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第62話 ツェツィの事情
「これは一体」
「ここ数週間で、これだけ届いたのです」
俺はユーリと共に、女性用後宮の執務室に赴いていた。無論、基本はアイルたん以外の男子禁制なのでしっかりと許可は得ている。あと、執務室より奥には俺でも基本は入れないようになっている。緊急時など必要に応じて皇后の指示が必要な場合は除くが。
そんなわけで、俺とユーリは女性用後宮を任せているツェツィと女官長と面会をしていたのだが、その際に見せられたのが手紙の山である。
一応執務室には後宮騎士隊の騎士たちも控えている。
「これ、全部ツェツィ宛てか。しかも差出人が」
―――ジャラムキ王国の王子である。
「中を見てもいいか?」
「も、もちろんです」
ツェツィが躊躇いながらも力強く頷いた。ツェツィの顔色が随分と悪いな。もともとジャラムキ王国はツェツィの祖国とすこぶる仲が悪い。しかもジャラムキ王国の王女は後宮への候補入りすら拒否られているのだ。
まさか、脅しの類か?
恐る恐る文を開いてみれば。
―――
ツェツィ・ヴィンデルさま
あなたが我が宗主国の後宮に候補として入られてから幾星霜。あなたに会えない日々がとてもつらく感じており、食事もまるで喉を通りません。
更には候補入りしてからというもの、ツェツィさまは未だに妃になられていない。しかも我らが皇帝陛下は我ら属国の王女を差し置いて外国の王子を皇后に据える始末。
更には皇后は聖魔法使いの聖者だと聞き及んでおります。
あぁ、麗しのツェツィさま。グラディウス帝国の属国の中でも高位のヴィンデル王国の姫であるあなたが後宮で冷遇されている現状はとても嘆かわしい。
私にあなたを迎え入れるだけの力があればいいのに。
あなたの愛しのソラン・ジャラムキより愛を込めて
―――
ぐしゃりっ
あ、しまった。
「すまん、ついつい、手紙を握りつぶしてしまった」
「いえ、むしろ切り裂いていただいてもいいのですが、証拠ですからね」
女官長も容赦ねぇな。まぁ、だからこその女官長である。
「ツェツィはソラン殿下とは親交があるのか?」
例え仲が悪い国同士とは言えグラディウス帝国の属国同士。多少は接点もあるだろう。外国であるウチの祖国でも両国の王族とは親交があるからな。
「え、えぇ。ですが、両親も兄 さまもなるべくソラン殿下と私が関わるのを極力抑えてくださって」
「それは、何故?」
「そのぅ」
いつもはきはきしているツェツィの様子が、やはりおかしい。
「ツェツィさま。ここはわたくしから」
「うぅ、ごめんね。レオナ」
「遠慮されることはありません。お任せくださいませ」
“レオナ”とは女官長の名前である。彼女はよくツェツィを補佐してくれていて、ふたりの仲もとてもいいようだ。
「実は、以前よりツェツィさまに付きまとっているようなのです」
「え、付きまといって」
まさかとは思うけど。
「いつから」
「後宮入り前からだそうです。ツェツィさまがまだ祖国におられたころから、偶然パーティーでお見かけして気に入られたとかで、以来手紙や贈り物をしょっちゅうしてきたり、ヴィンデル王国へ外交と称して押しかけたりと酷いものらしいです。皇帝陛下が即位されてからは皇帝陛下よりガツンとジャラムキ王国へ忠告していただいたのですが、それでも外交上の付き合いだから必要なものだとの一点張り。あとは長年いがみ合ってきた両国の親交を深めるためだと主張しているそうです。そして、その友好の証のためにツェツィさまとの婚約を何度もせまったそうなのです」
「典型的なダメ王子じゃねぇか」
「さすがは皇后陛下。感心いたしました」
「うむ、苦しゅうないぞ」
「ラティラさま、そのセリフは何ですか?よくわかりませんけど」
ぐはっ
