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第55話 娘たちの旅立ち
―――出会いと別れの季節、それは卒業式シーズンだけとは限らない。(※地球基準)
年が明ければどの国でも祝賀ムードを迎える。この、グラディウス帝国でもそれは同じ。
そしてそんなおめでたい祝賀会では、功績を打ち立てたものへの褒章も与えられるのだ。
だからこそ。
「リリィ姫、ナディア姫、ミリア姫。今日この日をもって、みんなは後宮を卒業していく」
俺の前には3人の姫君たちがいる。
リリィ姫は銀色の流れるような髪にアイスブルーの瞳を持つ美少女だ。北方の雪国ノルド王国出身の姫君で、グラディウス帝国のアイスフィールド辺境伯領と国境を抱える国の姫である。
彼女はこのグラディウス帝国の後宮でノルド王国の特産品であるお砂糖を使った様々なスイーツを考案し、スイーツ業界のプリンセスとも言われるようになった。そして祖国ノルド王国へナディア姫の故国・サザン諸島の郷土料理カレーを伝えたとして、ノルド王国にもその名声は届いているのだとか。
更にナディア姫は長い黒髪にダークグリーンの瞳、浅黒い肌を持つ南国のグラマラス美女である。彼女はカレーを通じ、世界各国に名を轟かせることになった。
才女である彼女は様々な言語を使いこなす。彼女がアピールするカレーは世界各国の事情に合わせて果敢にアレンジされ、更には魔法師団と共同で開発したカレーの固形ルーは世界のカレー事情に革新をもたらした。彼女は今や、カレークイーンと呼ばれている。
(※王女です)
そして名前初出のミリア姫はグラディウス帝国の侯爵出身のご令嬢である。ライトパープルの長い髪をハーフアップにして左右でお団子にしているアメジストの吊り目がちな瞳の美少女である。彼女は剣を嗜む。グラディウス帝国の後宮には専属の女性騎士たちがいる。俺(皇后)がルークと女性騎士と一緒に気晴らしに剣を振り回していたらものっそい食い入るように見てきたので、誘ってみたら彼女も参加するようになった。彼女は奥ゆかしい令嬢然とさせられることに相当鬱憤が溜まっていたらしく、それ以来生き生きと剣を振り回すようになった。後宮の女性騎士たちからも一目置かれている腕らしく、ルークも筋はイイと言っている。
なお、彼女が妃候補なのに剣の訓練に混じっていいのかと聞かれれば。俺(皇后)も混じっている以上、許可しないわけにはいかない。
無論、怪我をしないように彼女と俺が参加する時は模擬剣を使っている。
あと、俺聖者だし。何かあった時用のポーションも備えて万全の態勢で臨んでいる。
「みんな、何かあったらいつでも帰ってくるんだぞ!」
「―――いえ、皇后陛下。それはダメですから絶対」
俺の後ろで目を光らせている宰相にすかさずツッコまれた。
「あと、卒業ではありません。皇帝陛下直々に功績を打ち立てた家臣たちに下賜されるのですよ」
「い、いいじゃんっ!こういうのって雰囲気大事じゃん!?」
「いいから!今から姫たちが後宮を出るんですから!夫となる家臣たちが外で待っているんです!ほら、早く!」
因みに下賜については、先に他の臣下たちの前で必要な儀式は終了していて、彼女たちも夫となる殿方とは顔を合わせている。今は後宮からそれぞれの臣下たちのもとへ引き渡す場面である。
先にアイルたんが後宮の外で臣下たちと待っているので、俺は宰相に急かされながら彼女たちと一緒に後宮の外へと向かう。その道中には女性騎士たちも涙を呑みながら見守っている。
普通、皇后が立ち会うことはないのだが。
しかしながら。
「みんなは俺の娘みたいなものなんだ!娘の嫁入りに顔を出さない母親などいない!」
「いや、違います。確実に違います。あんた皇后で彼女たちはもと妃候補。妃になった暁には皇帝陛下の妻になる姫君たちだったんですから」
宰相からまともなツッコミがまたまた入る。
「でも、そんな皇后陛下だからこそ、私たちはここでやっていけたんです」
リリィ姫!そんな風に言ってくれるだなんてお母さん(※いや、だからオカンと違う)は嬉しいよ!
