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第45話 異教の神

―――始まりは、かつて初代聖女のお告げを受けてグラディウス帝国皇帝が侵略し征服した異教の民の国だった。その国では異教の神が祀られており、異教徒と言う難癖をつけて当時の皇帝が彼らを征服し、奴隷としたそうだ。 その際に彼らが大事に祀っていた異教の神の呪物を奪い取った。そしてそれを手にし、神の力を手に入れようとした皇帝はその身を崩壊させた。 それ以来、その呪物は帝国が厳重に保管していたと言われている。そしてその恐ろしい呪物の力が祖国を襲うことがないように、聖女は自身が暮らす塔に異教の神や悪しきものを寄せ付けないように神聖術式と言うものを開発しそして起動させた。そして国中を覆う結界を張った。 帝国は神聖国を裏切り者とし、そして神聖国は帝国を神の怒りに触れた暴虐の徒と蔑んだ。しかし初代聖女の力が色濃く残った神聖国に帝国は手を出せなかった。 その後数百年経っても朽ちもせず、そして壊すことも燃やすこともままならない呪物はまさに神のもの。そしてその力を取り込み、更なる力を得て、女神の聖地であるテゾーロ神聖国をも我が物にすることが彼らの醜き野望となっていた。しかし、誰もその呪物を取り込むことはできなかった。試しに異教徒の子孫にそれを試しても同じ結果であった。気が付けば異教徒の子孫ですら滅びた。 いつしかその実験はお蔵入りになったそうで、その頃には初代聖女の力も塔のみに付与されるものとなっていたが、初代聖女が遺した神聖術式があることで長年にわたり神聖国に手出しができなかった。 そしてその長年にわたりお蔵入りになった実験に興味を持ったのが、領土を広げ大陸の覇権をも握ろうとしていた先代皇帝であった。 先代皇帝は数多くの皇子皇女をもうけ、そして皇太子以外の子にその呪物を適合させる実験をさせた。その結果適合したのが現皇帝アイル、そしてそのおかげで生き残ったのが皇弟コンラートである。だから、彼らに他に兄姉がいない。 そして、そんな神の如き力を持った現皇帝アイルを、先代皇帝は戦争の道具にした。 だが、大陸中を血に塗れさせ、神聖国との間に不可侵条約を結んだカレイド王国にもその火の粉が降りかかろうとしたことがあったと言う。俺が13歳の時の話である。 それ以前は帝国とのやり取りは頻繁にしていたし、先々代皇帝の時代は案外親睦を深めていた。けれど俺が13歳前後の数年間の国際情勢は逼迫しており、カレイドの聖者や聖女を巡って神聖国とグラディウス帝国と3国によるいわゆる冷戦状態と言ってもいい。 その前は慈善活動を含めて俺が3国の橋渡し的な聖者の役割も果たしていたのだが。さすがに先代皇帝の侵略行為が本格化してからは長らく帝国に足を運ぶこともできなかった。 だが、結果的にカレイド王国は戦火を免れた。元々、先代皇帝がカレイド王国に侵攻すると言い出した時から臣の心も民の心も離れていた。そして、若干15歳の現皇帝アイルが反旗を翻し、皇帝と皇太子を殺し皇帝の座に就いたのだ。―――そして、皇后は自害した。 その後は俺も元通り各地に慈善活動に赴いていたし、カレー留学もしたけれど。あぁ、断罪茶番は痛い思い出だけど。 そして血に塗れた先代皇帝の時代があったからこそ、その暴虐帝から帝国を救い、平和に国を治めることを選択した現皇帝の支持者は多いのである。 けれども、その身体は先代皇帝が遺した呪いに蝕まれる。 そして己の力を好き放題に使う人間たちに、異教の神―邪神と呼ばれたそれ―は付け入るのだ。自身の力を利用し、自身を崇めた血族を(みなごろし)にした帝国への復讐のために。 ―――しかしながらそんな異教の神は、何故か俺が産まれた時から傍におり、気まぐれに護衛をしながらグルメを楽しんでいた。 俺がそれの真名を知っているのは、原作で得た知識の中にあったから。しかしながら、全く以って謎である。 「なぁ、何でルークは俺の傍にずっといるんだ?」 しかも、脳内テレパス使えるし。俺が先代皇妹の息子だからか? 「―――知らん。お前が呼んだんだろう?」 え、いつ?ちょっとわからなかったが、ルークも王城の方に足を進めるので、俺を抱っこするアイルたんもその後に続く。 「やはり気に入らん」 「アイルたん?」 