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第20話 宰相襲来

―――それは、カレイド王国での幼い頃の記憶である。第1王子で次期王太子候補として期待されていた俺の周りには常にたくさんの人間が集まってきた。しかも希少な聖魔法使いである。多くの者がそのコネを欲しがったのだろう。 幼い頃から俺は、どうも母上とは折り合いが悪かった。期待を一心に俺へ向けてくる母上。そして母上の元を訪れる王国民とはちょっと違うと感じていた大人たち。 パパっ子の俺はあまり母上には寄り付かない子どもだったと思う。子どもながらに何かを感じ取っていたのだろうか。それでも幼い頃は母上と同じ宮で暮らしていたから顔を合わせることも、近くで母上を見かけることもあった。 そして、母上の元を訪れる大人を偶然目にすることもあった。母上に媚びを売るあまり近寄りたくない種類の大人だが、王城であるが故にそう言った大人にも慣れていかねばと思っていた。 ――― 昔のことをついつい思い出していたら、クロードが早速待ち人を連れてきてくれた。 「皇后陛下」 ―――どーん。 因みに今のは俺的な心の効果音である。やっぱり存在感もできる男感も半端ないよな。できる男感をウチのルークに10分の1でいいから分けてやってほしい。 さて、アイルたんの予想通り俺の執務室を訪れたのは、このグラディウス帝国の宰相でありアイルたんの腹心でもあるヒューイ・カエルム公爵だ。 プラチナシルバーの髪は前髪を真ん中分けにしており、瞳は淡い水色で鋭い目つき。美しい顔立ちに雪のように白い肌。何この美男!何この美人! そしてまるでブリザードを纏っているかのごとき存在感!!いや、ブリザード纏ってたら姿見えないじゃんっ!―――と言うツッコミはおいておいて。 「あぁ、待っていた。宰相殿」 にっこり。 「言いたいことはとても多いですが」 「うん、そうだとは思う」 「まずはこちらを。我が帝国で登録いただいた皇后陛下の魔法印ですね」 すっと宰相が差し出してきたのはその登録のための正式な書類である。 「あと、こちらが宰相府に提出された権限移譲届、そして関連部署への命令書ですね」 「あぁ、さすがにここまで徹底してるとは思わなかった」 あのダメダメっぷりからは想像もつかないが。こういうことについてはプロなのかもしれないな。 「私としてはこちらは皇后陛下の魔法印がないため、正式な書類としては受理しかねます。また、外交部についても皇后陛下の魔法印がないことを不審に思い私の元に通報がありました。しかしながら残念なことに、こちらの書類を正式な皇后陛下からの命令書と判断し勝手に受理した部署がありました」 「うん、こちらでもそう聞いている」 さすがは外交部。あちらはしっかりしている。元々世界でも希少な聖魔法使いとして、国際的な協力を各国から求められることも多かった。当時は断罪されたルチアもだったが、彼女は外国語がてんでダメだった。帝国と祖国の言語は同じだが、中には専用の外国語で対応しないといけない国もあった。俺は王子としてまず第一に聖魔法使いとして求められたからな。ははは、俺、割と王子としてはちゃんと外交とかやってたんだよ?ちょっとやらかしちゃっただけで。 当然帝国からも依頼は来た。しかし国家機密でもあるであろうアイルたんの体に関する依頼はなかった。 それでも今はアイルたんのために俺の身も心も捧げられる。あぁ、何て幸せな暮らし!―――話が脱線したので一旦戻そうか。 そういった背景もあって俺が署名及び魔法印を施した書類に慣れている外交部は不審に思うだろうし。 「そもそも、皇后の地位に就くなり早速権限を委譲して女性用後宮の管理を投げ出すようなものが皇后に就けるかよ」 だからこその皇后なのだから。若くして皇帝の地位に就き、敵は多くとも崇拝者はそれ以上に多い。そんなアイルたんの皇后からそんな指示が来て素直に従う崇拝者は多くはないだろう。いたとすればそれはもちろん、アイルたんや宰相が簡単には追い払えないほどの力を持った勢力が絡んでいる。 「そうですね。側妃と勝手に勘違いしていたどこかの誰かさんは別として」 ぐああぁぁぁっ!!俺の恥ずかしい失態を素直に口に出すなやっ!