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第48話 いつもと違う朝
「へくちっ」
それは、テゾーロ神聖国から帰国し、目のクマがウチの祖国の宰相並みになっていたヒューイ・カエルム公爵ことグラディウス帝国宰相の顔に健康が戻りつつある、ある日のことであった。
―――いや、是非ともその健康の秘訣を祖国の宰相に伝授してやってほしいんだが。いや、別にウチの祖国の国政がアレだとか言うわけでもない。父上は賢王だし、カレイド王国の代々の国王は聖女・聖者問題からも分かるように名君が多いと言えよう。無論、国王として厳しくするところは厳しくするが。王太子のルイスも、王太子妃のラピスも優秀だし、ルイスの取り巻きたちも優秀だ。俺の信奉者兼取り巻きたちにも、常々やけを起こさずルイスとラピスを支えるようにと言ってあるから大丈夫だろうし。
この頃、平穏すぎて気が緩んでいたのもあるのだろう。
「へくちっ」
あれ、いつもよりも何か声高くない?
「ティル!?」
俺のへくちっに、目を瞠りながらアイルたんが馬乗りになっていた。いや、何故目を覚ましたらアイルたんが絶賛朝からやる気満々なのだろう。
帰国初日は仕方がなかったとはいえ、名残惜しいのも分かるのだけど。宰相のためにも朝は控えてくれ、アイルたん。
因みにブラコンラートもアイルたんが留守の間国政を手伝ってはいたものの、あれはアイルたんが脱ぎ捨てたシャツを与えておけば問題ないから放置で。
「ティル、何故」
アイルたんが驚愕している。へくちっそんなにびっくりした?
まぁ、聖魔法使いで魔力が尽きない限り自動回復可能な俺が風邪だなんて珍しいこともあるのだが。
そして次の瞬間アイルたんの手が俺の腰をガッと掴む。
―――ふえぇっ!?
やっぱり朝からやるの!?やっちゃうの!?
ドキドキしながら見守っていれば。すっと俺の身体が浮き上がる。いや、アイルたんに抱き上げられた。足は、シーツについてない??
眼下でぷらんぷらん揺れるのは俺のナニ……じゃなくてちったい両足!何でこんなにちったいの!?それに手も。
目の前に手を引き寄せてみればちったい。えっと、4~5歳か?
※ちったい=ちいさい
「ティル、なのか?」
「アイルたん」
「ティル、朝から何て愛らしいのだろう」
アイルたんの顔が近づいて、おでこにちゅっ、両頬にそれぞれちゅっ。こめかみにもちゅっ。あの、アイルたん。それは嬉しいんだけどちゅー多し。めっちゃちゅーしてくれた。でもロリコン疑惑には気を付けてね。いや、アイルたんはロリコンとかそう言うのじゃなくて、純粋に俺の全てを愛してくれているんだってわかってるけど。俺もアイルたんの全てを愛しているけども。
そして、思う存分ちゅーをしてくれたアイルたんはぎゅっと俺を抱きしめる。ふぃ~。アイルたんの胸の中に抱かれて。すーすーすー。
―――って寝たらあかんやんけっ!!
幼児だから!?見た目幼児だから!?せめて朝から元気いっぱいの幼児モードでお願いしますぅっ!!
そしていつの間にか脱げていたぶかぶかのシャツを着させられ、アイルたんに抱っこされてダイニングルームへ足を運べば。
「ほら、言ったでしょう」
と、得意げにグーサインを出すメイリン。
そして得意げなメイリンの後ろで驚愕しているユーリとクロード。
「みなのもの、すまぬが。産着を」
産着―――っ!!?アイルたん、多分それ違う!それ乳児用じゃね!?普通の幼稚園服にしてお願いだからせめて!!
※因みに帝国にもカレイド王国にも幼稚園は存在しない。あくまでも日本基準。
「幼児用の服ですね。すぐに手配いたしましょう」
クロード!やっぱりクロードは話わかるね!
「ところで、ラティラさまの産後の容態は?」
「そうです。聖者であらせられますから、大丈夫かと思いますが」
いや、待て待て、クロード!そしてユーリ!
メイリンは一体二人に何を吹き込んだ―――っ!あと、俺乳児じゃなくて幼児だから!そりゃぁ魔法で男性も妊娠可能な世界だけど、さすがに突然幼児は産まれないからね!?
さすがに一晩で幼児に成長したりしないからね!?
―――あと、神殿に魔法申請してないからぁ~~~っ!
※男性の妊娠に当たっては、神殿での魔法処置が必要
※なお、豆知識だが後宮内に属する皇帝の伴侶に関しては、神殿の神官長を堂々と呼んで魔法処置してもらうことができるのだっ☆
「うむ、問題はない」
いや、アイルたん。せめてそこは否定して。俺本人だから!産んでないから俺!因みに念のため再アナウンスしておくけど本編内での出産シーンはないから!
「それはようございました」
「安心ですね」
「ぐっじょぶ」
クロードとユーリに続いてメイリンがしれっと混ざってる。
「へくちっ」
『あれ、ラティラさま本人ですね』
いや、何でくしゃみ音で俺本人だと認定してんだよっ!!
「今朝もティルがかわいい。しかし、朝食はどうしたものか」
あ、そう言えばちったかったらアイルたんのご飯が食べられないか。聖魔力を込めればいいんだけど、前代未聞なこのちったい姿だし効くかな。
「離乳食がいるだろうか」
いや、いらな―――いっ!多分普通に幼稚園で両親の手作りお弁当食べられる年齢!!
「大丈夫ですよ。陛下。これくらいのお子さまでしたら……」
さすがはクロード!やっぱり常識人って重要だよね。うん!
「中身は大人のラティラさまですので、咀嚼して口移しでも可能かと」
「ふむ、ならば良いな」
良くない、良くない!何その新手のプレイは!いいから!咀嚼自分でできるから!
「あ、あの。冷凍食品があるから、それチンして出して。あと自分で噛める」
「んなっ」
アイルたんのその驚愕した表情の意味はどういう?
まぁ、そんなこんなで過保護組はそれぞれ幼児の服や魔動レンチン、子ども用フォークの手配などに向かったのであった。
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