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第42話 再びのオフィーリア
―――控室
「会場の方は大丈夫かな」
俺はアイルたんと控室に移動し、気を利かせて飲み物を届けに来てくれたカレイド王国侍従に尋ねてみた。
「陛下が仕切り直されましたから」
そう、和やかに微笑まれた。父上にも悪いことをしちゃったな。主役である弟夫婦にも。
「皇后陛下が気にされることではありません。元々、オフィーリア王女殿下の出席は予定されていなかったのです」
その侍従の言葉に俺は思わず「えっ」と声を漏らしてしまった。
「ところがパーティー直前にオフィーリア王女殿下が使節団に加わっていることが明らかになりまして。こちらも事前の対策が間に合わず申し訳ありません」
「いや、ラピスに害が及ばなかっただけましだよ」
今日はラピスの晴れ舞台だ。彼女とラピスの関係は微妙だ。ラピスは気にも留めないようにふるまってはいたものの、内心はやはり辛い思いをしていただろうし。オフィーリアは俺の元婚約者だったラピスを邪険に思っていた。
事前に分かっていれば対策の打ちようもあったのだろうけど。むしろ女王陛下が許可するかどうかも怪しい。
今回の使節団への同行も女王陛下の目を欺いていたとしたら。それを助ける勢力は残念ながらたくさんあるのである。特に古参の貴族たちは聖者の血をどうしても自国の王族に組み込みたいと考えているのである。
まぁ、この機会に二人を仲直りさせて、今後カレイド王国の聖女の力を借りるための橋渡しに利用すると言う可能性もあるけれど。
オフィーリアの俺への態度を見てそれはないと思えた。あくまでも古参の貴族たちはアイルたんを悪者にしてでも聖者の俺の血が欲しくて、オフィーリアは未だに俺を狙っていると言うことだ。
オフィーリアが聖者の血と俺とどちらに執着しているのかはわからない。だが、今やグラディウス帝国の皇后となり、アイルたん第一の俺としては迷惑千万である。
侍従が持ってきてくれた飲み物を注いだグラスに聖魔法をかけてアイルたんに手渡す。こうすればアイルたんも飲むことができるのだ。
「ノンアルのジュースでございます」
え?うん。そうだよね。普通のリンゴジュースだよね?
「うむ、結構」
そう言ってアイルたんがリンゴジュースに口を付ける。
はぅあっ!!まさか侍従まで俺のほろ酔い事件を知っているのか!いや、普通に晩餐会の話題に上りそう。そして父上が侍従にしっかりとノンアルを差し入れさせたのだろう。
「あはは、父上に礼を言っておいてくれ」
「承知いたしました」
この侍従は俺が子どもの頃から城にいるので、何だか随分と微笑ましく見られている気がする。うぅ~。
「そう言えば、神聖国の王女はどうなった?」
「さすがに、これ以上の無礼はどうかしていると国王陛下直々にお伝えになられてご退場いただきました」
「容赦ないな」
「殿下方のせっかくの晴れの舞台ですから。これ以上王女殿下の私情で穢されるのは我慢ならないとのことです」
「そっか。俺もその一端を担っているからちょっと申し訳ないな」
「ティルは何も悪くないだろう」
そう、アイルたんが微笑んでくれる。そ、その笑顔だけで眼福やぁ~。
ぐふっ。
「はい。皇后陛下は何も悪くございません。他国の王族の婚姻発表パーティーの場であのような醜態をさらすなど言語道断です」
うん、この侍従も昔から容赦ないよなぁ。俺も悪戯をしたら容赦なく怒られたし。
「それでは、後はごゆっくりお寛ぎください」
そう言って侍従が控室を後にする。控室と言ってもさすがは王城。まるで高級ホテルの一室みたいな豪華さ。
そんな部屋のソファーに俺とアイルたんは並んで腰掛けていた。
「ティル」
アイルたんが俺の腰を抱き寄せる。
「ん?あ、そうだオフィーリアのことはごめん」
「ティルが謝ることではない。何だあの無礼な女は」
「ん~、昔から執着してきたっていうか、何だかね」
理由は聖者の血なのか俺なのかわからないけど。“俺”と言うのは少々自意識過剰かな?個人的にはイケメン王子の部類に入りそうだけどもアイルたんの方が美しいし尊い。
「ティルは俺の夫 だ」
「うん、俺もアイルたんの嫁だよ」
アイルたんに抱き寄せられて、そして頭を預けるその体の温もりが俺にとってはちょうどいい。
―――しかし、そんな穏やかな時間も長くは続かず。
『確認してまいりますので、お待ちください!』
『いいから通しなさい!たかが使用人が生意気よ!』
ユーリの声と、もうひとりはわかり切っているけれど。俺たちが控室で暫く過ごすことで、ユーリも護衛騎士たちと共こちらへ来てくれたのだろう。
しかしながら、ユーリは使用人じゃなくて俺の秘書官である。城の文官である。まぁ、彼女にとっては誰もかれも同じに見えるのかもしれないが。
バタバタと音がして、ユーリが部屋の扉を開け、俺に取り次ごうとした瞬間だった。
オフィーリアがユーリを押しのけて部屋に押し入ってきたのである。それには護衛騎士たちも目を剥いていたが、一国の王女とは言え自国の両陛下に不躾に近寄ろうとする彼女を“穏便に”拘束する。
「いたぁいっ!ちょっと、放しなさいよ!」
オフィーリアは騎士の手を何とかして逃れようとしているが、か細い彼女の腕ではかなうはずもなく。涙目で俺を見つめてくる。
「ラティラさまぁっ!」
いや、俺に言われても何もできないから。
そして、アイルたんが俺の隣から立ち上がり、そしてオフィーリアを前に仁王立ちをした。
「良い、放してやれ」
アイルたんが威圧を放ちながら告げれば、騎士たちはオフィーリアの拘束を解く。
「私に対してこのような無礼な行い、許されると思って!?」
「無礼はどちらだ。許可もなく押し入ってきたものに、そのようなことを言われるとは心外だな」
アイルたんが覇気を纏いながらオフィーリアを睨みつける。―――が、彼女は意に介さない。
「一国の王女に手を挙げたこと、正式に帝国に抗議させていただきます!」
「好きにしろ」
さほど興味もないように、アイルたんが冷たく告げる。
「あと、ラティラさまとお話がしたいの!」
「名を、呼ぶなと言っている」
思わずゾクリとするアイルたんのその低い声に、オフィーリアも肩を震わす。
「我が夫 に何の用だ」
「さ、先ほどの謝罪に」
―――え?
とても謝罪にきた人間の行動とは思えなかったのだが。
その彼女の言葉に俺も、アイルたんも、騎士たちも、ユーリも呆然としてしまった。
「まぁ、謝罪に来たと言うのなら俺は受けるけど」
俺は立ち上がり、アイルたんの隣に並び立つ。
「ティル」
「大丈夫だって、アイルたん」
「嬉しぃっ!ラティラさまぁっ!」
お前少しは学べよと思いつつも。
「テゾーロ神聖国第1王女殿下」
「オフィーリアって呼んでくださぁいっ!“フィカ”でもいいですよぉっ」
「謝罪と言うことでしたが」
俺はオフィーリアのセリフをスキップした。
「神聖国第1王女・オフィーリア・フィカ・テゾーロの名に於いて申し述べます」
何だ?急に改まって。
「神聖術式・起動!」
は!?
「まずい、ティル!」
アイルたんが伸ばしてくれた手を、指を、掴めなかった。
俺はオフィーリアの術式起動の言葉と共に、次元の狭間に呑み込まれたのであった。
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