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第27話 対峙

―――さて、と。 本日のランチも用意できたことだし、後はアイルたんが来るまで残りの書類でも処理しておこうか。 『~~~っ』 『~~~っ』 「何だ?外が騒がしいな」 「見て参りましょうか」 「いや、俺も行くよ」 既にこちらに戻り、執務を手伝ってくれていたクロードの言葉にそう答えた。もしかしたらアイルたんかもしれないし~。新妻のお出迎えイベント何かもよくない?? ――― 執務室を出て、女性用後宮と男性用後宮へ続く分かれ道のある回廊へ移動すれば。 「皇帝陛下!どうか私たちの陳情をお聞きくださいませ!!」 「不敬だぞ!」 「下がりなさい!」 後宮近衛騎士の女性たちが制しているのは、恐らく女性用後宮に候補として入っている令嬢のひとりであろうか。いや、むしろそれ以外にはいないだろう。女官長の顔はさすがに知っているし、もらった候補リストの中に似たような令嬢がいたような。 実家から持って来たのか、今まで出ていた予算から購入したのか。―――どちらかは不明だが。ドレスを着飾りヘアメイクを決め、しっかりと宝飾品を身に着けている。あぁ、ここがどこぞのパーティー会場ならまだわからなくもないが。いや、それでもアウトだろう。 「ちょっと、この私に対して無礼よ!おどきなさい!あなた家格は!?私は侯爵令嬢よ!後宮にも入れないたかが騎士風情が!」 あぁ。まぁた好き勝手言ってくれちゃって。なお、女性騎士たちは正式に近衛騎士隊に所属し、後宮配属になっている騎士であり、ぶっちゃけ言って女性騎士の数少ない門戸であり花形だ。帝国と言えども、まだまだ女性騎士は少ないのが現状で。それでも後宮に所属する女性騎士ならば女性たちの憧れでもあるし、ぐーたらだけど本当はすごい護衛・ルーク的にも実力は合格らしい。 「こっ、皇帝陛下ぁっ!!」 そして彼女は再び、視線の先に捉えたその人物に向かって叫んだのだが。 むっす―――。イラッ。 やばっ、俺のアイルたんがめちゃ不機嫌。不機嫌マックスだ。 ―――ふいっ。 その瞬間、アイルたんが俺の方を振り向く。あ、脳内でアイルたん再生したから気付いたんだー☆ 「ティル」 ぎゅむ~。 すかさずにこやかな笑みを浮かべて俺を抱きしめるアイルたん。あぁ、尊し。 「こ、皇帝、陛下ぁ~」 アイルたん、めちゃ尊し。 「お聞きください!皇后の暴虐極まりない所業をおおぉぉっっ!!」 BGMが騒がしいわああぁぁぁぁ――――――っっ!!! 「五月蠅いな。せっかくティルが俺の名を呼んでくれているのに」 アイルたんがめっちゃ不機嫌そうに顔をあげ、彼女を睨んだ。こんなやばめな表情なのに、顔を向けただけで彼女はぱあぁぁっと顔を輝かせる。 いや、ほんと。帝国の令嬢大丈夫なのか、こんなんで。そうは思うが、まともな帝国の令嬢たちはすぐに現状を理解し、ツェツィの指示の元女性用後宮にて職務に励んでいるのだ。その中には公女や侯爵・伯爵令嬢だっている。だが、中には目の前の令嬢のように未だ反発をするものたちがいるのだ。あぁ、オシオキも一応しているんだけどなぁ。ここまで来ると完全に、人質とか牽制とか言う前に、ウチのアイルたんのお荷物にしかならないんだけども。 「あぁ、一応ウチの不始末だから、ちょっと話つけてくる」 「む。せっかくのティルとの時間なのに」 「まぁまぁ、ちょっと我慢して」 むくれっつらのアイルたんの頭をなでなでしてよしよしすれば、俺は女性騎士たちに剣を突き付けられている令嬢の前に仁王立ちになった。 「それで、ここで一体何をしている」 俺の顔を見上げた令嬢は、ふふんと鼻を鳴らした。 「わたくしは、このグラディウス帝国カシス侯爵令嬢・マリーゴールドですわ!」 「あぁ、そう」 確かそんな令嬢がいたなぁ。素行も悪いし、執務に励む気もないようだったので、女官部屋を与えたひとりだったはず。 