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第64話 薄闇の中の襲撃
―――事件が起こったのは、その数日後のことであった。
「おい、起きろ」
「んにゃぁ?」
今夜は月がきれいだなぁと寝入っていたら、不意に頭上からルークの声がしてハッとして目を開けた。
「ルーク?なぁに?」
「何か、入ったな」
そう告げたのは、むくりと身体を起こしたアイルたんだった。アイルたんの温もりがちょっと恋しいのだが、何だかルークがやけに真剣である。
「どうしたんだ?」
眼を擦りつつもルークとアイルたんを交互に見やる。そう言えばアイルたん、さっき“入った”って言ってた?
「影も動いたぞ」
「んなっ、どこだ!」
「女性用後宮だな」
そう、ルークが告げる。
「ならば俺が行く。俺と一緒ならば構わんだろう」
「わかった。俺も」
「だが、ティル」
「問題ない。剣くらいは扱える」
「―――まぁ、様子を見に行ったら近衛騎士たちと剣を振り回していたからな」
「あはははは」
腕が鈍らないよう身体を動かしていたら、偶然様子を見に来たアイルたんに見られたこともあったっけ。
「ルーク、剣を」
「おらよ」
相変わらずの態度だが、まぁそれはいつも通りだ。俺はルークから剣を受け取る。
「アイルたんは?」
「素手で事足りる」
だよねー。ラスボスだもーん。アイルたんは魔法もピカイチなのだっ!
俺たち3人は急いで女性用後宮に向かう。
ドタドタと執務室よりも更に奥、候補の姫たちが住まう奥殿へ足を踏み入れる。
―――剣がぶつかり合う音が聞こえ、さあぁぁっと顔が青褪める。
『姫さまを避難させろ!』
『数が多い!』
『うわああぁぁぁっっ!』
―――カキンッッ
俺は素早くならず者の剣を受け止めそして振り払う。
新たに現われた俺に、黒ずくめのならず者たちが迫るのを、アイルたんの魔法が一掃した。
『ぎゃああぁぁぁぁっっ!!』
憐れなならず者たちの悲鳴が轟く。
そこには、憐れにも突っ伏して気絶する黒ずくめたちが広がっていた。
「けがは、ないか!」
「こちらは少し負傷しただけです!」
女性騎士が叫ぶ。
「ツェツィさまも無事です!」
そう叫んだのはミリアだ。その後ろには侍女に抱きしめられたツェツィが震えていた。
「皇帝陛下、皇后陛下!加勢いただきありがとうございます。不覚にも後宮への侵入を許したことはっ」
「―――今はいい。それよりも、他の者たちの安全の確認を」
跪く女性騎士に対し、アイルたんがさらりと告げると、騎士は頷き早速手分けして確認へ向かう。こちらにも騎士たちは数人残っている。ミリアもだ。まぁ、ここはアイルたんと俺がいるから大丈夫だし、ルークもいる。影もこちらに来ているはずだ。
―――あれ、そう言えばルークは?影は傍に潜んでいるとは思うけど。
「は、放せえええぇぇぇっっ!!!」
突如響いた叫び声に俺たちの視線が一斉に一点に向いた。
そこにはルークとメイリンによって捕らえられている男がいた。薄闇の中ではあったものの、アイルたんの掌にぼぅっと薄明かりが灯り、その顔があらわになる。
「ソラン殿下」
俺はもちろんその顔を知っていた。
ツェツィの脅えたような引きつった声が響き、ミリアと侍女が彼女を強く抱きしめている。
火の神の加護を色濃く受けたような、赤い燃えるような髪に瞳。肌は褐色で、細マッチョ。しかしながら、ルークとメイリンに取り押さえられて身動きはまず取れなかった。
「まさか、来たのか。一緒に」
「バカなんじゃないの?」
俺の驚愕に、メイリンも頷きそう続ける。
「相当、会いたかったのではないか?」
フッとルークが笑う。
「ちょっと、ルーク不謹慎」
そんなルークをメイリンがそう嗜める。
アイルたんの後宮に堂々と賊を伴って、自らもやってきたってことか。間抜けにもほどがある。腕に覚えがあるのならともかく、こんなにあっさりと捕まるような腕で来るとは。
「な、何故だ、ま、魔法が使えん!」
いや、ここで炎の魔法を使われても迷惑だが。
「ひょっとして、ルーク?」
「―――さぁな」
ソラン殿下の訴えに対し、思い当たるのはルークだけなのだが、しらを切られた。
「ね、このまま拘束するなら、やっちゃっていい?」
そう、メイリンが俺に問うてくるのでこくんと頷く。
「な、何をする気だ!女のくせに馬鹿力!」
「は?ボク男の娘 だけど」
「―――え?」
その瞬間、メイリンがソラン殿下に何かを注射すると、ソラン殿下はぐったりと動かなくなった。
※生きてるよっ☆
「陛下!みな、無事が確認できました!」
「ご苦労。では、早く姫を奥へ」
「はっ」
震えるツェツィをミリアが颯爽とお姫さま抱っこし(ミリアかっけーな)、侍女や女性騎士たちと奥殿へと向かう。
そして俺たちは残った女性騎士たちと共にならず者たちを一旦後宮から叩きだすことにした。
「とにかく、掃除だ掃除!」
ならず者たちを縛り上げ、そしてアイルたんの魔法やルーク、メイリンたちにも手伝ってもらい、後宮の外へと運び出せば、そこには既にユーリとクロード、そして近衛騎士団の副団長や駆けつけてきた一団たちが待っていた。
「あとはこちらで」
「あぁ、特にコイツは厳重にな」
そう、アイルたんが示したのはソラン殿下であった。
「皇后陛下の寝所である後宮に侵入を許すとは、大変申し訳ありません」
「良い。むしろこの俺がいる宮に侵入するとはいい度胸だ。女性騎士たちも姫たちに危害が加えられぬようよく仕事をしてくれた。問題ない」
確かに、みんな怪我がなくて良かった。
「それよりも、手引きした者がいるはずだ。洗い出せ」
「御意」
副団長が騎士が頷きを返し、ならず者たちやソラン殿下を連行していく。
確かに、ここまで大掛かりな侵入だ。わざわざ主犯のソラン殿下まで同伴しているとは思わなかったけど。最後はソラン殿下の魔法頼みだったのだろうか。
それも、十分に考えられる。
それに、その侵入ためには後宮の間取り図が不可欠だと思うし。それを外に流したものがいるのだろう。
そこは今後の調査に委ねるしかないか。
俺はクロードやユーリに無事だと報告し、アイルたんと一緒に一旦後宮の中へと戻ることにした。
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