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第38話 再会1

 夏、秋、冬、と季節は巡り、再び陽気な春を迎えたリフォルジア。  あれから、国王陛下の双子の弟として、特別に後宮の黄薔薇宮に住まわせてもらえることになった俺は、今日も家庭菜園に水やりをしていた。  よしよし、順調に育っているな。アスパラガスはベーコン巻きにして焼いて、ジャガイモはハッシュドポテトにしよう。キャベツは……うーん、どうしようかな。色んな調理方法があって迷うなぁ。  そんなことを考えつつ、水やりを終えて俺はジョウロを棚に戻す。  春がきたということで、俺はもう二十一歳の誕生日を迎えたんだけど、国王陛下の双子の弟という設定になったから、二歳プラスされておおやけには二十三歳だ。  ハヴィシオンへ発ったローレンスを見送ってから、早一年。一日一日が長く感じていたものだけど、振り返ってみると月日が経つのはあっという間だ。  ローレンス……元気にしてるかな。  遠い空を見上げれば、夕焼けに染まっている。さわさわと吹く風も少し冷たい。ちょっと肌寒いから、手入れもそこそこにして黄薔薇宮の中に戻ろう。  と、踵を返した時だった。 「ノゾム」  聞き慣れた、だけど懐かしい声。  俺はゆっくりと声の主を振り向いた。すると、そこに立っていたのは。 「遅くなってすまない。あなたを迎えにきた」 「ローレンス……!」  一年ぶりに見る愛しい人の姿に、俺は涙が出そうになった。  帰ってきた。無事に帰ってきてくれた。  いや、実はもう数ヶ月前に、ハヴィシオンで革命が成功したっていう話は国王陛下経由で聞いてはいて、その時にローレンスの訃報は聞かなかったから生きているんだろう、とは思っていたんだけど、でもやっぱりこの目で確かめるまでは不安だったんだ。 「~~っ、おかえりっ!」  俺は駆け出して、ローレンスの胸元に飛び込んだ。勢いよく抱きついた俺を、ローレンスは力強い腕で優しく受け止めてくれた。 「ただいま。元気にしていたか」 「うん。ローレンスも無事でよかった…っ……」 「ノゾムとの約束を違えるわけにはいかないからな」  そっか、そうだよな。ローレンスが約束を破るはずがないよな。  俺たちはしばし抱擁を交わして。一旦体を離した。 「陛下から話は聞いた。陛下の双子の弟『ノゾム』になったそうだな」 「そういうローレンスも、国王『ルーファス』になったんだろ?」 「ああ。これから戴冠式をおこなって、正式に王位につく。そうしたら……あなたを正婿として迎え入れるから。もう少し待っていてほしい。……待っていてくれるか」 「もちろん、待つよ」  一年でも、五年でも、十年でも。ローレンスの傍にいられる未来のためなら。  俺たちは見つめ合い、そっと一年越しの再会のキスをした。  それから一年後――。  春の麗らかな日差しがステンドグラス越しに大聖堂に降り注ぎ、色鮮やかな光となって室内を明るく照らしている。信徒席には多くの参列客が並び、神父が立つ祭壇の前にそれぞれの花婿衣装を身に纏った俺とローレンスが並び立っていた。  そう、今日は『ノゾム・リフォルジア』と『ルーファス・ハヴィシオン』の結婚式の日。とうとうこの日を迎えたんだ。 「病める時も健やかなる時も、互いに愛することを誓いますか」 「「はい」」 「では、誓いのキスを」  俺たちは向き合った。ゆっくりと顔を近付けてくるローレンスに俺は目を閉じ、ローレンスの優しい口付けを受け入れた。  ……こんな大勢の前でキスするのって、ちょっと照れるな。さすがのローレンスも同じことを思っていたんだろう。俺たちはキスをした後、小さく笑い合った。 「では、新郎たちの退場です」  結婚式の司会進行係の人の言葉に従い、俺たちは腕を組んで身廊を歩く。参列客からの祝福の拍手を浴びながら。  これまでの出来事が頭の中を過ぎていく。本当に……色々あったよな、俺たちの道筋は。 『俺が望んだ結婚ではない。子を持つつもりも俺にはない』  初めはお互いに愛なんて欠片もない夫夫関係から始まって。 『なら、ずっと一緒にいよう』 『うん…っ……』  今、こうして本物の夫夫関係になるまでは、傷付けたり、思い悩んだり、デコボコだらけの道だった。一度は途絶えてしまいそうにもなった。  ここまで俺たちを導いてくれたすべての人たちに、心からの感謝を。  開いた扉を通り過ぎると、扉が静かに閉められた。 「ご無沙汰しています、お義父様」  晴天の下、広大な庭で開いた披露宴にて。参列客に挨拶して回る俺たちは、お義父さんに声をかけた。お義父さんも、リフォルジアのギルモア地方伯爵領から足を運んでくれたんだ。くれぐれも俺の正体は口外しないように、とはローレンスが念を押して。  個人的には、オリビアさんたちとか、サマンサさんも招待したかったんだけど……俺の正体が周囲にバレたら困るから、招待しなかった。残念だけど、こればかりは仕方ない。 「二人とも、久しぶり。このたびは、結婚おめでとう」 「「ありがとうございます」」  俺たちがお礼を言うタイミングが被ったものだから、基本的に厳めしい顔をしているお義父さんも「仲がよさそうで何よりだ」と一笑した。  お義父さんの優しげな笑みにつられて、俺たちも笑った。 「父上、ご足労をおかけしました。本日は楽しんでいって下さい」 「ああ。お前たちも楽しんで……いる余裕はないだろうな。まぁ、参列して下さった方々にきちんと挨拶をしてお礼を言うように」 「「はい」」  素直に頷く俺たちにお義父さんは満足げな顔をし、次いでローレンスを見た。 「それからローレンス。お前は……これから、身近な人々はもちろん、この国の民すべてを守っていかなければならない立場だ。よき国王となるよう、精進しなさい。今後はそう会うことはないだろうが、私もジョージもリフォルジアから見守っておるよ」 「ありがとうございます。父上たちもどうか、変わらずにお元気でいて下さい」  では、失礼します、と先に離れていったローレンスの後を追おうとした俺を、お義父さんが「ノゾム殿下」と呼び止めた。ん? なんだろう。 「はい。なんでしょう」 「結婚式の時、愚息を見るお前の目はいい目をしていた。あれは――愚息のことを愛してくれている目だった」  思わぬ言葉に俺は息が詰まった。……ローレンスのことを愛している目をしていた? 本当に?  だとしたら、これほど嬉しいことはない。  お義父さんは破顔した。 「愚息のことをよろしく頼むよ」 「…っ……、はい!」  俺はまだまだ未熟だけど、それでもローレンスを支えていきたい。ローレンスを幸せにしたい。いつか、誓ったように。  俺は「では、失礼します」とお義父さんと別れて、ローレンスの隣を歩く。挨拶回りをする俺たちの頬を、優しい春風が祝福するように撫でていった……。

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