確かにあの時はアイルたんの嫁になれるという夢がかなって浮足立ってたけどね!? 「ま、冗談はこれくらいにしましょう」 ほんとに?冗談だったの?本気で言ってなかった? 「そもそも、あちらさんも俺が皇后だとは思っていなかったようだ。尤も理由は違うから一緒にしないでくれ」 自分が推す例の候補でしかない公女が次期皇后だと信じ切っていた。現在女性用後宮に入っている候補たちは、あくまでも政治的な絡みで招かざるを得なかったもの、そして人質としてやってきたものなど様々だ。 「えぇ、単に勘違いしてはいたものの、しっかりと業務を行う準備をしてこちらが確保しようとしていた人材をいち早く手に入れられた方と、候補ごときで皇后気取りの公女を盛り立てる方を一緒に見ることはありません」 ごごごごごっ 宰相の圧がパネェんだけど。 「怨んでるだろ。確実に怨んでるだろ。いや、知らなかったし」 「まぁ、こちらが彼に注目していることまであなたがご存じだったとは思っておりませんが」 「宰相までも欲しがる人材だなんて、俺は本当にラッキーだな」 「えぇ、恨めしいほどに」 ほんっと恨めしそうなオーラ放ってくるな、宰相。 「こちらとしてはこの命令書が皇后陛下からのものではないという確証が取れたので十分です」 「俺が女官長と例の公女を嵌めようとしている可能性はないのか?俺はクロードを侍従長として迎えたんだぞ?それに例の公女の実家は“中立派”だったよな?」 つまりは傍観を決めたものたちの集まりの筆頭である公爵家出身だ。普通は中立派を皇帝派に引き込むための候補入りだと思うだろうけどな。そんなアイルたんの勢力を削ごうとしている可能性もある。皇弟であるコンラートが俺を疑ったように。 「皇弟殿下からの報告で、その可能性はないと判断いたしました」 あのブラコンラートは表面上はにこやかで、内心敵意丸出しみたいな感じだったけど。宰相は俺を本格的に信頼する気なのかな。 「じゃぁ、宰相も気が付いているのか?」 その話をするということは、俺はそっち派ではないと宰相が判断したってことでいいんだよな。そして隠されたとある事実についても。 「当たり前でしょう」 さすがはアイルたん派筆頭である。いや、むしろそうじゃなきゃ俺のアイルたんを任せられるかっ!! 「それで、宰相はその証拠を元にしょっぴくつもりなのか?」 「えぇ、もちろん」 「なら、後宮は俺に任せてくれるんだよな。アイルた、陛下からの許可は得たけれど」 「えぇ、陛下からもそのように伺っておりますが」 「が?」 何か不服そうだな。 「報告通り、陛下を妙な呼び名で呼んでいらっしゃるようですね」 いや、かわいいじゃん!俺のアイルたんへの愛が溢れてるじゃんっ!! そしてこのアイルたん呼びを心の中で叫ぶたびに、アイルたんの脳内に確実に届いているのだっ! 「昨夜はお渡りがあったそうだとか」 いいじゃんっ!俺とアイルたんは結婚してるんだからっ!今夜も来てくれるかな。 「あの陛下に手料理をふるまわれたとか」 「愛夫(あいさい)料理だぞ?羨ましいのか?」 もちろん今晩も来てくれることになっている。 「いいえ、全く!宮廷料理長も愛夫(あいさい)料理には賛同しているので。陛下が普通に料理を召し上がられただけで大歓喜していましたよ」 わぁっ!料理長ってわかるひとだったんだ!俺も嬉しい!今度グラディウス帝国の郷土料理のレシピとか聞いたら教えてくれるかなぁ。 「まぁ、陛下がしっかりとお食事を召し上がられるようになった点には少々感謝してもいいですが」 え、何?宰相はクーデレなのか?少し頬を赤らめながら視線を逸らしたしっ!! 「あなたはあの女とは違うようです」 宰相のその言葉には単にアイルたん派の対立派閥だからと言うよりも、もっと深いところに恨みがあるようにも思えた。 「別に一緒にされても困るんだけど」 にこっと微笑めば。 「では、いい報告を期待しておりますので」 「あぁ、楽しみにしてて」 ツンツン気味に執務室を後にする宰相ににっこりと微笑んでおいた。―――宰相にはツンデレの素質もあるのかもしれない。

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