「この度は、皇帝陛下に皇后がこの後宮内で行っている悪逆の限りを訴えに参りましたの!」 「へぇ、それはどんな?」 「まず、皇后は自分の気に入った弱小国の王女に実権を与え、下級貴族や小国の王女・公女などばかりに恩恵を与えています!」 いや、帝国の公女も入ってるんだけどな。あと、侯爵令嬢よりも王女の方が立場は上だが。例え属国であろうと、帝国が認めた王族だし。他国の王女ならそれが小国であろうが国力が下だろうが、王女は王女である。 あと、俺がツェツィに女性用後宮を任せたのは、単純に彼女にその資質があったし性格上の問題もなかったからである。 そして彼女は候補としてこちらに来る前から積極的に公務に関わり、実績を残してきたその結果と努力を評価したまで。 更に彼女の指揮の元、執務や業務を担当している候補たちはみな、それ相応の働きに対する対価である。 「そして更には!物置小屋に押し込まれ」 いや、妃でもないのに部屋を与えられるだけましだろ。あと、それは後宮で働いてきた使用人たちに失礼だ。 「食事は3食粗末なもの!」 普通の定食だし、騎士たちも同じものを食べている。あと、アイルたんも同じような俺の愛夫(あいさい)料理を食べているが。 「服は下女が着るような貧相なものしか支給されず!」 それは侍女に失礼だろ。あれは侍女の服だ。支給されるだけましだと思え。 「ドレスや宝石を買うお金も与えられず、お茶会も開けません!」 何でそんな金をやらにゃぁならんのだ。社交界に出るわけでもあるまいし。あと、茶会ならしっかりと手当てを受け取っているツェツィたちがお茶会スタイルの勉強会を開いているけどな。 恐らく、そう言った交流にも参加したくないのだろう。彼女たちは。―――ツェツィたちの話について行けないから。 「挙句の果てには、陛下のお渡りもありません!毎日毎日皇后が陛下を独占しているから!!」 いーや、いやいや、待て!何でアイルたんが妃でもない候補にお渡りしないといけない!むしろ妃じゃないただの候補に手を出したらただの好色皇帝だろうがっ! ウチのアイルたんはそんな尻軽じゃぁありませんっ!! 「そうか。言いたいことはよくわかった」 俺は腕を前で組み、ゆっくり息を吹きながら令嬢を見降ろす。 「では、皇帝陛下にっ!」 「アイルたん、確かカシス侯爵家って次女がいたよな」 「あぁ、そうだな」 俺が振り返れば、アイルたんが仏頂面で頷く。 「聞いた話では、大人しめな令嬢らしい。元々父親の侯爵が欲を出して押し付けてきた娘だ」 「俺としては、ちゃんと働く人材が欲しいんだけど」 「そうか」 俺たちの会話を聞きながら、侯爵令嬢がきょとんとしていた。 「では、マリーゴールド・カシス」 アイルたんが俺の隣に並ぶと彼女はアイルたんうっとりとした表情を向けるが、すぐに青褪める。 わぁっ、アイルたんったら凶悪な表情浮かべてるー。 「貴様は本日今この瞬間をもって、この後宮から出ていくがいい」 「は?え?そ、そんなっ!」 「さっさとつまみだせ!」 「お、お待ちください、陛下!皇后の悪逆非道な行いを見て見ぬふりをするおつもりですか!?わ、私の方が皇后よりも陛下のお役に立てます!」 「貴様が?」 「ひっ」 アイルたんの射殺すような視線に思わず令嬢が引きつった悲鳴を上げる。 「我が皇后の前で、よくもそのような戯言を申せたものだな。皇后の前でなければ、今すぐ貴様を鞭打ちにしてもいいのだぞ。どうせ替えはある」 そう言ってアイルたんが凄惨な笑みを浮かべ、俺の腰をふいっと抱き寄せれば。令嬢は俺の顔を見て合点が行ったらしい。いや、気付くの遅いわアアァァァっ!! え、なにこれ。原作小説ってコメディだったっけ? 俺は彼女が騎士たちに強引に連れ出されていくのを遠目で見ながら、気が遠くなった。

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