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第22話 お掃除のお時間です

「まずは、―――カエル」 あ、いや間違った。 「カエナ・グリューナ公女」 気を取り直して言い返してみたものの、横でぶふっとルークが吹き出すのが分かった。因みにあのラスボス以上にヤバい護衛騎士は、基本的にあぁいう遠慮のないやつである。グルメ以外には基本的に靡かない。そしてそんな俺の護衛騎士に対し、カエナ・グリューナ公女はきぃっと目を吊り上げた。 「あなた!不敬ですわよ!」 いや、何言ってんの。コイツが原因で世界滅亡することもあるんだよ?ラスボス以上にヤバい存在に不敬だろうが。世界滅亡したらどうしてくれんの?いや、その前に俺が破滅させるけども。 「カエナ・グリューナ公女、まだ話は終わっていない。公女はまともに貴族教育を受けていないのか?」 少なくともメイリンやユーリの同類なら、例え平民であろうと子どもであろうと最低限聖魔法使いを崇め奉るのだが。 「―――なっ、何たる侮辱!」 「公女さまはグラディウス帝国のグリューナ公爵家のっ」 そこで女官長が加勢するが。 「発言を許可していないが」 「なっ」 全く、近頃の貴族教育はどうなっているんだか。少し心配になってきた。 「とにかく、カエナ・グリューナ公女。勝手に皇后の名を騙り、好き勝手に買い物や豪華な食事をして散財したそうだな。その予算は当然のことながら下りない。そして公女には本日付けで全ての金額を一括納付してもらう。出来ない場合は自ら働いて返せ。実家からの支援は認めない。実家から支援を受けた場合、今回の横領はグリューナ公爵家からの指示であると断定することになる」 「ふっ、ふざけないで!そのお金は本来皇后になるはずの私のお金です!あなたが属国でもないカレイド王国の王族の力を使って、陛下に取り入ったことはわかっています!そう、そのツテを私が知らないとでも?」 俺は単にアイルたん個人のために身も心も捧げに来ただけだが?取り入るなんて生温い。推しならば、自ら推していけ! 「だが、今の皇后は私だ。あとグリューナ公女の言う“ツテ”とは?昔、母上に秘密裏に会いに来ていたガマガエルのことか?」 「んなっ、が、ガマッ!?」 「申し訳ないのですが、別に知り合いでもなんでもありません」 「ご自身の帝国での支持基盤を揺るがすなんて、私たちを敵に回すおつもりですか!」 支持基盤とは、何のことを言っているんだか。 「支持基盤ねぇ。ガマガ、いえグリューナ公は中立派だったはず。俺は根っからの皇帝陛下派ですが」 「そんなっ、そんなの聞いてない!あなたはベアトリーチェさまのっ」 「大変申し訳ないのだが。私はその女が破滅するきっかけを与え、そして父上が下した決断にも納得している。血がつながっているからと言ってそちら側につくとは一言も言っていないが?それとも何か?グリューナ公から私が母上の息子だから公女に便宜をはかってくれるとでも言われたか?」 「えっ」 何その顔。本気で思ってたの?隣に並んだ女官長も驚愕した表情を浮かべている。それにしても中立派。脆すぎるだろう。よくこんなアホ公女を後宮に入れたものだ。俺が先代皇妹派だと信じて疑わない。皇帝派のコンラートは真っ先に疑ってかかったって言うのに。 こうも簡単に手の内を晒すとは思わなかった。 「とにかく。書類には私の魔法印がある。皇后が作成した本物の書類だ。金については即、返せ。あと、女性用後宮で公女が使用している部屋の使用許可及び後宮への立ち入りについて、これ以降は一切認めない。以上」 「んなっ!ち、違う!全ては女官長がやったことよ!私は知らない!」 「そんな、公女さま!」 いやいや、この場に及んで“全ては秘書がやりました”発言か!? 「残念ながら、ブティックや宝石商への署名は全て公女のもので、それを公女が身に着けて自身に割り当てられた部屋に収めていることくらいは掴んでいる。