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第26話 後宮改革

―――記念式典に向けて、皇后の仕事もどんどん増えてくる。日々の後宮運営もそうだが。 念のため帝国貴族のおさらいもしておかないと。クロードに用意してもらった貴族名鑑や資料にも目を通していく。 そんな最中。 「ラティラさま、実は女性用後宮から嘆願書が届いていまして」 秘書官のユーリがその嘆願書を手渡してくる。 「“女官長”じゃなくて、か?」 「はい。むしろ女官長も困惑していましたね」 「ほぅ?」 では、少し目を通すことにしよう。 先日の一件でお掃除して以来、帝国の事情で妃候補として女性用後宮に押し込められている令嬢たちや属国や他国の王女たちについても改革案を示しそれを実行中なのだが。 嘆願書の内容を纏めるとこうである。 ――― 嘆願書 その1:予算の増額(※ドレスや宝飾品を購入するお金が不足している) その2:食事が貧相、もっと豪華にせよ その3:働きたくないけど手当ては欲しい。家格が下、もしくは国力が下の令嬢が自分たちよりも広い部屋、福利厚生、賃金を得ているのはおかしい 以上 ――― いや、おかしいのはそっちだろうがっ!! アイルたんの食事と同じくらいの量だよ!?こっちは俺のお手製愛夫(あいさい)料理だけども!皇帝に俺的な家庭料理を出すのもどうかとは思うけども!皇帝よりも豪華な食事要求してるってわかってんのかオラァッ!! なお、現状の女性用後宮について補足しておこう。まず、スローガンは“働かざるもの食うべからず”。 女性用後宮を仕切るのは、本来皇妃の役目ではあるものの皇妃はいない。ということで能力のあるものを抜擢するしかない。 そこで選んだのが俺の知り合いである帝国内の属国・ヴィンテル王国の王女・ツェツィである。彼女は勤勉家で国にいた頃は外交特使を務めたりと、優秀な人材で性格的にも問題のない子である。アイルたんは俺以外の妃を娶るつもりはないらしいから、彼女は是非有力な貴族に臣籍降下して欲しいと思うし、彼女の優れた能力を潰さないようなところに嫁いでほしい。後宮で運営実績などがあればそれを加味してアイルたんも頃合いを見て嫁ぎ先を探してくれるというし。 俺は迷わず彼女を指名し、彼女に皇妃の部屋を与え、そしてその仕事の成果に応じて手当てを出すこととした。 え?贔屓だって?そんなものはどうでもいい。王侯貴族として責任ある立場に産まれ、国民や領民の血税で生活しておきながら、普段からしっかりと責務を果たしてこなかったのが悪い。責務を果たしていれば、ツェツィのように俺の王子時代に目を留めてもらえて、俺が皇后になった際に大抜擢されたかもしれないのに。 なお、彼女の補佐は宰相推薦の女官を起用して女官長とした。その他にも彼女の下について補佐をするものたちを募集した。 ―――どこから? 人材なら後宮の中にたくさんいるではないか。 もちろんアイルたんの許可も取り、ツェツィの補佐をする人材を募集したのだ。無論、それによって部屋のグレードアップと手当てがつく。 彼女の補佐として応募してきたのは、ツェツィの属国との友好国の王女や公女、そして割と家格が下だが帝国内でも文武において功績をあげた貴族の令嬢など。彼女たちはもともと人手の足りない家で執務などを手伝ってきたために、仕事熱心なのだ。 ―――無論、不正を行えばこの間の元公女や元女官長ズのようになるときつーく言い含め、場合によってはお家取り潰し、属国の王家もろとも取り潰しなど、非常に重たい罰が下されることもアイルたんにも確認をとりお触れを出している。 何のために彼女たちが後宮に住まわされているのか、それを忘れてはならない。それは単にお家の格を上げるだけにとどまらない。場合によっては人質、牽制などに使われるために彼女たちは妃候補として女性用後宮に囚われているのである。 そこで好き勝手にふるまったり惰眠を貪れば、おのずと破滅エンドまっしぐらである。 そもそも、お家や国家の信頼を勝ち取るまたとないチャンスでもあるのだ。ここらで後宮で実績を残して少しでもお家や国家のために信頼を積む努力をして欲しい。 ―――てなわけで、この改革をおっぱじめたわけだが。 