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第60話 ラティラの策謀
―――さて、すっかり平穏を謳歌しているこの世界。
かつての戦々恐々とした原作小説の世界観など微塵も感じない。しかしながら俺は、常にかもしれないを意識してきたつもりだ。
みんなも忘れていると思うが、ラピスの実家でもあるレガーロ公爵家について。あそこは根こそぎ関係者が処分された。そして新たな公爵となったのはラピスの叔父である。その叔父自体はとても優秀で王家に忠誠を誓っている。ただ、妾子であるが故一門内で軽視され、彼は片田舎へ追いやられていたのだ。
彼自体は問題ない。ルイスにも確認したが、彼は一臣下として国に尽くしているらしい。しかし、問題はその息子なのである。ずっと片田舎での暮らしが嫌だと思っていたその子息は、父親が期せずして公爵と言う地位に収まったことで天狗になる。父親は至極真面目、母親は健気に彼女の夫である息子の父親を支える公爵夫人。
息子は考えた。何故、貴族の最高位に収まったのに、贅の限りを尽くさないのか。毎日豪華な食事を食べたい。派手な服を纏って宝石を買いあさりたい!そう企む息子は父親の知らぬところで多額の借金をする。そしてただでさえ先代のせいで逼迫していた公爵家は破産寸前まで追いやられてしまうのだ。
息子は理解していなかった。如何に公爵家の財政が火の車であったか。何故父親が元嫡男であった異母兄に代わり公爵となったのか。
そして思い通りにいかぬ煩わしさを紛れさせるように、従妹で美少女であるラピスに手を出すのだ。原作小説でのラピスは王太子の婚約者で既に公爵家を出て城で暮らしている。自分とは違い贅沢な暮らしをし、食事をし、ドレスや宝石を身に着けている。彼はそれに嫉妬したのである。
原作小説においてはまだこの時点ではラピスとルイスは婚約者であった。その時点で公爵家を既に出ているのは、先代の罪もあったし、彼女が聖女であったから国が保護を目的として城に引き取ったのである。
そんな彼女が“聖女”であるが故に贅沢ができていると考えた息子は、聖女を自分のモノにして、贅沢な暮らしを謳歌しようと企むのである。
そして彼に襲われかけたラピスは、間一髪でルイスに助けられるものの、心に深い傷を負ってしまう。原作小説は、ラピスとルイスに何故こうも残酷な試練を与えるのか。いや、多分その方が盛り上がるからなのだろうが、ふふふ、原作小説め!そうはいかないぞ!
何故なら現実では既に、ルイスとラピスが結婚してしまっているのだからな!そして俺はラピスとルイスが心の傷を負わないよう秘密裏に手を回した。
「メイリン、例の件はどうなった」
「手筈通りだよ」
俺の背後にすっと姿を現したのは、俺の影筆頭であるメイリンであった。相変わらず見事なお団子ヘアーである。一度俺もメイリンによってお団子ヘア―(※お団子部分は付け毛)にさせられそうになりクロードに泣きついて助けを求めたこともある。
いや、これについてはどうでもいい。その夜アイルたんにベッドの中でよしよししてもらったし。
「王都のどのブティックも仕立て屋も宝石店も、レガーロ公爵令息からの注文、購入は受け付けない。更にそれに対して令息が暴れるものだから、今では門前払いを喰らっている。無論、公爵が必要な分については注文に応じているけれど、家計が逼迫していて火の車であることは重々承知。公爵になった時に注文した礼装以外はほぼ手つかずだよ。それよりもまず領民たちの生活を成り立たせることに力を注いでいる」
うん、やはり有能な人材だ。だからこそ、それに躍起になり領地と王都の間を飛び回り、その隙に令息がやらかすのだ。
「ルイス殿下もラティラさまの忠告通り、躍起になって対策に取り組んだからね」
うむ、我が弟ながらとても良くやってくれている。なにせ最愛のラピスのためである。因みに、原作と同様に令息は公爵令息としてルイスの新たな側近候補として現れるのだが、ルイスは俺の忠告を聞いてそれを断った。
そもそも、ずっと田舎で暮らしてきたやつだぞ?妾子で冷遇されてきたとはいえ公爵家で、もしもの時のスペアのために最低限の教育を受けた父親の公爵と、公爵家との政略結婚で結婚した貴族令嬢であった母親とは違い、そもそも礼儀作法も教育もまともに習っていないはずだ。よく両親に学んでいればましだったかもしれないが、原作小説、そして実際に調査した性格や本人の素行を鑑みれば、碌な育ち方をしていないのは明らかだ。