ここに公女が署名した書類も各店、商人より届いている」 俺がペラリとその一枚を示せば。 「ぬ、濡れ衣だわ。私のサインじゃ、ない!」 皇后のために割り当てられた予算をさも自分のものだと確信して浪費した確たる証拠だというのに。往生際が悪い。 「まともな宝石商というのは、もしもの時のために映像記録魔法を撮っているものだ。ましてや後宮に出入りするとなれば、当然のことながら己の首を締めぬように自身に非がないことを証明するためにも保険をかけている」 帝国城内での魔法の使用については制限されがちだが。それでも抜け道はいくらでもある。例えば後宮の主に許可を得た場合など。 「知らなかったのか?カレイド王国は宝石の一大産地だって」 「は?それくらいは知っているわよ。カレイド王国なんて、帝国の力にかかればすぐに手のうちに収められる!それを防いできたのがベアトリーチェさまなのにっ!」 いや、違うって。帝国はカレイド王国を攻められないんだ。もしカレイド王国を攻めて属国にでもしてみろ。即座にテゾーロ神聖国に付け入る隙を与えるのだから。 あの母上がやってきたことは、やろうとしていたことは、そもそも世界を破滅に導き俺の推しであるアイルたんを苦しめることになる行為だ。 祖国は愛しているし、俺はパパっ子だ。祖国のことももちろん大切だが、一番はアイルたんである。例えアイルたんが皇帝でなくとも俺はアイルたんを一番に推しまくる。だから皇帝派に対抗する勢力を甘んじて受け入れるはずがないのに。 「まず、着眼点が全く以って違う。カレイド王国が宝石の一大産地ということは、帝国で商売をする宝石商はもちろんカレイド王国にコネがある。そして帝国城に出入りするくらいの大物の宝石商が、原産地出身の王子が嫁いでくるのに私を放ったらかして公女に媚びを売るためだけに来ると思うか?」 「なっ、まさかアイツら、騙したの!?」 「騙したのはお前たちだ。公女は散財した金を本日中に一括返済、そして皇后の名を騙って書類偽造、様々な無礼を働いた女官長アイリーン・トレイスはクビだ。無論お前に従ってきたトレイス家ゆかりの侍女たちも同じくクビ。今この瞬間から、後宮を出ていくがいい」 候補の受け入れの可否の最終決定権はもちろん皇帝陛下にある。しかしながら、後宮で雇い入れるものについては近衛騎士隊に所属する後宮近衛騎士以外は全て俺に任免権がある。だから、追放も雇い入れもお手の物なわけで。 「何をっ!ご自身が一体何をされているかわかっておいでですか!」 女官長が吠える。 「掃除だけど?せっかく新居に移住したのに、腐ったゴミが蔓延っているんだ。掃除するのは当たり前だ。あと公女、金払え」 「んなっ」 「そんな!私は公女さまに命令されて仕方なく!」 「あなた!あんなに目をかけてあげたのに裏切る気!?」 互いに仲間割れをし出した公女と元女官長。 「クロード。外で待機している後宮近衛騎士を呼んで、運び出させてくれ」 「はい、ラティラさま」 クロードが頷きを返せば、アイリーン・トレイスがクワッと目を見開く。 「んなっ、何故後宮近衛騎士がっ!」 「アイリーン・トレイス。お前は知らないのか?騎士には平民出身者も多くいる。彼女たちがお前たちの散財を知っても味方すると思ったのか?皇后の私の機嫌を損ねたのに」 あと、多分信奉者が多いはずだから。その点には今は触れないでおこう。 「さようなら。あ、金はちゃんと返せよ」 そう、手で示せば。クロードが招いた後宮騎士隊の女性たちが苦々しい表情を浮かべながらふたりを捕らえた。 「お、覚えてらっしゃい!後悔するわよ!」 公女が苦し紛れにそう言い残し、アイリーン・トレイスと共に騎士たちに連れだされて行った。もちろん、これより後宮への立ち入りは認められないため、ふたりとも後宮の外へ放り出されることになる。

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