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第44話 テゾーロ神聖国

「んなっ、何で、何でアンタが!」 「皇帝であるこの私に、いい度胸をしている」 俺を優しく抱きしめ、そして抱きかかえて立ち上がったアイルたん。あぁ、いわゆるお姫さま抱っこなのだけれど、アイルたんの美しい顔が近い。このまま首に両手を回してすりすりしたい。 しかし、物語の進行上、回想もせねばならないところが辛いところである。あぁ、早く久方ぶりのアイルたんを堪能したいのに。(※実は離れていたのはたった数分だったりする) 「ここには、邪神の力を持ったアンタは入って来られないはずよ!」 そう、聖衣を纏う信者を下敷きにしながらオフィーリアが身を起こし、俺たちに人差し指を突き付ける。 てか、下敷きにされた信者がでろっと頬を歪ませているんだが、アイツはMか?ドMなのか? 「邪神?バカなことを」 アイルたんがほくそ笑む。アイルたん自身も、そのことは知っているんだ。そりゃぁそうか。帝国の国家機密、そしてその覇権を握ったアイルたんが、自分自身のことを知らないわけがない。 「入れないとされるのは、“本体”だけだ。俺は“本体”ではないからどうにでもなる。現に、お前の言うことが正しいのならば俺は神殿には入れないし、そもそもティルの聖魔力を受け取ることはできない。だが、俺は神殿には入れるし、ティルのことを抱くこともできる」 「んなっ!汚らわしい身で、聖者さまを穢した悪魔め!」 「俺は穢されてなんて」 「そうだ、ティルは世界一尊く美しい」 あ、アイルたんったら!アイルたんだって世界一尊くってめちゃ美人な俺の旦那さまだよっ! 「あぁ、ティル、わかってる」 「え、読心術?」 「ティル、愛してる」 「アイルたんったら」 「邪神の分際で、聖者さまを誑かすとは!みなのもの、やっておしまい!」 いや、お前。それは悪の女幹部か女ボスが使いそうなセリフじゃないか? 『ぐへへっ、あ、はい!』 みんなオフィーリアに踏まれて悦に浸ってるじゃねぇかっ!何このM信者ども! 「くだらん」 アイルたんがそう呟いた瞬間、信者ごとその白い空間がぶち壊された。 「あのひとたち、大丈夫かな」 「Mには嬉しいサービスだろう?」 まぁ、確かにね。 そして脅えたオフィーリアだけが残った。 「な、な、来るな!来ないでよ、邪神めぇっ!」 「俺は邪神そのものじゃない。ティルに手を出したんだ。本物の邪神の報復くらいは覚悟しておくんだな」 「なっ!?神が、女神さまが守ってくださる!」 オフィーリアは最後には神頼みをし出した。 「聖者を陥れようとした女をか?はっ、笑わせるな」 そう言って、アイルたんは開けた空間からパッと飛び降りる。その間もさながら空中をゆっくり飛びながら降りているようで不思議な感覚に陥った。 「あの、オフィーリアはいいの?放っておいて」 「ん?報復ならばあの男が済ますだろう」 「まぁ、そうだよね。あ、でも何でルークはあそこに入って来られなかったんだろう」 すとっと地上に降り立ったアイルたんは不意に後ろを振り返る。 「ほら、見てみろ」 その答えを、俺は見たことがあった。 「あぁ、そっか。ここって大神殿の塔だ!」 テゾーロ神聖国にある、女神発祥の地。そこには世界で最古の大神殿がある。その大神殿は、初代聖女の力で厳重に結界が施されている。 悪しきものを祓い、邪神を寄せ付けない神聖な場所である。しかしながら初代以降、この国に聖女は誕生していない。何とかしてカレイド王国から聖女や聖者を招こうとしていたが、みなうまくいかなかった。 ―――まるで、見えない力が働いているように。 それでも時々、聖女や聖者が誕生した場合はカレイド王国から招き入れ、祈りを捧げさせる栄誉を与えると言うのが習わしであったが、俺は幸いにも女王陛下からそれを強要されることはなかった。この塔自体は見せてもらったことはあるものの、中に入ったことはない。