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第40話 カレイド王国のパーティー

カレー晩餐会の翌日、弟夫婦の婚姻発表パーティーが開かれた。俺は夫であるアイルたんと一緒に弟夫婦にお祝いの言葉を述べ、そしてその後は会場内をふたりで闊歩していたのだが。 「アルコールはダメだぞ」 「わ、わかってるって」 相変わらずのアイルたんの過保護。俺の腰をピタッと抱きよせて放さない。帝国でのパーティーの時はそれぞれの椅子に腰かけていたから、こうはいかなかったなぁ。 「何か食べたいものでもあるか?」 「えっと、王城の料理人たちの料理はピカイチだけど、今回は我慢する。帰ったら一緒に夜食を食べよう」 俺だけ食べると言うのも何かあれだし。 「アイルたんも、食べたいものがあったら言ってね。料理長からレシピを聞きだす!」 ごごごごご。 俺だってもとこの城で育った王子なのだ。料理長から必ずやレシピを仕入れて見せる!!そう、決意を新たにしたのだが。 「ふふっ、その気持ちだけで十分だ。俺はティルが作ってくれた愛夫(あいさい)料理があれば良い」 「アイルたん」 ぐはっ。 そんなこと言われたら照れちゃうじゃないか。 「ほら、顔を逸らさないで」 思わず照れ隠しのために顔を逸らせば、すかさずアイルたんに顎くいを決められてしまう。わぁ、絶対今、頬が真っ赤だよ~~~っ! 「その、ちょっと恥ずかしいよ」 「恥ずかしがるティルもかわいい」 「ふあぁっ」 眼前に広がるイケメンに、俺はなすすべもなく照れることしかできないっ!うぐぐっ。 ―――そんな時であった。 「お久しぶりでございます、ラティラさま」 うおおぉぉいっっ!!みんな何故か気を遣って話しかけないのに、てかみんなに注目されて羞恥心マックスでアイルたんのイケメンに身を委ねて逃げていたのにどこのどいつだ空気読めよ。 そう思いつつも表面上は笑顔を保って見せるさ、俺。 「これはこれは、テゾーロ神聖国のオフィーリア王女。ご機嫌麗しゅう」 「あら、いつものように愛称でよろしいのに」 そう、蝶のようにひらひらとドレスを靡かせこちらに歩いてきたのは、テゾーロ神聖第1王女のオフィーリア・フィカ・テゾーロ。テゾーロ神聖国は王女であろうと王子であろうと出生順に王位継承権が生まれる。現にテゾーロ神聖国の現国家元首は女王陛下だ。 さて、オフィーリア王女は淡い金色の流れるようなロングヘアーを靡かせる、金色の瞳の色白の美女である。その美しさは各国に知れわたっており、彼女への婚約の誘いがあとを絶たないのである。まぁ、ぱっと見彼女はまるで女神か何かのような神々しさを放つ美女だがな。 そして本日のドレスは周囲の視線を釘付けにするシルバーホワイトで所々に華やかなフリルが踊っている。胸元に一段と輝く宝石は大粒のアメジストである。 まるで女神の微笑みの如き慈愛に満ちた表情を浮かべる彼女が会場中の注目を集めるのは、彼女が絶世の美女だからではない。 彼女が纏うドレスと宝飾品が明らかに誰かさんに宣戦布告するような装いだからである。そう、彼女と同じような装いをするものが、彼女の前にひとり。それも、彼女よりも上位の人物だ。そして明らかに彼に宣戦布告していることがわかるならば、質が悪いと言っても過言ではない。 そして、それを感じ取っているのは俺だけではないと言うことだ。 俺は本日ダークグレーの礼装に赤い宝石をあしらった雫型の耳飾りを身に着けている。もちろんアイルたん愛の溢れるアイルたんコーデである。俺の正装はこれ以外には考えられない!アイルたん愛をその身を以って示すのだ! そして、そんなアイルたん愛に応えるように、アイルたんも俺コーデを身に纏っている。俺の銀色の髪に近いシルバーホワイトのスーツに、俺の瞳の色であるアメジストをあしらったお揃いの耳飾り。ついでに礼装もシンメトリーである。お揃いのデザインである衣装&互いの色を全身に纏うかのようなコーデ。 