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第18話 後宮の主

―――さて、本日は念願の日だ。 「本日より侍従長としてお仕えいたします。クロード・セルジュと申します」 「あぁ、待っていた。今日からよろしく頼む。クロード」 「はい、皇后さま」 ―――あぁ、やっぱり俺、皇后なんだよなぁ。 側妃のつもりで嫁いで来たのに。 「ラティラでいい」 「では、ラティラさまと」 「あぁ」 そこのソファーで寝転がりながら、帝国の家庭料理特集の雑誌を眺めているぐーたらルークはともかく。本日付で着任してくれた侍従長・クロード・セルジュはアッシュブラウンの髪に薄い紫の瞳を持つ40代ほどの男性だ。彼は先々代皇帝の時代に入内していた男性側妃の侍従長を勤めていた家の出身である。 先代皇帝の時代は男性の妃がいなかったが、代々後宮に関わる侍従などの職務に就いてきた一族の出身だ。そのため、先代の時代は後宮には勤めておらず、辺境などを渡り歩いていたクロードへの連絡先を探し出してもらってスカウトしたのだ。 ルークとは別に王国から秘密裏に連れてきた影にあたらせて、探してもらって優秀な人材を得ることができた。 「それじゃぁ、早速業務を」 そう、たっぷりと後宮の執務室に運び込まれた書類を処理しようと思っていれば。 執務室の外が何やら騒がしい。 「見てまいります」 「あぁ、頼むよ」 そう、にこりと微笑みクロードを向かわせたら。クロードを追い抜き息が荒い女性がズカズカと押し入ってきた。 オリーヴグリーンの髪を後ろでひとまとめにした女性で、年齢はクロードと同じくらいで目鼻立ちは整っており一見思慮深そうな印象を覚える雰囲気なのだが、鼻息も荒いな。 「妃殿下」 「何だ?」 いや、俺もう“殿下”じゃないんだけどな。 「妃殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅう」 女性はキツい眼差しで俺を睨みつけた。うん、たった今内心不機嫌になったけど。表面上はにこにこしておこう。 「あぁ、どうも」 「こちらで手配した侍従と護衛騎士たちをクビにしたとお聞きしましたが」 「あぁ、本日付けで侍従長が着任したものでな。あと秘書官もくる予定だ。護衛騎士はルークがいるから必要ない。―――と、言うわけで本日付けで罷免した。何か問題があるか」 「あっ、あるに決まっているでしょう!」 ほぅ?この女、何サマなんだ。 「わざわざカレイド王国から嫁いでこられた妃殿下のために、こちらで男性用後宮のための人員を見繕ったのですよ?それをこの私に何の断りもなく!」 俺のためにか?散々な人選だったんだけど。―――そもそも。 「この私?って、そもそもどなたでしょう?」 にっこり。 「んなっ!?私は、女官長のアイリーン・トレイスです!代々後宮の女官や侍女を輩出している名門です!」 あぁ、女性用後宮を仕切っている責任者か。今まではアイルたんの妃がいなかった。その代わり候補だけはいるのでその維持管理にはもちろん人手が必要だ。その代理がアイリーン・トレイス。トレイス家の者たちは先々代、先代皇帝の時代から脈々とその任に就いているという。 そしてこの女が手配した侍従たちは後宮のことは引き続き女性後宮で取り仕切るから俺には手出し不要だと言ってきたのを思い出す。ただ言われただけなので、俺は特に返事をしていない。単ににこにこしておいただけだが、それを彼女はきっと別の意味に取ったのだろうな。 「女性用後宮を取り仕切る女官長や侍女の家門の噂は聞いているが、最悪だった」 何処までも勝手な言い分だ。決めるのは後宮の主たる俺なのだから。そして皇帝陛下アイルとの婚姻が成立した時点でここの主は俺なのだ。少し準備のために時間がかかってしまったが、これから本格的に後宮について手を入れていくことになる。 「はっ!?」 しかし、何を勘違いしているのか。アイリーン・トレイスは納得できないようだ。 「まず、俺の入内初日に来ない。その上やっと顔をだしたと思えば翌日の昼間。あと全体的に気に入らない」 「そのような理由でっ!?」 「特に俺の騎士を愚弄したものでな」 王国の騎士は随分とひ弱だと言ってきたのだ。装備だけは立派で剣を腰に帯びただけの騎士がな。大体、ルークの方が長身だし。金だけ立派にかけただけなような装備とオモチャのような剣はルークなら素手で粉々にできる。 ―――と言うか、騎士と言う(てい)で来たはいいものの、ぶっちゃけ優秀な侍女などを輩出している女系家系の家門の落ちぶれた令息たちに鎧を着せてオモチャの剣を持たせただけなのではないかと疑ってしまったほどだ。 あんまりにもあてがわれた護衛騎士が使えなさそうなので、側近のルークに護衛騎士を任せればいいやと諦めた。いや、本来あのぐーたら側近の主な任務は俺の護衛である。俺のお手製料理を味見することでは断じてないっ!! 「は?カレイド王国から連れてきたという?」 アイリーン・トレイスはバカにしたように鼻で笑ってルークに目を向ける。 「何か?」 先程まで怠惰に雑誌を眺めていたのに。今は壁際にすっと立っている。普段からそうしてろよ、ぐーたら騎士めがっ!!しかしながら、先日のあのダメ侍従たちと騎士たちはダメだったな。あからさまにバカにしたような高慢な態度を取ったのだ。 ―――お前らそれで世界滅亡したらどうしてくれるううぅぅぅっっ!! さすがにあれをルークの真名で縛るのは嫌だわぁ。俺、カレイド王国の王族でアイルたんの嫁だとしてもっ!!それなら先に俺があいつら滅ぼすわっ! そう言うわけで。出勤初日にもう来なくていいと伝えたら本当に帰りやがった。一応、影に探ってもらったところ彼らは遊び歩いていたらしい。本当にクズだな。碌なやつらじゃなかった。ついでに、その頃ルークには帝都で人気のグルメ雑誌と料理本の調達に行かせていた。 ―――それに。 「俺に仕えるならやはり男性用後宮に於いて名門のセルジュ家の方がいいな。大満足だ」 「もったいなきお言葉です」 クロードが優雅に礼をする。 「んなっ!よりにもよってセルジュ家ですって!?」 どうやらこの女の反応を見ても明らかだな。セルジュ家が先代皇帝の時代、単に男性用後宮に妃が入っていないという理由だけで皇帝城から、帝都から去ったわけではないことは。男性用後宮に妃がいないのであれば、彼らは皇族の侍従としても十分に通用するのである。 「それはセルジュ子爵家への侮辱でしょうか」 「クロードを侮辱するなら、俺への侮辱にもなるぞ」 クロードの言葉に続き、俺もにこりとして言葉を返す。 「それはっ!そもそもあなたはっ」 「俺は皇帝の唯一の伴侶だが?一介の女官長が随分と元気だな」 「うっ、女性用後宮には皇后として有力候補の公女さまもいるのですよ!いずれは公女さまが後宮の主となります。お立場をご自覚ください」 「はい?」 あくまでもにこやかに首を傾げる。 「妃殿下は」 再びアイリーン・トレイスが声を荒げようとすれば。 「何事だ」 やけに不機嫌そうな低い声が響いた。 「女官長アイリーン・トレイスと言ったか」 颯爽とこちらに歩いてくる黒髪に赤い瞳の美青年に、アイリーン・トレイスが目を瞠る。 「へ、陛下」 「ここで何をしている。後宮の主たるティルが招いたのか」 「いや、勝手に押しかけてきたんだよ」 アイルたんが俺の執務机にそっと腰掛け、俺の顎をそっと持ち上げる。ふわあぁぁっ!?ちょっとなにこれ顎くいかっ!?顎くいなのかアイルたああぁぁぁんっ!めっちゃどっきどきしてしまったあぁぁぁ―――っ!!!でも、そうやって見降ろしてくれるアイルたんも尊いっ! 「では、とっとと出ていくがいい。後宮は俺のものだ。そしてここは我が皇后であるティルの住まい。我が物顔で貴様が出入りしていい場所ではない」 「なっ!?皇后って、そんなっ!」 アイリーン・トレイスが驚愕している。俺が皇后として入ったってあまり知られていないのか?まぁ、俺も側妃だと思ってたし。 「出ていけ。聞こえなかったか」 アイルたんがぞっとするほどの覇気を纏う。 「ひっ!うぅっ」 アイルたんの覇気に恐れをなしたのか、アイリーン・トレイスがそそくさと逃げ帰っていった。 「あ、アイルたん」 恐る恐るアイルたんを見上げれば。 「平気だったか?ティル」 アイルたんの指が俺の唇をそっとなぞり、やがて頬を撫でる。 「ん、まぁ」 「女後宮の方は俺が妃選びに興味を示さぬからと、随分と調子に乗っているようだ。この機に掃除をするか」 「それなら、俺がやるよ。だってアイルたんの皇后なんだろ?副官も来るから」 「そうか。ティルが選んだものなら構わない」 「それじゃ、好きにさせてもらうよ」 俺はアイルたんに向かってにっこりと頷いた。

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