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第43話 聖者の運命

―――神聖術式。それはテゾーロ神聖国の王族にのみ伝えられる秘術と言われる。そしてその術式は王族のみに発動できるため、自身の本名を必ず告げなければならない。 そうか、だから彼女はもっともらしく自身の名を長々と告げたのか。いきなりどんな心変わりかと思えば、結局こういうことになるなんて。 でも、おかしい。俺に対してこんな術を使えば、ルークが気が付くはずなのに。―――ルギウスルイツァリオン。 俺だけが使え、そして意味を成すその名を呼ぶ。 『―――ル、―――は、―――ない』 何か、途切れ途切れにルークの声が聞こえた気がした。 あぁ、ルークですら手の届かない場所だなんて。俺は一体、どこに飛ばされるんだ? あぁ、アイルたん。アイルたんと離れるなんて、嫌なのにっ! 手を、指を伸ばしても、そこにアイルたんはいなくて。 代わりに俺の掌を両手で包み込んだ美女を見上げて、俺は柄にもなくキッと睨みつけた。 「お目覚めですね、ラティラさま。いいえ、ティルさまのほうがいいかしら、げほっ」 しれっと告げてきたのはオフィーリアである。そして、俺が寝かされていた白く窓もない部屋には神聖国の正式な聖衣を纏った者たちが控えている。 神聖国の聖衣は、白いローブに肩に帯のような細長い聖典符(せいてんふ)と呼ばれる神聖国独自のアイテムを身に着けた装束だ。 「どう言うつもりだ」 「あら、やだ。恐いですわ。ティルさま、うぷっ」 アイルたんが呼んでくる俺の愛称の響きとは全く違う。ねっとりとしていて気持ち悪い。いや、つかお前の方こそ大丈夫か?咳き込んだり吐きそうになったり。 「これより、ティルさまは神の御名において洗礼名をおえっ、賜ります」 『洗礼名』と言うのは地球のものとは異なる意味も持つ。こちらの世界における洗礼名というのは、洗礼を受けた際に授けられる名ではあるが、神聖国において神聖国民であることを証明するものである。いや、つかその洗礼名汚そうだからいらないんだけど。“洗礼名”の後に“おえっ”って言ったぞこのバカ王女。 まぁ、話を戻すが。神聖国では産まれた時に神殿で洗礼を受け、そして洗礼名を授かる。それがいわゆるミドルネームの部分である。 それくらい神聖で特別な名前だから、この国ではミドルネームもとい洗礼名は伴侶や恋人などごくごく限られた間柄でのみ互いに呼び合うのだ。 「ティルさまは聖者としてこの国の象徴として、私のぐほっ(はい)としてお過ごしになります。何一つ、不自由はさせません。必要なもの、望むものは全てティルさまに捧げましょう」 彼女は……【私の王配】と言いたかったのか?でもどっちにしろ、“王配”もぐほっ配も嫌だけど。てか、俺は身も心もアイルたんのものだもんっ! 「そんなことを、女王陛下が許すとでも?」 「私が、女王となるのです」 何を、言ってるんだ?それってつまり、謀反じゃないか。 「そんなバカげた話には乗れない!俺は帰らせてもらう!」 「あら、どうやって?」 オフィーリアが魔女のようにせせら笑う。 「うぐっ」 俺の身体は、鉛のように重たい。 「神聖術式ですよ。うふふっ」 は?何を言って。 「神聖術式の中には、強力過ぎて封印されたものも数多くございます。私はその数多くの神聖術式を復活させ、そして聖者を手に入れました」 「はぁっ!?」 「聖者を得、そして聖者を伴侶に迎えた私が、女王です」 そんな決まりは聞いたことがない。 確かに王位継承権第1位はオフィーリアだ。だが、女王に指名されるとは限らない。今のところ王位継承権が一番上のオフィーリアが優勢ではあるものの、オフィーリアの下にも弟妹はおり、優秀な人材も多くいる。 