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第21話 秘書官
「大変お待たせ致しました。ユーリ・カヒリと申します、皇后陛下」
宰相が帰ってほどなくして、クロードに案内されてひとりの青年がやってきた。
ダークブラウンの髪にヘーゼルブラウンの吊り目、顔立ちはまぁまぁ整っている方、そしてすらっとした体つき。
「よく来てくれた。待ちわびていたんだ」
そう、にこやかに微笑んでみる。
「今日からここで俺の秘書官として働いてもらう。ここに来た以上はそれを承諾とみなすがいいか?」
「はい、構いません」
「―――詐欺だとは思わなかったのか?」
この青年が前職をクビになったのは、俺を怒らせたせいになっていたはずだけど。
「皇后陛下の魔法印がない方が、詐欺かと思いましたが」
俺の魔法印のこと知ってたの?あぁ、それで。でもそれで何で上司に盾突いたのか。
「俺の魔法印を見たことがあるような言い草だな」
「まぁ、以前縁がありまして」
平民出身であるはずのユーリ・カヒリとの縁。彼はずっと王城の経理部に在籍していたはず。―――となれば一番に思いつくのは聖魔法使いとしての慈善活動……チャリティーか?
「そうか。なら、その縁に感謝だな」
「はい。誠心誠意お仕えいたします、皇后陛下」
見た感じは冷静沈着なんだけど。とても上司に盾突くような衝動的な性格には思えないな。そんな彼が何故?俺が聖魔法使いで更には魔法印の存在もそれを見分ける能力もある。
―――なるほど。だから“メイリン”が目を付けて勧誘してきたわけね。恐らく前世の記憶が蘇る前は特別気にしなかったことだが。彼は明らかにメイリンの同類だ。メイリンは俺がルークの他に連れてきた“影”のひとりでもある。姿は現さないが今も当然そこにいるだろうな。
「ラティラでいい、ユーリ」
「はい、ラティラさま」
うん、なかなかしっかりしてそうな感じ。あぁ、ルークにも見倣ってほしいんだが、奴は今、グルメ雑誌片手に帝国銘菓をつまんでいる。
「それじゃ、早速手土産をくれ」
ま、気を取り直して。
「はい」
ドサッ
ドサッ
ドサッ
予定通りユーリが持って来たのは大量の書類や請求書の山である。
「こちらが全部ですか、予想はしていましたが」
それを見てクロードが苦笑する。
「それにこれを見てくれ」
その中の一枚を俺がペラリとふたりに示す。―――そこには。
サファイアやらエメラルドなどの宝石類、そしてピンクやグリーンと言ったドレス。
「俺がアイルたん愛の欠片もないこんな買い物するかっ!あとドレスは着ねぇっ!」
「メイリンさんは着て欲しがっていましたけど」
「おや」
そこ!ふたりして顔合わせんな!!どうやら“メイリン”はそこら辺までしっかりとユーリに教示したらしい。
「何だ、じゃぁお前のフリフリフリルエプロンはいいのか?」
と、ルークがちらりと俺に目を向けてくる。いや、それはいいんだ。だって愛夫 料理と言えば、フリフリフリルエプロンじゃん!?アイルたんへの愛妻料理を作るためには欠かせないっ!!
※あくまでも俺個人の意見だ。
「あと、ルークも仕分けを手伝う!」
「え~」
相変わらずやる気のない護衛騎士なのだが。
「俺が料理を作る時間がなくなる!」
「―――それはっ!」
「パスタはゆでるのに時間がかかるんだぞ!」
「うっ、パスタには、勝てない!!」
原作小説のラスボスよりもヤバい奴が何でパスタに負けんねん。ま、そう言うわけで強引にルークも巻き込んだ。
―――そして2時間後。
「よし、完成した。これを公女に」
「はい、ラティラさま」
いやー。2時間で準備完了とは。いい侍従長と秘書官を見つけられたな。あとパスタ怪人も人間離れしているのは確かなのですごく働いてくれた。―――パスタって、偉大だな。今日は何パスタにしよう。パスタへの礼も兼ねて腕によりをかけなければ。
―――あぁ、アイルたんが至高のパスタに舌鼓を打つシーンが容易に想像できる。あのアイルたんの尊い微笑を拝みたくてたまらない。あぁ、アイルたん、アイルたん。
そんなアイルたんとのイチャイチャな晩餐のひと時を想像し、それを確実に成し遂げるために。早速“請求書”と“催促状”その他もろもろをクロードに手渡し、クロードが早速女性用後宮へとその書類を渡しに行く。女性用後宮は皇帝以外の男は入れないが、窓口的なところがあるのでそこで取り次いでもらえばいい。
俺の魔法印も押したし。鬼畜極まりない内容にしておいたから、すぐに来るだろう。
「さて、ティータイムの準備をしようか」
「ティータイムですか?」
ユーリが首を傾げる。
「パスタをゆでる前の精神統一だ」
なんせパスタは今回一番の功労者だからな。(※いや、チガウ)
―――そうして書類を突き付けてきたクロードが優雅に俺に紅茶を注いでくれて、お手製の焼き菓子をつまみながらアイルたんともお茶したいなぁ~、と思っていた時のことだった。
「ラティラさま。グリューナ公女さまと女官長が来られました」
「え、もう?」
随分と早いが。
「一体どういうことか説明してくださいませ!」
恐らくユーリは俺の許可が出るまで“お待ちください”と伝えたのだろうが、相変わらず俺の答えを待たずにズカズカと入ってきたらしい。
金髪ドリルに青い瞳の美少女と、例の女官長アイリーン・トレイスだ。
エメラルドやサファイアの宝石、ピンクやグリーンのドレスが似合いそうな事。そして皇后の俺よりも明らかに華美なドレスと宝飾品だ。
「グリューナ公女」
俺が彼女をそう呼べば、彼女はふんっと鼻で笑う。
「妃殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。次期皇后候補であるカエナ・グリューナと申します」
その敬称は俺に対する挑戦か何かか?
「済まないが、グリューナ公女。あなたが皇后になるのは無理かと。そもそも皇妃もままならないでしょうね」
「んなっ」
「後宮の主であるこの私の許可を待たずにこの場に足を踏み入れるなど言語道断。まともな経費の使い方もできぬものに、皇后など務まるはずもない。さて、ここに足を踏み入れた以上は。きっちりと耳を揃えて一括納付してくれるということでいいのか?」
「な、何故そうなるの!こんなのおかしいわ!」
そう言って、2時間で仕上げた書類の数々を彼女は床に投げ捨てる。俺の魔法印がきっちりと刻まれたそれを投げ捨てた彼女に、ユーリがあからさまに怪訝な表情を浮かべたのが見えた。
「ま、取り敢えず。話をしようか。―――椅子は用意してないけど」
そうにこりと微笑めば、公女が明らかに憤怒の表情を浮かべたのがわかった。
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