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第66話 避寒地

「わぁっ!まさに温泉街!」 「うむ、ティルが気に入ってくれたのなら来てよかったな」 「うんっ、アイルたんっ」 俺はアイルたんと避寒地にやってきていた。グラディウス帝国は広いとはいえ帝都は北方寄りにあり、割と寒くて雪も積もる。一方で現在アイルたんと俺がやってきた避寒地でもある温泉地はある程度雪は溶けており、そして気温も抑えめである。 また、温泉街の至る所に屋根付きの足湯を楽しめるスペースがあり、とても賑わっている。他にもお土産屋さんや露店などが立ち並んでいる。 「屋台の串焼きとか食べたいなぁ」 「ティルは屋台が好きだな。自分でもやるくらいに」 「あ、はは。確かに」 でも屋台って楽しくない?聖者としての炊き出しも長年やってきたけれど、屋台形式で出張したこともあった。 「ねぇ、アイルたん。早速行こう」 「あぁ、いいぞ」 俺たちはグラディウス帝国皇族においては恒例の避寒地を訪問している。訪問自体は正式なものだが、街歩きに限ってはお忍びである。 護衛も陰ながら俺たちについてきてくれているし、今回は後宮メンツの中からクロードが付いて来てくれているので、俺たちの側で控えてくれている。 あと、ルークも付いて来ているけれど、多分ルークはルークで好きに回っていると思う。十中八九アイツは食べ物目当てでついて来たに違いない。 俺とアイルたんは念のための顔バレ回避のため、認識疎外効果のある魔道具であるペンダントを首から下げているが、キャスケットを目深にかぶり、なるべく一般人に見えるような格好をしている。それでも貴族とはバレるだろうけど。なんせお付きのクロードもいるのだ。この人員配置については、近衛騎士団長からのお達しだ。アイルたんは強いけれどボケ属性過多、俺もアイルたんハッスルモードだと暴走するのでと常識人代表のクロードを付けられた。 そんなっ。心外だけども俺、アイルたんを前に暴走する自信はすっごくあるっ!! 「ティル?先ほどからすごい呼んでくれているな」 ぐはっ 「えへへ」 心の中でアイルたん連呼したので、アイルたんが俺に顎くいを決めながら微笑んでくれている。 「できれば、声に出しても呼んで欲しい」 「ひゃうっ、アイルたんっ」 「ん、かわいい」 そう言って、頬に口づけを落としてくれる。 ひゃー。ひと前なのにぃっ! ふたりで手をつないでイカ焼きを頼めば、屋台のおっちゃんから“よっ、ラブラブだね!”と褒められてしまった。 認識疎外効果は継続中だが、俺たちのラブラブっぷりはしっかり周囲に見られているので、周囲からの視線が生温かい。 はむはむ。イカおいしい。 「アイルたんも食べる?聖魔法かけたよ」 「ん、ならティルが口付けたところを食べよう」 ひあぁっ。 アイルたんは俺の作ったものしか基本的には食べないが、俺が聖魔法を込めれば多少は食べられるのだ。 しかも俺が口を付けたところってっ!!間接キスやんけっ! いや、いつも直ちゅーはしてるけどっ! 「んっ、もぐもぐ。ティルの味が少しする」 「それなら良かったぁ」 「こういうのは、初めてだな」 確かに、アイルたんは皇帝陛下だってのもあるけれど、今まで食事はほぼ楽しむためのものではなく単に生命維持位に必要なだけだったから。 ―――神と同等の力を植え付けられた対価は、大きい。 アイルたんは何も悪くないのに。何故? 「どうした、ティル。俺のことなら気にしなくていい」 「けどっ」 「嬉しいのだ。ティルと一緒に、同じものが食べられることが」 「―――アイルたん」 「不思議なものだな。こうして、ティルの聖魔力をかけてもらうと、少しなら食べられる。本当に、ティルは不思議な存在だ」 「―――アイルたん。でも、他の聖魔法使いでも同じ効果が得られるかもしれないし」 「いや、多分。ティルだけだ。俺はティルの聖魔力がいい」 アイルたんの腕が俺を包むように抱きしめる。 「アイル、たん」 俺も、アイルたんの腕の中がほっとする。 「俺もだよ。他の誰でもない。アイルたんがいい」 「ティル。愛してる」 「んむっ!?」 今度は唇に軽く口づけを落とされた。 「んもぅ。周りが見てるよ?」 「見せつけてやれ。ティルが俺だけの伴侶だと見せつけたい」 「もう、アイルたんったら」 そんなアイルたんからの愛が嬉しすぎる。うへへ(ってオイ)。 その後は、後宮のみんなへのお土産を選んだり、郷土土産のアクセサリーなどを見て回った。 「これなどどうだ?」 「わぁ、キレイ!」 アイルたんが示したのは、赤くて小さいながらもかわいらしい箸で、銀色の装飾がされている。 「俺とアイルたんの色だね」 「あぁ、そうだ」 あ、だからこれを選んでくれたんだ。 「ね、夫夫(めおと)箸とか良くない?」 「めおと、ばし?」 「夫夫(ふうふ)でお揃いの箸を使うんだ。あと、茶碗もいいなぁ」 「では、選ぼうか」 「うん」 アイルたんと選んだ食器や食具は、何だか和風情緒が漂っていたり、そう思ったら普通に洋風の皿もあったり。 俺が普段料理を嗜み、そしてアイルたんと食事をするので、2人でお揃いのものをいくつか選んだ。 「宿に帰ったら、まずは温泉にでも入るか?」 「おぉっ!温泉!」 「ティルは湯船が好きだからな」 「うん、もち」 日本で育った前世の知識もあるからかもしれないが、記憶が戻る前からも温泉の類は好きだった。だって、慈善活動に行った帰りに温泉に入っていきませんかと勧められて、入った時の快感は忘れられない。んもう、疲れなんてどーんと吹き飛んじゃうくらいに。 俺はアイルたんと腕を組みながら、ふたり仲良く宿に向かったのであった。

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