「えぇ。皇后陛下は聖者と言うよりも、私たちにとっては聖母です!!」
ナディア姫ったら、俺ったら聖者から聖母にアップグレードしちゃったわぁ。
「その上、私たちの見送りにまできてくださって、感無量です!後宮を出ても、私は陛下のことをいつまでもお慕い申し上げます!!」
ミリア姫ったら、全くもう(笑)。
因みに(笑)の真の意味については後程判明するぞっ☆
「それじゃぁ、みんな」
「はい、とっとと行くっ!!」
宰相に急かされ、今度こそ後宮を出て、アイルたんや彼女たちの夫となる臣下たちの前に躍り出た。
リリィ姫の夫はアイスフィールド辺境伯。辺境伯はアイルたんにとっても旧知の仲で忠臣中の忠臣だろう。国境を守るアイスフィールド辺境伯にその国境の向こう側のノルド王国の姫が嫁ぐことで、両国の友好を深める効果も生まれる。
アイルたん曰く、見た目はクマみたいなマッチョで顔に傷があってコワモテだが根は優しいらしい。
リリィ姫はマッチョが割と好きらしく、そのコワモテ度、男の勲章もドストライクだったらしく、ふたりの仲は上々である。特に女性に……リリィ姫のようにかわいらしくキラキラとした目を向けられたことのない辺境伯はめちゃくちゃ照れていた。
―――だがしかし。
「リリィ姫、もし辺境伯領で虐められたら、いつでも言うんだぞ。俺が自ら辺境伯に決闘を申し込んでやるからな」
「皇后陛下!」
リリィ姫も俺の言葉にほっと安堵して微笑んでくれる。
「いや、皇后陛下。それはシャレにならないんでやめてください」
と、宰相。
「では、夫の俺が」
アイルたんが手をあげる。
「皇帝陛下もダメです」
すかさず宰相。
「両陛下のご期待に応えられるよう、この身にかけて生涯大切にいたします」
「辺境伯さま!」
「これからは夫婦になるのだ。どうぞ、ザックと。リリィ姫」
「では、ザックさま」
そんな宰相のマジツッコミもアイルたんのマジボケも寄せ付けないほど、てれってれな辺境伯と頬を赤らめて嬉しそうにしているリリィ姫。うん、何だか既に仲睦まじい。
―――アイルたんの采配に、敬意を!!
これからもこうして少しずつ候補たちが旅立っていくのだ。
少し寂しくも感じつつも。
次はナディア姫。彼女は魔法師団員で外交官も務めるアイルたんの忠臣に嫁ぐ。カルダモン侯爵と言うらしい。家名からして、めっちゃ相性良さそう!お相手は文官肌で、二人とも良くしゃべるし固形ルー開発・広報活動でも親しんでいるそうなのでなかなかいい雰囲気だ。
「ナディア姫。元気でな。もし、カレーでケンカした時はいつでもお母さんのカレーを食べにおいで」
「はい、皇后陛下!」
「―――いや、だからお母さんって誰ですか皇后陛下」
「いいじゃないか、宰相!俺はサザン諸島でカレーの母と言う称号を得ているんだから!」
例のカレー留学の際に地元のママンたちにもらった称号だ。(※非公式。履歴書には書けない)
「皇后陛下ったら、さすがです!」
ナディア姫も目を輝かせている。
「今度はカレーの母カレーを商品化しようか~」
「まぁ、いい考えですね!」
早速、カレー談議に移行した二人も問題なさそうだな。
―――そして。
「ミリア姫。もしも嫌になったら、後宮にいつでも部屋を用意しておくから、引き籠っていいぞ」
俺はミリア姫にグッドサインを出す。
「はい!皇后陛下!」
彼女は早速騎士の礼を取る。
「いや、マジでやめてください皇后陛下」
その俺たちの言葉にマジでドン引きしていたのは未だ未婚の近衛騎士副団長であった。因みに団長の方は既婚者。彼の未婚については、近衛騎士団員の悲願だったらしく、ようやく彼にも春が訪れたのである。
「でも、職場は相変わらず後宮だからな。虐められたりしたら言うんだぞー」
「はい、皇后陛下」
その通り、ずっと独り身だった近衛騎士副団長に下賜されるミリア姫は、後宮を出たら念願の騎士になる。しかも職場は近衛騎士団後宮部隊である。つまり、結局戻ってくる。先ほどの(笑)の意味が良く分かっただろうか。
ついでに、今回の下賜にあたってアイルたんより帝都に屋敷を一緒に与えられたため、ふたりはそこで生活するらしい。
近衛騎士副団長は元平民で、数多くの功績を打ち立てたことにより爵位は持っている。だが、実力はあるものの後ろ盾が弱い。だからこそ皇帝陛下に貴族の姫を下賜されることは彼のためにもなる。
「その、末永くミリアさんを幸せにします」
「はい、よろしくお願いします」
副団長はよく“剣と私のどっちが大事なの!?”と言われて振られ続けてきたことが心に傷になっているらしく、結婚にも奥手になっていた。同じ剣を嗜むミリア姫ならばとアイルたんの英断が下されたようだ。
こうして、俺は本日3人の娘たちの旅立ちを見送ったのである。
「みんな幸せになれるといいなぁ」
「ん、俺たちも」
そう言うと、アイルたんが俺の腰に腕を回して微笑んでくる。
アイルたんったら。
「……何だか、娘たちの嫁入りをしみじみと見つめる熟年夫夫 の気分だね」
「だから、違うでしょうがっ!!」
そうして宰相閣下のシメのツッコミが飛んでお開きとなった。
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