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第37話 思わぬ訪問者

 どうしよう。決められない。  相変わらず、俺は自室にこもって思い悩む日々だ。  寝台の端に端座位している俺は、視線を左手の薬指に落とした。ダイヤモンドがきらりと光る結婚指輪。思えば、結婚してからこの二年近くで色んなことがあったな。  ローレンスの元へ降婿して、初めは冷遇婿ライフだ、よっしゃあああ、なんて思って。でもそれが選択の間違いからローレンスに抱かれるようになって、それを終わらせようと嘘をついたら甘々新婚ライフに突入しちゃってさ。  早く冷遇婿ライフに戻りたかったけど、新婚旅行に行った先でローレンスを愛せる日がくるかな、なんて心境が変化して。でも直後に、嘘がバレてしまって。あの時は完全に終わったと思ったけど、ローレンスは許してくれた。  夫夫として再出発すると思ったら、今度はサマンサさんが、ローレンスと離縁してもらえないかってやってきたんだっけ。馬車の一件とか色々ひっくるめて、俺はサマンサさんに劣等感を抱いて苦しんで、嫉妬もして。離縁した方がいいんじゃないかって思ったりもした。  でも、やっとローレンスへの想いを自覚して、想いを伝えて、これから本物の夫夫としてスタートするはずだったのに。なんだよ、この状況。マジで色々ありすぎだろ。 『俺もあなたとは、両親のような仲睦まじい夫夫になりたいと思っている』  俺もだ。俺もだよ。本当にそう思っていた。  でも、俺は……ローレンスには、『ルーファス』には、ふさわしくないんだよ。だから俺は身を引くしかない。そうだ。そんなことはもう、頭では分かっているんだ。  ただ、感情が追いつかないだけで。 『待っていてもらえるか』 『…っ、もちろん、何年でも待つよ』  ローレンスの傍にいられる未来のためなら、と思っていたけど。それはもう無理なんだ。もう二人で一緒にいられる未来はないんだ。だったら、俺は何も言わずに黙ってこの家を去った方が、お互いのため……なんじゃないか?  そう思うけど、でもローレンスとの約束が後ろ髪を引く。『ルーファス』の正婿にはなれないことは確定事項だとしても、本当に黙って姿を消すことが最良の選択なのか?  俺はまだ『ローレンス』の夫だ。夫なら、旦那の帰りを待つべきなんじゃないのか。お疲れ様って出迎えて、その上できちんと話し合うべきじゃないのか。  だって、それが本物の夫夫ってもんだろ?  俺は『ルーファス』の正婿にはなれない。なっちゃいけない。次に会った時、ローレンスとはお別れだ。  それでも、いやだからこそ――笑ってさようならがしたい。  そうだ。待とう。待って、きちんと別れ話をするんだ。そうじゃなきゃ、俺も、きっとローレンスも、前に進めなくなってしまう。けじめはしっかりつけるべきだ。  そう、答えが出た時だった。扉がコンコンと鳴ったので「どうぞ」と応えると、オリビアさんが顔を出した。 「リアム様。リアム様にお客様がいらっしゃいました」 「え? 私に、ですか」 「はい。広間にお通ししましたので、いらっしゃって下さい」  んん? 俺に用のある人なんて、これといって思い当たらないけど。でも、実際に訪れてきているんだから、応対しなきゃな。 「分かりました。今、行きます」  俺は寝台から立ち上がり、身だしなみを整えてから、自室を出る。一階へ下りて広間へ顔を出すと、そこには――。 「……え?」  思わぬ人物の姿に、俺は目を見開いた。それもそのはず。ソファーに座っていたのは、なんと国王陛下だったんだ。  なんでこんなところにいるんだ、とは思ったものの、俺はすぐさま跪拝の礼をとった。 「陛下、ご機嫌麗しゅう。ウチの使用人が陛下だと気付かず失礼しました」  いや、オリビアさんが本当に失礼なことをしたとは思わんけど、それでも国王陛下だとは気付いていない様子だったから、その非礼を詫びた。 「構わない。俺が国王だとは名乗らなかったんだから。お前もいい、立ってくれ」 「……はい」  俺が立ち上がると、国王陛下もソファーから立ち上がって手を差し出してきた。 「久しぶりだな。といっても、俺の生誕祭以来か」 「そうですね。四ヶ月ぶりくらいです」  俺も手を差し出し、国王陛下と握手を交わす。