ルイスとラピスも同じようにお互いの色を纏っているのだが、新郎新婦ですら感服してしまうほどの愛を放っているらしい。 そんな俺の夫アイルたんと、まるでおソロのようなシルバーホワイトの衣装にアメジストの宝石。そして俺に旦那の前で愛称呼びを迫ってくるオフィーリア王女。確実にアイルたんにケンカを売っている。だからこそ周囲もドキドキハラハラで見守っているわけである。 そしてまず第一に、オフィーリア王女の愛称なんて俺知らねーよっ!!えっと、それは何だ?ミドルで呼べってことかな。いや、まさか。テゾーロ神聖国では王侯貴族平民に至るまで、ミドルネームを持つのが一般的だ。テゾーロ神聖国ではそれは本人にとっても神聖で特別な名前。だからこそ、恋人や夫婦など限られた者しか呼ぶことができないのである。それを俺に迫ってくる?そしてアイルたんはグラディウス帝国の皇帝である。グラディウス帝国はテゾーロ神聖国とは今では平和に睨み合っているが、一昔前までは武力でやり合っていたこともある。世界の2大国家なのである。 そんなグラディウス帝国皇帝に面と向かって、テゾーロ神聖国第1王女がケンカを売っているのである。 今のテゾーロ神聖国の女王陛下は慈愛に満ち、争いよりも対話を求める方である。もちろん女王として厳しくしなければならない点もあるが、友好国であるカレイド王国の聖魔法使いである俺に対してもあくまでも友好国の王子として扱った。俺がテゾーロ神聖国から依頼を受けて慈善活動をしようとも、グラディウス帝国から依頼を受けて慈善活動をしようとも、それはそれで“聖者”として尊き行いだと評価してくださった。 彼女は俺がテゾーロ神聖国で聖者と呼ばれる存在であっても、俺をテゾーロ神聖国で独占しようとすることはなかったし、祖国や諸外国で奉仕活動を行うにあたって、それを止めることはなかった。 だから女王陛下の意思とはあまり思えないオフィーリア王女の行動。しかし思い返してみれば、彼女は俺の元婚約者であったラピスにケンカを売ることが度々あった。あれはあれで社交界の通過儀礼のように考え、当時の俺は特に気にも留めていなかったのだが。 しかし前世の記憶を取り戻した今は、ラピスがその時どんな葛藤を抱えていたかもわかるし、本来は寄り添って彼女を守ってやるべきだったとは思う。けれど、それはそれでテゾーロ神聖国で“聖者”と呼ばれる俺が彼女を庇うことで、更に彼女がやっかみを受ける可能性もあった。そして今や彼女は真の聖魔法使い。テゾーロ神聖国では“聖女”と呼ばれる。 幸い、俺が彼女にかけられた質の悪い契約を打ち消すためにルイスとの婚姻を打診したことで、彼女が聖魔法使いとして発表された時既に遅し。彼女はテゾーロ神聖国に手を出せない次期王太子妃となっていた。そのため彼女はテゾーロ神聖国から是非聖女として自国の王子に嫁いでください的な打診を受けることはなかったし、テゾーロ神聖国に聖女として送られることもなかった。 今となってはその時の決断が功を奏したのである。そしてやはり彼女は俺と結ばれるべきではなかった。後に彼女が俺と結婚し、真の聖魔法使いとして明らかになっていれば、聖女と聖者を独占してしまったカレイド王国の立場が微妙なものになってしまうから。 それに、聖者やら聖女と言うものは単なる光魔法使いであるオフィーリア王女に比べ、神聖視され崇められるが故、ひどく孤独なものなのである。 だからこそラピスを真に愛し、そして理解しているルイスと結ばれてくれて俺は本当に良かったと胸をなでおろした。 しかし、聖女はカレイド王国の王太子妃に、そして聖者がグラディウス帝国皇帝の皇后になったことで、聖女と聖者双方を奪われてしまったテゾーロ神聖国のメンツが丸つぶれなことは言うまでもないのであり、焦ってかねてより親交のあった俺に接触してくるのも分からないではない。 そして今ならわかる。 ―――彼女は、オフィーリア王女は、やはり聖者を我が物にしたいのだと。

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