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第23話 本日のパスタ

―――パスタ。パスタで思い出すのはやはりあの味。おふくろの味。昔懐かしい味わい。たらこパスタやカルボナーラなんかもいいが、やはり手始めに食べるのはこれがいい。 いや、単純に前世の記憶の中のあの味が忘れられないだけなのだが。 「最近、巷で流行っているそうだな。これは何と言うパスタだ?」 「あぁ、これは“ナポリタン”」 「そなたが呼んでいる俺の愛称と関係があるのか?」 こてんと首を傾げるアイルたん。 アイルたんと、ナポリたん?確かにどっちも“たん”つくけどぉっ!! 「いや、多分ない、かな?」 「そうか。思わずナポリたんに嫉妬してしまうところだった」 え、何で!?愛称と似てるから!?てか、ナポリ“タン”なのだけど。 「俺が一番愛してるのはアイルたんだよ?」 「知っている」 ふわぁっ!そっと微笑む我が推し・アイルたんが尊い。 「口元、ついている」 へっ!? 不意にアイルたんの指が伸びてきたと思えば、俺の唇の端を指で拭ってくれる。 「あ、汚れちゃっ」 そう、声を掛けたその時。 ちゅぷっ んなっ!?そのまま、嘗めただとっ!? 「んんっ。早くティルも味わいたいな」 「あうぅっ!」 そんなこと言われたら、ついつい期待してしまうがな。 「こ、今夜も、来てくれるの?」 「来ないという選択肢があるのか?」 いや、ないデス!! 「あはは、嬉しい」 「そうか。むしろそなたが俺を拒んだら、無理矢理にでも嵌めて懐柔したくなってしまうな」 な、なんですと!? やばっ、そんな強引なアイルたんにも襲われてみたいんだけどっ! 「今日もたくさん俺の名を呼んでくれたな」 「あぁ、うん」 「終始そなたの声が脳裏に響いてきた」 「あ、ごめん。やっぱりお仕事の邪魔になるなら回数減らす?」 が、我慢くらいはっ!推しのためならばっ!!特に宰相の視線がヤバくなりそうだから! 「いや、やる気が増した。だから少々やり過ぎたかもしれんな」 「やり過ぎた?」 はて?それはどう言う。 「だが、そなたもなかなか考えたものだ」 「ん?」 アイルたんが感心したようににっこりと笑む。 「後宮の部屋を没収し、立ち入り禁止令を言い渡すとは。ふふっ、実際にそれをやった皇后は恐らくティルが初めてだ」 「まぁ、皇帝陛下に受け入れたと言われれば、おのずと部屋は与えるし後宮に入れざるを得ないでしょ?だから敢えてそれはダメって言う決まりはなかったし」 「後宮近衛騎士たちに後宮の外へと放り出された彼女たちの表情はなかなか見物だった」 「アイルたんも来てたの?てっきり宰相たちだけかと思ってた」 俺は俺で後宮内のお掃除を終えたので、後は自由に使ってと宰相に寄付したのだが。 「ふふ、そうだな。そなたを愚弄した女どもの顔くらい、最後に見ておくのも悪くはない。その場で公女は候補から追放することを告げた」 追い出すことは俺ができても、候補から外すか否かを決める最終権限は皇帝陛下にあるからな。 「公女は借金を返せそうか?」 「いや、散財はすごかったみたいで。一度着たドレスでも気に入らなければ捨てていたらしくてな。宝石は証拠品として押収したけれど宝石商に現物を返すからこれで請求書は帳消しに、なんてできないでしょ?」 「確かに」 「だから、購入した分は彼女個人の資産で返してもらうことになる。購入した宝石を他の宝石商に売ったところで、元の値段に届くとは限らないし、彼女の胃袋に消えた分もある。だからとてもじゃないが本日中には払いきれないだろう。だから実家に助けを求めるかもしれないけど」 「残念ながらそれは無理だな」 「へぇ、宰相が動いたの?」 「あぁ。経理部で不当な権限移譲書を利用して、横領を許したトップは更迭した。そしてその上司とグリューナ公がつながっていた。どちらも横領や詐欺などの罪で捕らえさせ、公は爵位没収、お家取り潰し、領地や資産を没収した。今は裁判待ちだな」 確かに、元々のお家が潰れちゃったんなら後宮にとどめておく必要もないしなぁ。 「わぁ、さすが宰相。今晩中に返せなかったら、割のいい仕事を斡旋してくれない?」 「もちろんだ。見た目だけはいいからな。身一つで効率よく稼げる仕事はいくらでも斡旋できるぞ」 その仕事が何だとは聞かないけれど。そうしないと返しきれないほどの額だしなぁ。特に貴族ではなくなり平民となった彼女には。 「おまけに脱走も徹底的に阻止してくれるからな」 「うん、国民の血税だからしっかり返してもらわないと」 「ふふ、そうだな。しかしおかげで中立派と嘯いて娘を後宮に押し付けてきた先代皇妹派閥の隠れ蓑を一網打尽にできた」 「同時に俺はもう彼らの味方じゃないって知らしめることになるな」 本格的に敵としてやってくるだろうか。ま、それをやったらそれ相応の報いを受けることになろう。何せ聖魔法使いは信奉者が多いのだ。せめて頭が回ることを願っている。 「ティルはもともと俺のものだろう?」 はううぅぅっ!!そんな所有者欲全開のアイルたんも好きっ!! そしてそのニヤっと口角をあげながらの不敵な笑みがたまらないっ!! 「うん、もち」 「ならばよい」 ヤバい。今夜確実にヤバい。俺発狂しそう。いや、絶頂はすると思うけど。 「あ、そだ。もうひとつ。トレイス伯爵家はどうなったの?」 後宮から叩き出したけど、無関係を押し通せるはずがない。 「あぁ、あそこはグリューナ公爵家と縁戚関係を結び、公女の有利に立ち振る舞えるようにいろいろと便宜をはかっていた。先代皇帝の頃からいけ好かない一族だ。この機に一掃した。今回は一族がらみで人材を送り込んできたことからも、伯爵家として主導したものとみなした。爵位は当然没収、資産、領地も没収した。女官長や当主を始めとした主犯はもちろん塀の中で裁判の判決待ちだ。ティルに無礼を働いた男どもも、な」 ニタリ、とほくそ笑むアイルたん。おぉっ、容赦ねぇ。

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