そのため、ルイスは側近候補としてやってきた時点で、徹底的に奴の素行について糾弾することを勧めた。その結果ルイスは、まず挨拶の時点で王太子である自分への礼儀がまるでなっていないと怒りをあらわにしたそうだ。
普段怒りをあらわにすることが滅多にないルイスだ。周囲が驚いたであろうことには想像に難くない。しかし報告では、彼の態度にはルイスの現在の側近たちや護衛騎士たちも怪訝な表情を隠せなかったらしい。
彼は出禁になる前に公爵が揃えた礼装をキラッキラに飾り立て、そしてジャラジャラと宝石を身に着けてきたそうだ。因みに宝石はレガーロ公爵家に元々あったもので、先代一家が浪費して貯めたものである。公爵はそれらは家計のためにとっとと売り払う予定だったのだが、その前に令息がくすねたらしい。
公爵はそれらを売り払うに当たり、ラピスにしっかりと確認し、彼女の実母の遺品などは彼女に無償で返却しつつあったのだが、それでもその穴を縫って令息が盗み出したのだ。
―――そして、見えない位置からラピスにそれらを確認させ、ラピスの実母の形見が含まれていたことから、その件で公爵を即呼び出し、彼の宝石を剥ぎ取りその場でラピスに返却させた。
もちろん、令息のギラギラな格好を見て、公爵は怒りをあらわにした。令息を王城まで運んできた馬車の御者も令息が賄賂を渡して懐柔、更に唯一付けていた侍女にも手を出して懐柔していたのだ。まぁ、これらは後日明らかになったことだが、公爵が最低限の身なりをしているのに令息の身なりは異常だった。その場でパンイチにされた令息はそのまま公爵家に連れ戻され、御者、侍女も含めて狭い別室にそれぞれ軟禁されたそうだ。
その他にも令息の部屋を確認したら、出てくるわ出てくるわ。盗み出した贅沢品や宝石類。更には息子が王都の多くの店から出禁になっていると知らされた公爵。ルイスは本当に良くやってくれた。ブティックや仕立て屋、宝石店のみならず、飲食店にも手を回し、レガーロ公爵家は火の車で、つけ払いは一切できる状態ではないと言う情報を回し、多くの飲食店が令息に出禁を言い渡したのだ。もちろん、その場で暴れれば衛兵に捕えられた。
もちろん彼は自分は公爵令息だぞと言っても、聞く耳を持たれなかったそうだ。だって、そのバックには王太子のルイスがいるのだ。衛兵たちもバカげた公爵令息なんて相手にしない。むしろ、国民的聖女であり美少女のラピスの実家の汚名を堂々と晒すバカ令息を相手にするものなどいない。むしろ恨み節。
その結果度を超えて、更に王太子を激怒させ、ラピスの実母の遺品を不当に盗み出したバカ令息は廃嫡の上修道院に送られたそうだ。一生修道院から出られない。更に公爵は一門からラピスの実母の実家の傍系から養子をとることに決めたらしい。
公爵だって被害者だろうに。せめてものラピスの実母への償いと言ったところか。
こうして、一つのフラグが壊滅したわけだ。
元バカ令息の行き先について、テンプレだと思っているみなも多いのではないだろうか。しかし、忘れてはならない。ラピスは聖女と呼ばれる聖魔法使い。かつて祖国の王子であり、聖魔法使いとして祖国民に広く知れ渡っていた俺は聖者と呼ばれる。
―――修道院や孤児院と言う類は大体が神殿に併設されている施設のひとつである。経営法人は神殿である。だからこそ、そこはラピスを悲しませ、そして俺も大いに怒っている。それを秘密裏に祖国の神殿に吹き込んでやった以上、修道院での元バカ令息の扱いは言わずもがな底辺の底辺である。
「あぁ、愉快よの。我が才能が、恐ろしいぞわはははは」
「何言ってんの?ラティラさま。あと、【現在のラティラさま】を皇帝陛下の執務室で生中継中だよ」
そう言うメイリンの掌の上には、魔法水晶が乗っかっている。
な、なんと!?この映像が、皇帝アイルたんに筒抜けだと!?
「んっ、アイルたん大好きっ」
「うん、これでこそいつものラティラさま」
どう言う意味だろう。まぁいいか、そして俺はこのあと1時間ほどアイルたんへの愛を水晶玉に向かって囁きまくり、颯爽とアイルたんが俺の執務室に現われ回収されたのは言うまでもない。
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