それに反対したのがツェツィよりも国力のある属国の姫や、帝国内の高位貴族の令嬢たちである。彼女たちから見れば、蝶よ花よと育てられて仕事などする必要もなかったり、格下のツェツィの下で働いたりするなんて嫌!という言い分である。 むしろ自分たちの方がその役職に相応しいと主張する始末。なお、最低限の衣食住は後宮内では保障されるが、それ以上に必要なものがあれば働かなくては手に入らない。 最低限の衣とは支給品の侍女服。食は1日3食の定食。住は女官・侍女用の部屋である。女性用後宮に押し込められた候補は案外多く、皇后、皇妃用の部屋はほぼ大貴族や国力の大きい属国の姫、外国の姫などが占領している状態で、その他は側妃用の部屋に複数人で押し込められていたり、酷ければ侍女用の部屋であった。ツェツィは属国の姫だから側妃用の部屋だったが、それでも相部屋だったそうだ。今、ツェツィの補佐をしている女官の中には、相部屋で仲良くなり互いに知識や技能を交換し合ってきた令嬢や姫もいるらしい。 無論、皇后用の部屋を使わせるわけにはいかないので、トップのツェツィが皇妃、その後は役職や能力に応じて俺が許可した候補のみをツェツィが皇妃用、側妃用の部屋に振り分けた。そしてそこから漏れた働かないぐーたらどもが女官・侍女用の部屋に押し込められたのである。なお、さすがに狭いのでひとり一部屋ではあるが。 ―――しかし不満を持ったからと言ってツェツィや他の真面目に働く補助職の候補に業務妨害や嫌がらせなどをした場合は後宮近衛騎士に命じて折檻してもらっている。因みに外の社交界では、その業務妨害や嫌がらせの内容を公開、時にはリアルタイム中継しているので、そろそろ彼女たちの実家からお手紙が届いているころかなぁ~と思っていたらこの嘆願書である。 「これも社交界にばらまこうか?広報部に回しておいて」 そうユーリに命じれば、ささっとユーリが広報部に向かう。一見後宮の恥になるかもしれないが、彼女たちはあくまでも候補である。まだ妃ではない。今後どのような功績を残すかによって帝国内の彼女たち、そしてその実家の扱いが変わってくるとても重要なことなのに、それに気が付いていないものはまだ多いらしい。あぁ、嘆かわしや。 あぁ、そう言えば国外の候補については、さすがに帝国内の候補と扱いを一緒にするわけにはいかないので、側妃用の部屋を与えて最低限の“食”と“住”を保障している。ただしその他の手当ては出ない。その代わり、自分たちで立ち回れることを探して手当てをもらえる手立てを考えて提出するようにと命じてある。 「南のサザン諸島のナディア姫は、サザン語の講義、北方のノルド王国のリリィ姫は特産品のビートを使った帝国との共同スイーツ開発か。なかなかおもしろそうだと思うから、これは許可。はい許可書。魔法印付き」 「ではこちらを、女官長に渡してまいります」 クロードに許可書を手渡すと、クロードも颯爽と仕事に移っていく。 ―――さて、と。 「ルーク!働かざるもの食うべからず!」 「ふぁ~、ん?何だ?」 お前は相変わらずソファーで昼寝しやがって! 「これから、後宮近衛騎士との合同訓練。指南してこい」 「はぁ?動きたくないんだが」 ―――相変わらずやる気ない。 「いいか。いくら勇ましい後宮近衛騎士のお姉さんたちとはいえ、やっぱり食にはこだわるんだよ。定食メニューについても、もっと野菜と肉のバランスを整えた方がいいとか、訓練のためには肉を増やした方がいいとか!あと、それに乗じて帝国で人気のスイーツの話などにも彼女たちは敏感だ!」 因みにこれは、俺の影として働くメイリンが仕入れてきた情報である。 「つまり、新たなグルメの話に花を咲かせる相手ができるんだぞ」 「そっ、それはっ!」 「そのためには彼女たちと交流し、そして仲良くなり信頼関係を築かなければならない!」 「一理あるな」 「ってわけで行ってこい。今日は弁当を持たせてやる」 「あぁ、わかった」 急にきりっとした表情を浮かべたルークは、俺が押し付けた弁当を持ち、剣を携えて早速訓練へ向かって行ったのであった。 ―――さて、俺はアイルたんのための昼食作りに移らねばっ!!

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