「俺よりも、あの男がティルのことを昔から知っているとは」 アイルたんったら、その嫉妬かわいい。 「でも、今は俺、アイルたんにぞっこんだよ?」 「あぁ、嬉しい。俺もだ」 そう言って俺に頬ずりしてくれるアイルたん。え~い、お返し!俺もアイルたんの首に抱き着き、頬ずり返しをしてやろう。すりすり。 「ふふっ、ティル」 「アイルたんっ」 そんな風にイチャイチャしながら城の前に辿り着けば。衛兵が一人も立っていなかった。お構いもせずにアイルたんはその扉をぶち破り、中に入ってみれば。 「ラティラ殿下、いえ、今は皇后陛下ね!」 女王陛下やオフィーリアの弟妹たち、そして城のものたちと思われしひとたちが、避難所のようにそこに詰めていたのである。 ―――え、どうなってんの?これ。 「あ、お久しぶりです。女王陛下。こんな体勢で申し訳ありません。アイルたん、挨拶するからちょっと降ろして」 「嫌だ!」 むーっとむくれるアイルたん。やばたん。めちゃかわゆす。 「どうぞそのままで。むしろ両陛下は私たちの命の恩人ですわ」 え、どゆこと? その後、女王陛下が語ったのは衝撃の内容だった。 何と、暴動を起こした一部の信徒と、強力な禁忌の神聖術式を使ったオフィーリアが共謀し、城に絶対堅牢魔法を施し、女王陛下や弟妹、城で働く者たちを閉じ込めてしまったんだそう。幸い水はあったし、食料は備蓄があったが、このままでは飢え死にも覚悟せねばならなかったらしい。 オフィーリアはバカっぽいけど、無駄に光魔力が強いのだ。そしてこの禁忌の神聖術式はもとは城の防衛用に考え出されたものの、それほどまでに強い力を持つ王族は滅多に現われないことと、更にはこうしてひとを軟禁するために悪用もできると言うことでその術式そのものが消え去ったのである。 それをどこからか入手したオフィーリアと信者たちの凶行らしい。 そしてその情報が国外に出ることがなかったのは、一部の信徒たちがオフィーリアを女王として即位させ、女王陛下たちを罪人として捕らえさせたからであった。 もちろんそれに反発する声はあったが、オフィーリアの神聖術式には誰も手が出せず、今回のカレイド王国の使節団にもオフィーリアが隠れて俺を手に入れるために同行したのである。 なお、それは帝国で皇帝であるアイルたんと会談したオフィーリアがあまりにも失礼な態度を取ったため、アイルたんから抗議が行き、女王陛下がオフィーリアに謹慎を言いつけたことが気に食わなかったらしい。何ともはた迷惑な。 そして、オフィーリアがアイルたんに簡単に敗北し、そして塔の結界も壊れたと言うことで、早速騎士たちがオフィーリアたちを捕らえにいった。オフィーリアは憐れにも脅え切っていて老婆のようにしわくちゃになり、かつての美貌はすっかり失われていた。ルーク、お前何したん?何となく聞かない方がいいような気がした。 オフィーリアは女王陛下や弟妹たちの前に引きずり出され、その場で即刻首を刎ねられ死亡した。 最期まで私は悪くない、聖者の妻になって“聖女”になるなどと訳の分からないことを言いながらその生を終えた。 因みに、聖者の配偶者になったからと言って聖女にはなれない。聖者の俺がアイルたんの嫁だから、という理由ではない。聖魔法を受け継がないのであれば、聖女や聖者といったものにはなれないからだ。 そして、女王陛下の拡声魔法によって、悪女オフィーリアの死亡が国中に知らされ、そしてオフィーリアに加担し各地で威勢を放っていた信者たちは、オフィーリアの力が亡くなったことで根こそぎ反乱にあい、その場でほとんどが殺されたそうだ。生きて女王陛下の前に引きずり出された者たちも同様に処刑された。なお、カレイド王国に残っていた使者たちもオフィーリアに加担し、そして皇后誘拐に絡んだとしてカレイド王国から引き渡されて処刑となった。 俺はアイルたんと共に女王陛下に協力し、状況が落ち着いて暫く経った。カレイド王国から救援で来てくれたユーリや騎士たちと共に、炊き出しで豚汁をしれっと食べていたルークを引っ張って……女王陛下や神聖国民から深く感謝されながら、途中ルイスとラピス夫妻や父上たちに挨拶をして、グラディウス帝国へ帰国の途に就いたのである。

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