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第19話 お昼時
―――後宮・ダイニングルーム
「秘書官か。話くらいは俺の耳にも届いた」
「あぁ。ちょうどいいところに人材が落ちてた」
その日、息だけではなく鼻息も荒い女官長を追い払った俺は、約束通りアイルたんと昼食をともにしていた。
―――見よっ!前世の我が父直伝!と言うわけでもない。単に休日に前世の父が作っていたチャーハンを!皇帝にチャーハン食わせていいんだろうか。いや、いいよね。美味しければ!
俺が自らアイルたんに料理を作ると知り、クロードは一瞬固まっていたが。しかし、クロードは俺が料理をしている間に少しでも執務を片付けてくれる素晴らしい侍従だった。
ついでに、皇帝にチャーハンを出す行為は一般的にどう思うか聞いたところ。
―ラティラさまの愛情のこもった料理であれば、きっと陛下も喜んでくれるでしょう―
そう答えが返ってきた。いや、素晴らしすぎるだろうクロード。あぁ、やるではないか!ウチの影!!
因みにルークの見解は。
―夕飯はパスタがいい―
チャーハンの話してんのに早速夕食の話にいってる!しかも賄いのチャーハン食べながらのコメントである。
くぅっ!ほんっとグルメにしか興味ないなこの側近!もとい正式な職名は護衛騎士!
「午後には顔をだしてくれる予定だ」
「そうか。それは、男か?」
ん???
「まぁ、そうだね。女性後宮は必然的に女性中心の人事だから、男性後宮も男性中心の人事になるだろう?」
魔法によって男性の妊娠もでき、一般的に同性婚が認められる世界だ。だが、皇帝の妃のひとりである以上は、ファンタジー世界のような男性妃と男性護衛騎士のイケナイ身分差ラブストーリーなどはあり得ない。やったら即双方処刑の上、その家族も揃って破滅街道まっしぐらだ。
皇帝が妃を臣下になんらかの褒美として与えた例はあるけれど。基本的に後宮に入った妃は皇帝のみにその身を捧げる魔法契約をさせられる。
俺も婚姻契約締結と共にその誓いをたてたのだ。それは表向きは妃の身が危ぶまれた時に発動する一時的な防御魔法でもあるのだが。他の男女と体の関係を持とうとした時にも発動する浮気防止魔法でもある。そして発動すれば皇帝に即知られる羽目になる。唇同士のキスも無論ダメだったりする。いや、俺はアイルたん以外とキスなんてしないけど。
「また、俺の名を呼んだな。何を考えてる?」
アイルたんが俺の目をまっすぐ見つめてくる。
今の解説をひと言でまとめるのならば、う~む。そうだな。
「えと、アイルたん尊い」
「ティルはいつもそのように言ってくれる」
ふふっと微笑むアイルたん。やっぱバリ尊い。
「事実だから」
「だから、他の男に目を付けられないかどうかが心配だ」
「何言ってんの、アイルたん」
もぐもぐ。チャーハン美味しい。
令嬢たちにはモッテモテだったものの、俺のこれまでの人生に於いてBL的要素はなかったぞ?前世の記憶を思い出すまで。
前世の記憶を思い出した途端、アイルたんへの気持ちが溢れ出した。いや、むしろ俺は前世の記憶と共に、アイルたんへの思いを封じ込めていたのか。
ちらりとパーティーなどで見た時のアイルたん、マジかっこよくてキレイだった。うへへ。
「にやけている」
「そ、そんなこと」
「他の男の前でそんな顔をしないでくれ。かわいすぎて食べたくなってくる」
それはやっぱり肉欲的な意味!?ん、んもぅ、かわいいとか、そのー。チャーハンを口に運びながらもぺろりと妖艶に舌なめずりをするアイルたん。
はうぅっ!思わずじと見しながら脳内保存していれば。
「―――そう言えば」
ん?何だろう。
「ウチの帝国の宰相を覚えているか」
「あぁ、もちろん。俺の婚姻に関しての打ち合わせでも何度か顔を合わせているから」
ヒューイ・カエルム公爵だったな。大変優秀で、アイルたん派筆頭のブラコンラートにも劣らないアイルたんの腹心である。
「今朝はかなり苛立っていた。恐らく、午後には来るのではないか」
「ここにか?」
「うん、何でだろうな」
ニヤっと笑うアイルたん。そんなアイルたんの表情もマジ尊いんだが。でも確実にその表情は理由を知ってるよな。そして、アイルたんがお昼の時間よりも早めにここに来た理由もそれだろう。
「何を言う。俺が何をしたって言うんだ。とある部署がぽいっと捨てた人材が欲しかったから声を掛けただけだ」
「そうだな。まるで目星をつけていたかのような早業だったそうで、宰相 が悔しがっていた」
ほぅ?あの仏頂面の冷血宰相がねぇ。
「そりゃぁ、気にもなるさ。なんでも、俺が湯水のように使った予算について申し立てをしたら、皇帝の皇后を怒らせたとして本日付けで罷免になったそうだな。しかも平民出身とあらば後ろ盾もない。きっと帝国城の仕事をクビになったら次の職務に就くこともままならないだろう。能力はあるようだったから、こちらでもらうことにしたんだ」
「何に金を使ったんだ?」
「俺は使ってないよ。アイルたんならわかっているんだろう?宰相閣下も」
「あぁ、もちろん」
「あと権限移譲はしていない。俺は希少な聖魔法使いでもあるから、その名を不当に騙る不埒な輩対策のために魔法印を使っている。婚姻成立と共に申請しているから、それくらい宰相閣下は確かめているだろ?」
「あぁ、そうだ」
「あと少しでまとまる。後は秘書官の準備が整うのを待つまでだ」
「楽しそうだな」
「そう?何かこういう大一番の前ってドキドキするじゃん」
「俺は?」
首をこてんと傾げながら美しい笑みを浮かべるアイルたん。ぐはっ。やばい。ヤバすぎるその美貌。
「できればすぐにでも抱きたいが。さすがに昼間から抱けば宰相 に怒られてしまう」
うっ、うん。出来れば夜にして。聖魔力完全回復する予定の夜にして。昨晩は情熱的過ぎて翌朝めっちゃだるくなるくらいには消耗したからっ!
「仕事に戻る前に抱きしめてもいいだろうか」
「あぁ、もちろん」
昼食をキレイに平らげた後は、アイルたんに思う存分な抱擁を受け。アイルたんの胸の中でにやけっぱなしだったのはナイショである。
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