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第36話 ハヴィシオンからの使者4

 ローレンスは明日、国王陛下に事情を話してから、オーフェンさんとハヴィシオンに戻ることに決めた。その準備があるということで夕食後にはすぐ自室にこもり、俺もまた自室に引っ込んで、色々と思いを巡らせた。  まさか、ローレンスが隣国の元第二王子だったとはなぁ。BL小説にもそんな設定は書かれていなかったはずだから、作者の裏設定ってやつか? 『リアム・アーノルド』を置いて行方をくらませたっていうのも、ハヴィシオンに戻ったってことなんだろう。  現国王政権を倒す。それってつまり、内乱ってことだよな。戦うってことだ。次期国王に据えるローレンスを前線に立たせるわけはないと思うけど、戦になる以上はいつ死んでもおかしくはない。そのことが心配といったら、心配だ。  背中を押そうとしておいて、俺って覚悟が足りないというか、なんというか。  そんなことをつらつらと考えていた時のこと。扉がコンコンとノックされたので、てっきりローレンスかと思いきや、顔を出したのはオーフェンさんだった。 「オーフェンさん。どうかしたんですか」 「ちょっと、リアムさんにお話があって。今、大丈夫ですか」 「ええ。構いませんけど。中へどうぞ」 「失礼します」  室内に足を踏み入れたオーフェンさんを、俺の向かい側の椅子に座るように促す。だけど、オーフェンさんは椅子に座らず、立ったまま話を切り出した。なんとなく……気まずそうというか、申し訳なさそうな顔で。 「その、リアムさんはルーファス様とご結婚されているんですよね」 「はい」 「リアムさん、いい人そうだからこう言うのは心苦しいんだけど、――ルーファス様から身を引いてもらえませんか」 「え……」  ローレンスから身を引け?  既視感を抱いたのは、サマンサさんから離縁しろと迫られた時があるからだろう。 「どうして、ですか」 「占いによると、リアムさんってリフォルジア国王の元側婿で、しかも公爵家から勘当された身なんでしょう? ええと、星占宮からの言伝をそのままお伝えします。『他国の国王の手垢がついた男、それも公爵家から勘当されている平民同然の男を、ルーファス様の正婿とは認められない』だそうです」 「て、手垢って……」  確かに国王陛下の側婿だったとはいえ、俺、国王陛下から手出しは一切されていないんだけど。いやでも、傍目から見たら、国王陛下の手垢がついた男になるのか?  公爵家から勘当されているというのは、まぁ事実だ。それはつまり、公爵令息ではない、なんの身分も持たない男も同然……と、今になって気付く。  あれ? ってことは、俺……マジで、次期国王になるだろうローレンスの正婿にはふさわしくないんじゃない、か? 「これ、少ないかもしれませんが、手切れ金です。換金したら、しばらく生活するのに困らないでしょう」  差し出されたのは、小さな金塊だった。それでも、換金したら一千万ガルドくらいにはなるだろう。オーフェンさんの言う通り、慎ましやかに暮らせばしばらく生活には困らない額だ。 「ってことで、俺の話は以上です。俺たちが旅立った後にでも、この家を去って行ってもらえたら助かります。では、俺はこれで」  嫌な役目だなぁ、なんて思っていそうな顔をして、オーフェンさんは俺の自室をすたすたと出て行った。ぱたん、と扉が閉まる。  俺はただただ茫然として、その場に座ったままでいた。こんなものいらない、なんて金塊を投げつけられていたら、我ながらカッコよかったのに。  リフォルジア国王の元側婿。  公爵家から勘当された、平民同然の身分。  それは否定のできないれっきとした事実で、俺にはどうすることもできないことだった。そしてそれらの事実は、『ルーファス』の正婿にふさわしくないということを指す。  俺は目の前に置かれた金塊を、黙って見つめることしかできなかった。 「では、リアム。行ってくる」 「うん……いってらっしゃい。道中、気を付けて」  翌朝。俺は玄関先で、ローレンスとしばしの別れのキスをして、その背中を見送った。扉の向こうに消えていく背中に思わず手を伸ばしかけて、だけどぐっと堪えた。  引き止めちゃダメだ。これはローレンスにしかできないことで、何よりも隣国とはいえ苦しんでいる民衆を救うためなんだから。 「旦那様……行ってしまわれましたね」  不安げな声で言うのは、オリビアさんだ。今朝、仕事にきたオリビアさんにも、ローレンスは事情を話して、しばらく家を空ける旨を伝えたんだ。 「そうですね。でも、大丈夫です。無事に帰ってきますよ」 「え、ええ。やだ、私ったら。リアム様に気を遣わせてしまってすみません。そうですとも。旦那様なら無事に帰ってきますよね」  互いに笑い合って廊下を引き返し、家事はオリビアさんに任せて俺は自室へこもる。テーブルの上に置きっぱなしの金塊を黙って見つめ、そっと息をついた。  ローレンスなら、きっと約束通り俺を正婿として迎え入れてくれるだろう。だけど、そんなことをしたら愚王と叩かれるのは必至だし、臣下から猛反発を食らって、支持率が下がらないとも限らない。ローレンスの足を引っ張るようなことはしたくない。  俺は……身を引くべきなのかな。オーフェンさんに言われた通り、今すぐ荷物をまとめてこの家を出て行くべきなんだろうか。  ――でも。 『なら、約束だ』 『うん』  ローレンスと約束したんだ。この家でローレンスの帰りを待っているって。何年後になるかは分からないけど、その約束を違えたくはない。  待つべきか、身を引いて去るべきか。  俺は答えを出せぬまま、半月の時が過ぎた。

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