たちが甘い汁をすすれさえしたらそれでいいようだな。それで堪忍袋の緒が切れた貴族たちが動き、元第二王子『ルーファス』を次期国王に据えようと、オーフェンに探しにこさせたらしい」
探しにこさせたといっても、なんの手がかりもなかったわけじゃないみたいだ。ハヴィシオンには占いが得意な家系があって、その家の力を借りてローレンスの行方を大まかに突き止めたらしい。オーフェンさんがこの家の前に行き倒れていたのは、本当にオーフェンさん自身の勘からだそうだけど。
ともかく、大まかな事情は分かった。じゃあ……ローレンスはどうするつもりなのか。
「戻るのか、ハヴィシオンに」
「……元第二王子『ルーファス』は、すでに切り捨てた過去だ。だからもう、関係……」
「関係なくない、だろ」
たとえ、十五年以上前のことでも、ローレンスは確かに王子だったんだ。祖国を憂う心がないとは思えない。そもそも、過去として切り捨てられていないから、俺がハヴィシオンについて話を振った時に、そっけない返事になったんじゃないのか。
「苦しんでいる祖国の民を、放っておけるはずがない。俺が知ってるローレンスなら」
お前が俺の何を知っているんだ、と言われたら言葉に詰まるけど。
でも、俺が知るローレンスは、不愛想で無口でとっつきにくくて、でも他者に心配りができる誰よりも優しい人だ。祖国の件で胸が痛んでいないはずがない。
「行けよ。ハヴィシオンに。革命軍の旗頭として現国王政権を倒して次期国王になるなんて、それこそ元第二王子『ルーファス』であるお前にしかできないことだよ」
「ノゾム……だが」
「俺のことなら気にしなくてもいいから。今、祖国のことを見て見ぬふりしたら、ローレンスは絶対に後悔する。俺はローレンスにそんな思いをさせたくない」
「………」
「決めるのはローレンスだ。でも、俺は信じてる。ローレンスならきっと、進むべき道を選ぶって」
しばらく、沈黙が下りた。
こうも反応がないと、俺の主張が間違っているような気がしてきた。流罪処分になったローレンスの胸中なんて正確には推し量れないし。ささやかな自信も萎んでしまい、俺は視線を器に落とす。
と、俺の左手にそっとローレンスの手が重ねられた。
「ありがとう、ノゾム」
顔を上げると、優しげに微笑むローレンスの目と目が合う。
「俺のことを想って背中を押そうとしてくれて。俺は……ノゾムか、祖国か、どちらかを選ばなきゃいけないのだと極端に考えていた。だが、改めて思ったよ。俺はあなたを手離したくないし、もちろん祖国のことも見捨てられない。だから」
ぎゅっと左手を握り締められた。
「俺が迎えにくるまで待っていてくれ。現国王政権を倒すのに何年かかるか分からないが、国王に即位したら俺はあなたを正婿にする」
「ローレンス……」
そんなことできるのか、と思わなかったわけじゃない。でも、ローレンスが言うのなら、きっと本当に俺を正婿として迎え入れてくれるだろう。
正婿という立場には興味がないけど……ローレンスの夫という立場ではいたい。ローレンスの傍にいたい。
そう思っていた俺にとっては、ローレンスの言葉は嬉しかった。
「待っていてもらえるか」
「…っ、もちろん、何年でも待つよ」
一年でも、五年でも、十年でも。ローレンスの傍にいられる未来のためなら。
ローレンスは俺の心が傾くまで、辛抱強くずっと待っていてくれた。だから、今度は俺がローレンスを信じて待つ番だ。
「なら、約束だ」
「うん」
俺たちは指切りをして。触れ合うだけの口付けを交わした。
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