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第4話 ラティラの計略
―――法廷
「―――証拠がありませんでした」
俺ははっきりとそう言った。
「証拠、だと?」
「ラピス嬢は日常的に公爵夫人やルチアに暴力を振るわれていましたが、それはルチアが聖魔法ですかさず治癒していました」
ルチアは聖魔法を使える残念ヒロインと言う設定だったから。まぁ、その聖魔法もまがい物なんだけどな。それはおいおい明らかになるだろうからおいておいて。
「更に使用人たちはほぼ全てが公爵夫人とルチアに傾倒しており、唯一の味方であった家令と料理長も人質を取られて口を堅く閉ざさざるを得なかったのです」
「そんなっ」
さすがに人質まで取っていたという事実にルイスが驚愕し、父王もサスペンスドラマを見ている休日のお父さんのように俺の話に聞き入っている。
俺の口から語られる真実にラピスは完全に青褪めていた。俺がラピス陣営の側に控える官吏に視線を向ければ、気が付いたのかラピスに椅子を用意してくれた。
「俺が堂々とそれを訴えることもできましたが、それよりも良い方法があると判断しました」
「それは、何だ」
「それは俺がルチアと浮気をし、公の場で婚約破棄を告げることでルチアを共倒れにして確固たる罪を衆目の面前に晒すことです。そしてこのことによって自然と問題を起こしたルチアの監督責任を公爵夫妻も取らざるを得ません。これが俺がたてた計画で、確実な彼女たちへの仕返しになると考えました。そしてその役目は、ラピス嬢の婚約者である俺にしかできないものでした」
「た、確かに。ルチア嬢がラピス嬢のものをなんでも欲しがるということは、確実にラティラにも手を出すということだ。しかし、そのせいでラピス嬢が余計に傷つくということは考えなかったのか」
「もちろん考えました。けれど、ラピス嬢には俺以上に相応しいものがいると判断し、俺はそのものにラピス嬢を任せ、自らを悪役に堕とすことを選んだのです」
「そ、そのものとはっ」
鬼気迫るサスペンスドラマの大取りで身をくわっと乗り出す休日のお父さんの如き俺の父王。
「俺はラピス嬢の努力を誰よりも知っており、認めていたルイスが相応しいと考えました」
「んなっ、あ、兄上」
その言葉を聞いて、ルイスが息を呑むのが分かった。ラピスも驚いた表情でまっすぐに俺を見つめている。
そしてその言葉が刺す裏の意味に気が付いたひとりが、声を上げた。
「な、何てことを、何を言っているの、ラティ!!」
突如金切り声のようなキンキン声で叫んだのは、ふわふわの金髪に赤く毒々しい瞳で俺を睨みつけてくる正妃・ベアトリーチェであった。つまり、俺の母親である。
あぁ、あぁいう表情は原作の挿絵やコミカライズで見たことがある。側妃の子であるルイスや、第3王子のゼンに向けてきた目だ。
それを息子の俺自らが受けることになるとは。しかしながら、うまく彼女を乗せることができたらしい。俺の計画には彼女の道連れが無くてはならないのだ。
彼女は結果として俺が処刑される原因を作り、更には世界滅亡の危機を招くのだから。
正妃・ベアトリーチェは元々はグラディウス帝国の皇女だった。現在の皇帝である俺の推し・アイルから見れば伯母にあたる。国力で言えばグラディウス帝国の方が上のため、ベアトリーチェはかなり気位が高く高慢だった。それ故に側妃やその子どもたちであるルイスたちのことを目の敵にしており、父王の目を盗んで度々の虐待を施してきたのである。側妃が行方不明になるという前代未聞の事件の後は、特に。
彼女にとっての第1は、実子である俺が王位を継ぐこと。王太子の座に就くことである。そのために国内の貴族を帝国派へと懐柔したり、縁戚関係を作ったり、時には誘惑までして俺の後ろ盾を稼いできた。
そしてその欲はとどまることを知らない。このまま行けば俺は王位継承権を剥奪されて塔に幽閉されるのだ。国外追放などになりそうだが、仮にも世界一大帝国グラディウス帝国の皇族の血を引き、更には希少な聖魔法を持つ俺をおいそれと野に放つわけにはいかない。仮に帝国の手に渡ればどうなるか分からない。つまり俺が皇帝・アイルの嫁になるためにも色々と小細工を述べねばならないのだが、それはおいおい。
そう言う意味もあって、俺は生涯幽閉されることになるのだが。俺を再び王位に返り咲かせるために母上は俺を秘密裏に塔から出すのである。そして俺はルイスに復讐するために殺人未遂を犯し今度こそ処刑エンドになってしまう。う~、ぶるぶる。希少な聖魔法の持ち主ではあるが、その持ち主がその時点ではもうひとり見つかっていることもあり、俺の罪は言い逃れできない物になってしまう。
そして父王にその件に手を貸したことがバレる母上であったがどうやったのか行方をくらませ、物語の最後の最後にルイスを絶望のどん底に堕として、父王を毒殺して処刑される。
つまりこの母上は産みの母親ながら生かしておいたら碌なことにならない。ルイスが心に癒えない傷を負い、そしてラピスもまたそんな彼を献身的に支えていく。
しかしそんな彼女を早い段階で片づけられたのなら。それはそれで一種の希望になる。俺が帝国に渡った後も父王を守れるかもしれない。ルイスとラピスも守れるかもしれない。
産みの母親ではあるものの、その狡猾さをすぐ傍で見てきたからこそ。前世の記憶を取り戻したからこそ、俺は彼女を断罪しようと思う。
それに俺、こう見えてパパっ子だから。
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