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第56話 皇后陛下の旅立ち
―――グラディウス帝国城・行政部
年始の恒例行事や式典ラッシュを済ませると、城に仕えるものたちが本格的に正月休みを取り始める。もちろん、国政に影響がないように順番に取ることになる。そんな正月休みシーズンの前日は、大体のものたちの多くが午前中で仕事納めをし、護衛騎士や当直の官吏たちを除きほとんどの者が早めに上がる。
そんな正月休みシーズンの前日。行政部の長でもある宰相も、行政部の官吏たちを早めに上がらせ、後は何もなければ自分と直属の補佐官も折を見て撤収と言った流れになる予定だった。
―――補佐官が、行政部にとある報告を持ってくるまでは。
「たっ、大変です!宰相閣下!」
補佐官の鬼気迫る表情に、宰相ヒューイ・カエルムは何事かとデスクから立ち上がる。このような日に一体誰が問題を起こしやがったと眉間に皺を寄せつつも、まずは息せき切って駆けこんできた補佐官を落ち着かせる。
「お、落ち着くんだ。いかなる時も冷静沈着に!」
「し、しかし!」
補佐官の様子から見て、宰相ヒューイは尋常ではない雰囲気を感じ取る。
「は、はい。ついつい、取り乱しました」
この補佐官が取り乱すなど珍しい。一体何があったのだと宰相・ヒューイも今年の正月休みシーズンもおちおち休んでいられないかと覚悟を決める。
「じ……実は」
呼吸を落ち着かせた補佐官は、ゆっくりと口を開く。
「帝国城内で、料理人たちが!」
ん、料理人?ヒューイは首を傾げる。彼らも火の元の最終点検を終えて順次撤収するはずだがと思い、まさかその不備があったとでもいうのか!?ヒューイは最悪の事態と解決策をいくつも脳裏に浮かべた。
「謎の黒々とした泥のような液体を、城内に残っている者たちに配り歩いていると」
「―――何だ、それは」
想像していたものとかけ離れていたその報告に、思わずヒューイも唖然とする。
「みな、その泥のようなものを嬉々として食しているのを、ところどころで見かけ、逃げだす者もやがては捕まり、その泥のようなものにしゃぶりつくのだそうです」
「何だ、それは!料理人たちは一体何を考えている!話は聞けたのか!」
「え、えぇ、まぁ」
何だか歯切れの悪い補佐官に、ヒューイは首を傾げる。
「どうした、言ってみろ。解決策に通ずる情報は一つでも多い方がいい」
「え、えぇ。確かに仰る通りなのですが」
補佐官は戸惑いつつも、ゆっくりと口を開く。
「―――その、発案者が、“皇后陛下”だそうです」
補佐官の言葉にヒューイが絶句する。
「また、皇后陛下か」
「はい。またです」
こくりと頷いた補佐官に、口角をひくひくさせながら宰相は溜息をつく。
「全く、いつもいつも何を考えているんだ、あの皇后陛下は!いきなり世界をカレーで埋め尽くさんとしたり、その次は冷凍食品、冷凍料理!」
「まぁ、でも結果的に役に立ちましたよね。カレーは北部で人気がでましたし、固形ルーが開発されたことで騎士団も積極的に訓練や遠征の際の昼食などに登用しています。城でも大人気な上に作る手間も省けてレパートリーも多いと言うことで大好評。今では城の人気ランチランキングでトップ3を全てカレーが占めています」
「うぐっ、それは確かにそうだが」
「冷凍食品や冷凍料理もいいですよね。城で働く一人暮らしにとっては頼れる味方ですし、忙しい時にもレンチンすればすぐ食べられる。厨房でも新年の祝い事ラッシュの多忙を極めた時の賄い料理として重宝したと報告を受けております」
「―――あぁ、大変気に食わんがな」
「あと、最近は皇后陛下のアイディアで魔法師団の研究部がフリーズドライと言うものを研究しているそうですよ。厨房で試しに使っているこのフリーズドライ麺シリーズを、ついでにもらってきました」
補佐官がヒューイの前に並べたのは、ラーメン、うどん、焼きそば、ソーキそばの4種のフリーズドライ麺であった。
「お湯を注いで3分待てば食べられるそうですよ。これも一人暮らしにとっては嬉しいですし、価格も抑えられるとのことなので家計にも優しくなるらしいですよ。忙しい時にはとにかく便利らしいです」
「本当に、あの皇后陛下は何がしたいんだ」
「やっぱり、グルメで世界征服ですか?なぁんて」
「グルメって、その泥のようなそれはグルメなのか」
「―――どうなんでしょうか」
「まさかとは思うが、散々我々を信頼させた上で何か企んでいるのでは?危険物でも入っているんじゃないのか」
「え、でも、皇后陛下って聖魔法使いの聖者ですよね?聖者が触れたものは穢れを祓うそうですよ」
「あぁ、だからこそなのか皇帝陛下も皇后陛下が作った料理だけはパクパク食べるんだよ」
「いやぁ、本当に両陛下は仲睦まじくて微笑ましいですよね~。この間なんて何故かちったくなってた皇后陛下をとても大切そうに愛でていらっしゃいましたし」
「そうやって我らを油断させているのだ!あの皇后は!てか、何でちったくなってんだあの皇后陛下!どう言う原理だそれは!」
「何か、聖者の宿命とか言っていらっしゃいましたね。祖国のカレイド王国に確認したところ、きっと皇后陛下ならやりそう(笑)とあちらの宰相閣下から返答が来ました。因みにあちらはまだ10日ほど激務だそうですよ」
「―――そうか。だがあの人は不眠症だから、ギリギリまで働きづめにしないと寝られないそうだからな」
「逆にすごいですよね。快眠のコツ教えて差し上げたらどうですか、閣下」
「そうだな、今度またリラックスして眠れるアロマでも贈っておこうか」
「―――でも、皇后陛下については完全無欠の皇帝陛下がでれっでれなんですよね。それだけでなんでもありな気がしてきちゃいますよー」
「くっ!既に皇帝陛下を懐柔させられているのは痛いな!」
「皇帝陛下は最強なのに放っておくとボケ倒しになるので、宰相閣下だけが頼りですよ」
「……何の話をしているんだ?」
行政部では、いつの間にか話が脱線していたが、瞬時に二人とも皇后陛下の謎の企みを思い出して頭を抱えるのであった。
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