51 / 74
第51話 皇帝陛下の執務室
―――さて、アイルたんに抱っこされて、後宮を出た俺。なお、皇后である俺は基本後宮を出て城内を歩くことはできる。城の敷地外に勝手にでることはできないけど。てか、アイルたんが許してくれなさそう。そんな独占欲満載なところも大好きだけど。でも脱走する理由もないし、そもそもアイルたんと一緒がいいから勝手に外に出るなんてするはずもない。
あれ、そう言えばルーク。よほど不味いものに当たって不調に陥っても、今まではちったくなることはなかったのに。今回に限ってどうして?まぁ、グルメ食品についてはメイリンに調達をお願いしたし。持ち直してくれると思うけど。
アイルたんに時間がありそうだったらルークのところに顔を出そうかな。
―――元気?ルギウスルイツァリオン。
―――う~、話しかけるな。今、頭痛い。メシ~。
取り敢えず、生きてはいるので大丈夫だろう。何せ不死の存在でもあるのだ。今回もおいしいものを与えれば復活しそうだから、様子見だな~。
そして、後宮を出て中枢に近づけば、段々と人通りも多くなってくる。さすがは帝国城だ。アイルたんに抱っこされながらしげしげと周りを見回していれば。
何だかぎょっとするような顔がちらほら。
みんなどうしたんだろう?
しかし悪戯に絡んで来ないのは、恐らくアイルたんが皇帝陛下だからだろう。そんな風に考えていた時、不意にアイルたんの胸に顔をうずめるように抱き直される。
「あいるたん?」
「こんなかわいいティルを、ひと目に晒したくはなかった」
ぐはっ。
んもぅ、アイルたんったら。俺もちょっと恥ずかしかったのでこれはちょうどいい。それにアイルたんの体温が伝わってきて心地よい。むふ~。
そしてうとうととしていれば。
アイルたんが椅子に腰を下ろしたのか、目線が低くなった。
あれ、いつの間に部屋に入ったんだ。
「あの、陛下」
「何だ、ヒューイ」
あれ、宰相?くるっと振り向けば、きょとんとした宰相の顔があった。
「い、生きてる!?」
え、何そのコメント!?
「あのっ、そのー。てっきり陛下がウサギのぬいぐるみを、その、抱っこしながら来られたのかと思いました」
すっかり顔色が良くなっていたはずなのに、ものっそい混乱しているらしい宰相。はたから見れば、フードで俺の顔が隠れてアイルたんが黒ウサぬいぐるみ(抱っこサイズ)を持っているように見えたわけか。
俺、うとうとしていたから。
「ぬいぐるみではない」
「では、いつの間に、皇后陛下が御子を?皇子殿下でよろしいのですよね」
いや、宰相 もかああぁぁ―――いっ!
※宰相ヒューイ:状態異常発動中(超混乱中)
「何を言う。我が夫 のティルだ。皇后だ」
「ろ、ロリコォンッ!!」
うわわ~、宰相が崩れ落ちたぁ~。
―――どうやら、宰相の混乱っぷりは相当らしい。
なお、執務室内には他にも多くの文官たちがいるが、みな固唾を呑んでその様子を見つめていた。
「あの、迷惑なら、俺は」
「何を言う、ティル。ティルが胸の中にいるだけでやる気が増す」
あ、アイルたんったら!はわわ~。
「そう言うことでしたら、早速どうぞ」
そう言って宰相がどでーんとアイルたんのデスクの上に書類を積み上げてきた。復活、早ぁっっ!!!
「俺が見てもいいものなの?」
「いえ、子どもが見たってわからないでしょう」
と、宰相。
「いや、中身大人だから。年齢まで若くなったわけじゃないから」
「あぁ、そうでした」
大丈夫か宰相!やっぱまだ混乱してるの!?混乱状態なの!?
「大丈夫です。機密文書ならばしかるべき場所で見ていただきますから」
まぁ、そうか。こんなに官吏がごった返す場所では見せんわな。
「そっか、それなら安心」
「ティル」
ふにっ。
アイルたんの指が俺のふにふにほっぺに伸びた。
「ヒューイとばかり話をしないで、俺を見て」
ぐはぁっ!
いつもとは違う視点からのアイルたんの甘えっ子モードもいとかわゆす。
あぁ、アイルたんの胸の中に抱かれながら。すっごい幸せ。てか、身体が幼児になったからか、風邪気味だからか、ちょっと眠たいかも。
「さぁ、ちゃっちゃと捌いてくださいよ」
わぁ、宰相の生き生きとした鬼コールが聴こえるよぉ。
「むにゃぁ~」
アイルたんの両手が高速で動いていくのをぼんやりと眺めながら、うとうとうと。
「陛下、面会の要望が来ておりますが」
「要件は?」
アイルたんのいつもの甘い声ではない、皇帝らしい凛々しい声である。
「はい、是非とも陛下にご覧いただきたいものがあると。~~侯爵からです。またいつものご機嫌取りのようですので緊急性は低いかと」
「ならばまず資料を寄越せ。緊急ではないのだろう。先ぶれもなく来るなと追い返せ」
マジで!?アイルたん容赦ねぇっ!
「はっ!皇后陛下の眠りを妨げるなど、万死に値します!とっとと追い払ってまいります」
「あぁ、槍で突っつき返せ」
―――ん?俺の眠り?
「陛下、こちらの~~~は」
「こちらの確認を」
その後も次から次へとくる問題を、てきぱきとこなしていくアイルたん。さすがは皇帝陛下。わぁ、我が夫がかっこよすぎる!
それにたまに俺の頭なでなでしてくれるし。この姿もなかなかいいものだ。
「皇后陛下がちったくてかわいくなられたと聞いてきましたぞー!」
「帰れ―――!皇后陛下のかわいらしいお顔を拝ませるなーっ!」
「皇后陛下の眠りを守るのだー」
いや、なら静かにしろよ。何の争いしてんの?でも。
「ん、あいぅ、たぁん」
そう、寝ぼけながら呟けば。アイルたんからの優しいなでなでと、何故か執務室内外に、優しく静かな空気が流れだした気がした。
ともだちにシェアしよう!