女王陛下曰く、小さな頃にこの国を訪れた俺が、酷くこの建物を嫌がったからだ。それと同じくカレイド王国の聖女や聖者はみなこの塔を嫌がった、無理矢理にでも入れようとすれば、まるでそれが女神の意思のごとく、神聖国内に不穏な兆しを呼び込んだ。 それ以来、熱心なこの国の信者は俺に祈りを捧げるように執拗に迫っているし、ラピスが聖女になってからも迫ってきたらしい。父上もその時のことを覚えているし、女王陛下からの打診でもないからと穏便に断ってくれたらしい。そして王太子妃と言う彼女の地位が、彼女を不当な圧力から守ってくれたし、女王陛下もラピスのことは昔からかわいがっていたから、俺を脅えさせた塔にわざわざ入れとは命じないだろう。 「ティルは、邪神の、俺の身体のことも全て知っていたのか」 大神殿から王城に続く道を歩みながら、アイルたんが静かにそう問うた。 「ん、まぁ」 俺の場合は前世の知識で知ったのだが。 「アイルたんも、知ってた?ルークのこと」 「まぁ、な。近くにいると共鳴し合うから」 「そっか、それで」 以前アイルたんとルークが剣呑な雰囲気になったことがあった。それは二人とも互いにそのことが分かっていたからか。 「あれは、どうしてお前の側にいる?」 「え~と、産まれた時からだから、わからない」 原作の俺は、処刑されて死んでしまう。そしてルークが裏ボスのごとく暗躍する。アイルたんが、グラディウス帝国皇帝が聖魔力を必要としているのを利用して影で操っていたルークは、最後にはルイスとラピスに倒されるが、二人の未来に残されたものは、決して全てがハッピーエンドに終わるわけではない。まるでメリバである。(※本小説はハッピーエンドです) 「でも、主従権は俺が握ってる!」 「へぇ、いい度胸だな」 ひぅっ アイルたんとは違う、バカにするような低い声が響いたと思えば。 そこにはルークが平然と立っていた。 「何でルークまでいんの」 「それをこの国まで運んできたのは俺だぞ?」 「聖女の結界に入れなかったのに?」 「あれは異教の神を邪神とみなしてはじく。だが、その外なら問題ない。この国全体を覆っていた聖女の結界は、初代が死んでからは意味を成さない。それに塔も、あぁあれならもう意味を成さないな」 まぁ、この国が聖女や聖者を求める第1の理由が、神聖国全体を覆う聖なる結界を張らせるためだ。それが分かっているカレイド王国は、聖女や聖者が現れたら真っ先に国で囲い、そして神聖国に奉仕活動での協力はするが、それでも人身御供のように神聖国に差し出したりはしないのだ。 我が祖国ながら、代々の国王の人道的な考えには感謝してもしきれない。 「アイルたんは入れたよね」 「お前は神じゃない、人間だ。例えそれに連なる力を持っていてもな」 そう、ルークが告げれば、アイルたんが意味深に表情をこわばらせる。 「俺は、ティルを愛している」 「そうか」 「ティルが聖者じゃなくとも、俺に聖魔法を注いでくれなくとも、俺はずっとずっとティルだけを愛してきた」 ずっと、って。アイルたんはいつから俺のことを? 「何故、俺はグラディウス帝国が脈々と受け継いできた呪いを受けて産まれねばならなかった」 「お前が適合したからだろ。適合しなければその力に耐えられずに肉体が滅びる」 「―――っ」 「そうなれば、お前はこの世に今、存在しないな」 「―――そうだな」 アイルたんが抱えてきたもの。先代皇帝のことは、前世の知識でちょっと知った。そしてこの世界で前世を取り戻して更に詳しく知ることになった。 先代は征服戦争を好み、帝国領土を広げることに躍起になっていた。その際に、帝国の皇子皇女をより多くもうけた。 そして皇帝たる資質を見極め、福音を授けるだとかいう名目で、皇族に古くから伝わる異教の神の呪物を適合させる実験を行ったのだ。

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