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第29話 開幕

「皇后陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」 「はい、おかげさまで」 にこっ。 ぐはっ。 いや、そのー。アイルたん。俺が挨拶しに来る出席者に微笑むたびにめちゃくちゃむすっと不機嫌になるんだけどもっ!!めちゃくちゃ圧が、圧が~~~っ! 俺に挨拶したひとたち、何も悪くないし礼儀作法も問題ないのにビビりまくってるしっ!! そしてそろそろと立ち去っていくひとびと。そして皇帝陛下であるアイルたんに挨拶したひとがまた俺の前に来て、アイルたんに挨拶する時よりも顔がこわばってるぅ~~~っ!! ―――さて、まず説明すると、本日はグラディウス皇帝アイル・グラディウス陛下の在位5周年を祝う記念式典兼パーティーである。 皇帝であるアイルたんはもちろん主役。俺は皇后でアイルたんの正式な妃であるためもちろん並んで出席している。 俺とアイルたんの礼装はお揃いのデザインである。俺が黒いスーツにルビーの宝石を身に着け、アイルたんは俺の銀の髪色に近いシルバーホワイトのスーツに紫色の宝石を身に着け、更には皇帝陛下専用のマントを身に着けている。 俺たちは並んでそれぞれの椅子に腰かけ、アイルたんの傍らには皇弟・コンラートと宰相、そして俺の傍らにはユーリとルークがいる。クロードは何かあった時のために後宮でお留守番をしてもらっている。 そして出席者が順番に俺たちに挨拶に来ているのだが。 「へ、陛下」 「ティル」 ―――むっすー。 めっちゃ不満そうっ!!でもさすがにここでアイルたん呼びは。 「っ!!」 ―――ぱああぁぁぁっっ!! あ、表情が明るくなった!心の中でアイルたん呼びをしたからか!よ~し、アイルたんアイルたんアイルたんアイルたあああああああぁぁぁぁん!!! しかしその瞬間、むんずっとブラコンラートがアイルたんの陰から顔を覗かせる。 うぐおおおおぉぉぉっっ!!何かめっちゃ瞳の奥に闇を抱えながら睨んでくるんですけどぉっ!!? 「兄上?」 「お義兄さま」 ―――はぇ? 思わず顔をあげれば。アイルたんに挨拶を済ませたらしいふたりが俺の前に立って呆然としていた。やばっ!ブラコンラートとのアイコンタクトウォーズに夢中になり過ぎたぁっ!! 「あぁ、ルイスにラピスじゃないか!」 それは、カレイド王国を代表して参加しているルイスとラピス夫妻だった。ルイスはカレイド王国の王太子、ラピスは王太子妃である。ルイスはラピス大好き感を全面的にアピールしていた。ラピスの藍色の髪を意識した藍色のスーツに、スカイブルーの瞳を意識した宝石は胸元とピアスに。あと顔にラピス大好きって書いてある。 ラピスはルイスの瞳の青いドレスに身を包んでいる。装飾が少なめだがすっきりとしたデザインで、彼女らしい清楚なドレスである。胸元には瑠璃色の宝石が輝いている。 「久しぶりだな」 「お元気そうで何よりです」 ルイスがにこりと微笑む。 むす~。 あ、アイルたん。少し我慢して~。お、弟だから。相手弟夫婦だから、ね! ―――はっ、そう言えば。 「皇弟殿下もよろしくな!ウチの弟だから」 先ほどのお返しにウチの弟を紹介してやろうぞ、アイルたんの弟・ブラコンラート! 「はい、お会い出来て嬉しいです」 「こちらこそ、いつも兄がお世話になっております」 笑顔で握手を交わすふたり。 ―――特に何もないっ!! 「お義兄さまったら」 何故かラピスにかわいそうなものを見る目で見られたぁっ!!やはり長年連れ添ってきた元婚約者にはバレバレなようである。 「カレイド王国の聖女」 「は、はい。