男爵夫人の身では恐縮だけど、まぁ国王陛下はそういう気さくな人だ。 「わざわざ足を運んで下さってありがとうございます。失礼ながら……本日はどのようなご用件で我が家にいらしたのですか」 「ああ。ちょっと、お前に話があってな」  俺に話がある? 国王陛下直々に足を運んでまで俺にする話って……もしかして、ローレンスに関係することか?  国王陛下は窓辺に立ち、外の景色を眺めながら唐突に語り出した。 「実はな、俺には弟がいたんだ。王位争いの火種になるかもしれないと、生まれて早々に貴族の家に養子に出された、生き別れの双子の弟が」  俺は目をぱちくりとさせるしかない。え、なんだそれ。初めて聞く話だ。 「双子の弟はオメガだと判明しており、幸いまだどこにも婿入りしていなかった。ゆえに王族へ戻し、隣国ハヴィシオンの新たな国王となるだろうルーファス・ハヴィシオンに婿入りさせようと考えている。いわゆる外交政策というものだ」 「……そう、なんですか」  オメガの王族を『ルーファス』に婿入りさせる。別におかしな話じゃない。国と国の結びつきを深めるために、王族を他国の国王の下へ婿入りさせるのはごく一般的な外交政策だ。  国王陛下は、ローレンスがハヴィシオンの新たな国王となると聞いて、ハヴィシオンとの国交を活発にしたいと考えたんだろう。  はは……やっぱり、俺が『ルーファス』の正婿になる余地は、どこにもないわけだな。  ぎゅっと唇を噛み締めて俯く俺に、 「――という役目を、お前に頼みたい。リアム」  と、国王陛下は続けた。  俺は思わず顔を上げて、国王陛下を見た。 「え……?」 「ははは。生き別れの双子の弟なんて、そんな都合のいい存在が本当にいると思ったのか、お前は。嘘に決まっているだろう」 「う、そって……」 「だが、その嘘をおおやけには真実にする。今からお前は俺の双子の弟だ。ちょうど、同じ金髪碧眼なことだしな。というか、従兄弟なのだから、血の繋がりはあるし」 「え、ちょ、待って下さい。ご冗談でしょう?」  国相手にそんな大嘘をつくのかよ。バレたら外交問題になるんじゃないのか。  国王陛下は可笑しそうに笑った。 「こんな冗談を言うわけがないだろう。大丈夫だ。ここまでお膳立てしてやれば、後はローレンスが上手くやるだろう」 「お膳立て……?」 「ああ。この間、ローレンスが事情を打ち明けてきた時、同時に俺に頼み込んできたんだ。国王に即位したらお前を正婿に迎え入れたいから、公爵令息に戻してもらえるようアーノルド公爵家に取り計らってもらえないか、と。だが、新たな国王の正婿になるのにそれだけでは厳しいだろう。ゆえにさきほど話した案を思いついたわけだ」 「……どうして、そこまで」  国王陛下がそこまでする理由が、俺には思いつかない。過去を悔い改めた……という設定とはいえ、犯した過ちは消えないし、そんな重要な役目をどうして俺に任せられるんだ。  国王陛下は、ここにはいない誰かに想いを馳せるように、優しげな目をして窓の外を見た。 「俺も……初めて愛する者ができて、反省していたんだ。四人の側婿を娶って、その中から正婿を選ぶ。そんなバカげた慣習を俺もしてしまったことに。政略結婚から芽生える愛は当然あるのだろうが、愛してもいない相手を複数人も娶るなんて不誠実極まりないな、と」 「い、いえ、でもそれは……多くの子孫を残すためでもありますし……」 「結婚相手なんて一人でも手が余る。相手を深く愛していれば愛しているほどにな。だから、お前をおおやけには傷物にしてしまった責任を取りたい。ローレンスにも今まで支えてもらった労をねぎらう意味もある。まぁ、他に婿入りさせる候補者がいないというのもあるんだが」  そう心情を吐露した国王陛下は、優しげな微笑みを浮かべてまた俺を見た。 「――というわけで、この話を引き受けてくれるか、リアム」  また、ローレンスと一緒にいられる。『ルーファス』の正婿になることができる。  こんなありがたい話……断る理由がないよ。  俺は嬉し涙が出そうになるのを、必死に堪えた。 「陛下……ありがとうございます」  お礼を是と受け取った国王陛下は、満足げに頷いた。 「では、リアム。新たな名をどうする」 「それでしたら――」

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