主にそこら辺の相手はラピスが勤めており、俺の担当はオフィーリアだったが。思えばその頃から狙っていたのかもしれない。 「つまり、俺が聖者だから欲しいってことか」 「いいえ、聖者も、ティルさまもどちらもおぇっ欲しいですわ。どちらもわたくし、愛しておりますの」 反吐が出そうだが、この状態で吐いたらとんでもないことになるので泣く泣く呑み込んだ。そしてお前も吐くなよ、何か先ほどか雲行きが怪しいのだけど。 「先ほど、俺が欲しいものは何でも与える、望みは全て叶えると言ったな」 「えぇ、もちろん。ティルさまはこの神聖国で最もぐぇっ尊き存在ですもの」 ―――全く尊い感が伝わらないのは、何故だろう。いや、わかり切っているけれど。 「なら、俺は。グラディウス帝国のアイル陛下の隣にいることを望む」 「んなっ」 オフィーリアの表情が嫉妬で歪むのが分かった。 「あの皇帝は男ではないですか!」 「だから?帝国にはかつて男の側妃や皇妃もいたし、男同士でも子孫は残せるのだから問題ないだろう」 「それはっ、それでもっ!魔法を使うではないですか!自然の摂理の方が大切です!やはりティルさまの()ぇっ()を産むのは女のわたくしでないと!」 御子?今、御子って言いたかったの?お前、おぇっこ産みたいの?さすがに産まれてくる新たな命に失礼だと思うんだけど。 ……あと俺は受けだ。 「チョットナニイッテルカワカンナイ」(※棒読み) ―――うん、全体的に。 「はっ!?」 「知らねーよ、そんなこと!この世界では別にそれが問題ないし、女神さまから怒られたこともないだろ?」 「それは、その、私が、尊き女神さまよりそうお告げを受けたのです!」 あぁ言えばこう言うとはこういうことを言うのだろうか。はっきり言って疲れる。 「俺は、アイルたんのところに帰るよ」 「なりません」 「聖者はこの国で尊い存在なんだろ?王女ごときのお前に止められる筋合いはない」 「私は女王になるの!」 「知らない!」 「では、教えてあげるわ!」 「な、何を」 ゾクリ、と嫌な予感がした。 「あのグラディウス帝国皇帝が、何故あなたを皇后に据えたのか」 「はぁ?」 「あの皇帝はね、邪神に呪われているのよ!だからこそ、絶対的な邪神の力で武力も魔力も思いのまま!でもその呪いは代償を伴う。その代償から逃れるために、あなたの聖魔力を利用しているの!あの皇帝はとんでもないやつだわ!あなたを利用するためだけに皇后に迎え入れ、毎晩あなたの聖魔法を貪っているの!どう!?」 「バカじゃないのか」 「は?」 オフィーリアのきょとんとした表情に、思わず苦笑を漏らす。 「俺は望んで陛下に聖魔力を分け与え、そして陛下は俺を唯一無二の伴侶として愛している」 「騙されているのがわからないの!?」 「俺は最初から騙されてなんていない。そのことを俺は知っていたし、だからこそ陛下を救うために自ら嫁いだんだ。そしてそんな俺を愛してくれたのが陛下だ。この聖魔力はこれからも陛下のために捧げる。これがこの国の、お前の野望を叶えるための聖者として捧げるつもりなんてない」 「―――っ!」 そこまで言うと、オフィーリアは苦し気に眉を顰める。 ―――そして。 「その通りだ」 その聞きなれた声が響いた瞬間、俺の身体は自由を取り戻す。そしていつもの優しい腕に抱き寄せられた瞬間、オフィーリアが聖衣を纏った信者たちの方向に投げ飛ばされ、信者たちと共に悲鳴を上げながら崩れ落ちた。 「あ、アイルたん?」 「あぁ、ティル。無事だったか」 愛しの夫が優しく微笑む。その表情と、声と、身体の温もりに酷く安堵した俺だった。

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