皇帝陛下」 ラピスがアイルたんの鋭い視線に思わずビクっとなる。あれ?―――そう言えば。 わ、忘れてたああぁぁぁっっ!! そう言えばそうだよ!原作ではこのふたりは因縁の間柄! アイルたんことグラディウス帝国皇帝は原作通りならばその聖魔力を狙って強引にラピスを抱き、そしてその口直しとして助けに来たルイスを抱くんだよっ!! 今、にこにこと皇弟ブラコンラートと談笑してるけど、本来ならばあのふたりも対峙する仲!ラピスを皇帝アイルたんの手から救い出すために帝国に乗り込んだルイスは、ブラコンラートやその部下の狂騎士たちと死闘を繰り広げるのだ!! ―――てか、いいのだろうか。 原作のラスボスと準ラスボス、そして主人公とヒロインが今、この場に勢ぞろいしているのだっ!! 「―――ティルとは」 アイルたんが小さく呟く。その愛称のことはさすがにラピスも知っている。ラピスは俺をラティラ殿下と呼んでいたが。いや、俺が特に「愛称で呼んでいいよ~ん」とか言わなかったので、彼女は婚約者として普通に名前で呼んでいた。まぁ、出会ったのは小さな頃の話だし、お互い親同士に紹介されて名前で呼び合っていたんだよなぁ。 でも、俺の騎士であるルークは俺を「ティル」と呼ぶので、おのずとその愛称もラピスは聞く機会が多かったはずだ。 もうひとつ、ラティという愛称もあるものの、俺はそこまで好きではなくて。今はもう、その愛称で呼ぶものはこの世にいない。 俺はアイルたんに「ティル」と呼んでもらえれば満足だけども。 「ティルのことはどう思っている」 あ、アイルたああぁぁぁんっっ!?い、威圧が半端ないっ!すごいことになってる!ルイスもちょっとこちらに目を向けて表情が凍り付いている!ブラコンラートは相変わらずへらへら笑みを浮かべているけども!宰相なんて鬼のような形相だぞ!その形相の真意は!?え、俺の方見てる!?俺のせいなの!? ぬ、濡れ衣だああぁぁぁ―――っっ!!! 「義兄として、そして聖魔法の師としてお慕い申し上げております」 はっ!!ラピスは顔色ひとつ変えずに、さらりとそう述べ優雅に礼をしたのだ。さ、さすがはラピス!真のヒロインなだけのことはある。鋼の精神だ。いや、それは取り繕っているだけで本当は不安や寂しさを誰よりも感じているのだが。そこはルイスにケアを任せれば問題ないかっ! 「ふぅん?」 何か納得してないようなアイルたんが更に訝し気にラピスを睨む。 「あ、あの陛下」 俺が声を掛けても睨み合いをやめないアイルたん。いや、睨んでいるのはアイルたんの方だけで。正確には宰相も俺を睨んでいるけれど。アイルたんと相対しているラピスは頭を垂れてひたすら耐えている。 「(あ、アイルたぁ~ん、あ、愛してるから、ね?落ち着いて。俺の義妹だから)」 「ティル」 ……あ。アイルたんこっち向いた。 「そうか、嬉しい。この椅子が邪魔だな。この椅子さえなければ、すぐにティルの腰を抱き寄せられるのにな」 ひあああぁぁぁっ!!な、なんつーキラキライケメン顔を拝ませて来るんだアイルたぁ~ん!! 「ん~、二人分座れる椅子にしたらいいんじゃない?」 ソファーみたいな。 「それもいいな。そうしようか」 え?採用なの?これ採用なの?そして宰相の目が更に険しくなったぁ~~~っ!いいじゃんっ!アイルたんの機嫌直ったんだから!俺、すっごい頑張ったんだけど!?ダメなの!?宰相的には赤点なの!? すっかりアイルたんの機嫌が直ったところで、やっとルイスとラピスを解放してやれた。―――何だろう。これだけでだいぶ消耗したぁ~。あぁ、喉乾いたなぁ~。 俺は給仕からグラスをもらい、念のため聖魔法をかけてぐいっと飲み干した。

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