調子に乗って女官長とやり取りをしていれば、ユーリからまともなツッコミが入った。げほごほっ。
「業を煮やしたヴィンデル王国の王太子殿下が皇帝陛下へ相談し、宰相閣下の計らいでツェツィさまは後宮へ妃候補入りされてのです」
そうか。妃候補が後宮入りすることに関しては様々な背景があるけれど、ツェツィはだからこそ後宮入りしていたのか。ヴィンデル王国はグラディウス帝国への忠誠度は高いし、ツェツィの両親も王太子もツェツィを後宮入りさせてまで権力に固執するタイプじゃない。むしろ、嫁に出したくない感がめっちゃすごいぞあの王室。
「そう言う背景があったのか。でも、後宮入りしたのなら少なくともアイルた……いや皇帝陛下の妃候補だ。そんな妃候補に横恋慕とか、皇帝陛下嘗めてんのかと俺は言いたい」
「さすがは皇后陛下です」
「女官長、あまりラティラさまをおだてないでください。調子に乗るので」
ぐほぁっ。
ユーリよ。やはり優秀な秘書官である。俺のことをとっても良く分かっている。
「後宮騎士隊の情報によると、最近ジャラムキ王国の方で大規模な魔獣討伐があったそうです」
「ほぅ?」
「そこでくだんの王子 がとても優秀な功績を残されたのだとか」
マジか。俺王子に“ストーカー”ルビは振られたくないわぁ。せめて王子 にして欲しいと切に願う。
「ほら、皇帝陛下が最近後宮入りした候補たちを功績を残した家臣に下賜されたでしょう?それにあやかり、皇帝陛下へ長年恋人関係にあるツェツィさまを褒賞として欲しいと主張しているそうで」
「いや、何その恋人関係って。ただのストーカーじゃん。俺なんて皇帝陛下に四六時中付きまとえる自信はあるけど、それは俺と皇帝陛下の間に愛があるからで、お互いが愛し合っているからで。一方的な懸想でそんなことを騙られては困る!俺と皇帝陛下の愛を貶す行為だ!」
「四六時中は無理ですよ。お仕事あるでしょう?」
ぐはっ。た、確かにユーリの言う通りである。あと、単純に宰相にめちゃ叱られそう。
「た、例えだよ。例え。とにかく、この件は俺から皇帝陛下に話すよ」
「あ、ありがとうございます。皇后陛下」
ツェツィが俺に頭を下げてくる。
「いや、いいよ。気にしなくていい。あと、いつも通りラティラでいいから」
「はい、ラティラ陛下」
どうやら、この問題を打ち明けられたことでツェツィの様子も少し落ち着いたようである。
「とにかく、ツェツィは今日は休ませられるか?」
「えぇ、もちろんです」
「だけど」
女官長の言葉に、ツェツィが反応する。
「顔色が悪い。今日は休んだほうがいい」
「は、はい」
「あと、後宮騎士隊」
「はっ」
俺が呼ぶと、現場責任者の女性騎士がこちらへやってくる。
「もしもの時のために、後宮の警備を厳重にしてくれ。あと、ツェツィにはそうだな。ミリアを傍につけてやってくれ。ミリアなら護衛もできるし、侍女もこなせる」
彼女は元妃候補で現在は後宮騎士である。元々良家の出身である彼女は侍女も間違いなくこなせるだろう。こういうのはフラグがたつものなのだ。そのフラグを最低限叩き折るためにも、ツェツィのなるべく近くに護衛もこなせて信頼がおける人物を配置したほうがいい。
もちろんツェツィにも国から連れてきた専属侍女がいるのだが、対策するにこしたことはないだろう。
「御意」
女性騎士は応じると、早速指示に移る。
「何から何までありがとうございます」
ツェツィは遠慮がちに俺にぺこりと頭を下げる。
「気にするなって。ここの管理の総責任者は俺だから。とにかく、今日はゆっくり休め」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
ツェツィは女官長と迎えに来た彼女の侍女、そしてミリアと共に執務室を後にした。
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