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第69話 聖者の奇跡
―――翌朝。
とあるニュースが温泉街を駆け巡ったらしい。
「実は昨晩、不思議な現象が起きまして」
それは俺特製朝食(※料理長のレッスン付き)を食べた後、何をしようかとアイルたんとくつろいでいる時にクロードよりもたらされた。
「我々侍従や護衛騎士は、交代で昨晩大浴場を利用したのですが。その際に湯船が黄金に光輝いていたそうで、私も目撃しました」
な、ななな、それは!?
「俺たちが昨日入った時にも光ったけど」
「確か、ラティラさまと皇帝陛下がお入りになったのは、夕方前でしたね」
「うん、その後夕食の支度にとりかかったから」
「実は昨日の夕方以降、温泉街の各地の温泉宿や足湯場でそのような現象が相次いだのです」
「え、初耳なんだけど」
「温泉街を取り纏める地元領主の騎士たちが原因究明に挑んていたのですが、原因は遂にわからずじまいでした」
「あぁ、そうなんだ。特になんともなかったけど?」
「えぇ、健康被害などは特に出ておりません。むしろ、逆です」
「逆?」
「例えば、腰痛で湯治に来ていたご老公の腰が一晩で良くなったとか」
「へぇ、ここの泉質って確か万病に効くって言われてるんじゃなかったっけ」
「だからと言って、一晩で良くなるわけではありませんよ」
まぁ、確かに。この世界は魔法の世界だからあり得るのかなぁと思ってしまったけど、そうはいかないらしい。聖魔法じゃあるまいし。
「また、長らく不能だったナニが復活して急に元気になり、夫婦仲が睦まじくなったとか」
「わぁ、良かったじゃん。でも何で復活したんだ?」
そう言えば、昨夜はアイルたんもめっちゃ情熱的に突いて注いでくれたなぁ。関係あるのかな?でも、アイルたんは元々めっちゃ元気だし、夫夫仲は元々ラッブラブである。
「護衛騎士の中には昔負った古傷の痛みがさっぱり消えてしまったり、お肌がつやつやになったり、他の侍従の話では右腕に後遺症で残った痺れがたった一晩で解消したとか。このような奇跡が温泉街各地で確認されたのです」
「わぁっ!何かすごいじゃん、それ!」
「まぁ、確かにそうなのですが」
何だろう、クロードが何か言いよどんでいる?
「僭越ながら申し上げますが」
「うん?」
クロードにじっと見つめられ、思わず首をこてんと傾げる。
「聖者の、聖魔法の効果に似ておりませんか?尤も、昨晩起きた奇跡のような回復を全て行えばラティラさまに負担がかかるとは思いますが」
確かに、アイルたんに聖魔力をありったけ吸い取られているうちにちょっと聖魔力の上限は増えたけれど、さすがに温泉街各地のみなさんの腰や夫婦仲などを一気に改善するのは難しいかもしれない。
いや、MPポーションがぶ飲みしながら頑張ればいけるかもしれないけど。
「だが、昨晩は俺がおいしくいただいたぞ?」
「あ、アイルたんったら」
そんないただいただなんて。ちょっとゾクリとする言い方!
「しかも、いつもよりも濃厚で、旨かった」
「ぎゃふっ」
「いつもよりもラティラさまの聖魔力が濃かった、ですか」
「ん?そう言えば」
何で聖魔力が濃くなったんだろう。濃くなったと言うことは量だけではなく質も向上したと言うこと。そして温泉街各地で見られた光輝く温泉、聖者の奇跡とも思える治癒関連のあれこれ。
そうだ。この問題に関して、ひとりだけ答えられそうなやつを連れてきたんだった。俺はすっくと立ちあがった。
「ちょっと、確認してくるから待ってて」
そうクロードに告げ、俺はそそくさと別の部屋へ向かった。
すとっ
障子を開ければ、案の定そこには寝っ転がって温泉街グルメ雑誌を読みながら温泉饅頭をはむはむしている男がいた。
「ルーク!ちょっと聞きたいんだけど!」
「何だ?もう昼飯の時間か?」
んなわけないじゃん!さっき朝飯食べたばかりだよ!!
「あの、温泉街各地で不思議なことが起こったんだ!」
俺はクロードに聞いた話をルークに話した。
「何かわかる?」
「さぁなぁ」
うーん、ルークでも手詰まり?でもなんか含みのある言い方だな。
「聖女や聖者と言うものは、たまに奇跡を起こす。それは神の奇跡とも言われる。それは聖女や聖者が神に愛された神子だからだな」
「う、うん。そうだね」
その神のひと柱が目の前にいるわけだが。寝っ転がって饅頭食ってるけども。
「そのような奇跡が起こるのは、主に聖女や聖者が神に祈りを捧げた時や、この上ない幸福を感じた時だ」
「ん~、昨日は特に祈りは捧げてないし。それじゃぁ、幸福を感じたから?確かにアイルたんと一緒に旅行に来て、温泉は入れて幸せな気分になったけど」
「そのような時、神はたまに気まぐれで奇跡を与えることがあるな」
「そうなの?ルークは昨日奇跡を与えてくれたってことか?」
「さぁ、知らん。別に意識しているわけじゃない。俺は女神 ほど真面目じゃないからな」
「まぁ、確かにそれは言えてるけど、適当すぎないか。お前の定義が」
「全く、相変わらずよくわからない男だな」
むんずっと後ろから抱き着いて来たのは、アイルたんだった。
「アイルたん」
「つまり、昨日ティルは俺と一緒に温泉を楽しんで最高に幸せだったと言うことか」
「確かに、すっごく幸せだよ。今も」
「そんな風に言われたら、もう離れられないな」
そう言って、アイルたんが俺の首筋に顔をうずめてすりすりしてくれた。
「ひあぁっ」
「……全く。お前らは呆れるくらいイチャイチャしてるな」
「おかげさまで。でも、ルークはちょっとは自覚もったら?」
「嫌だ、面倒くさい。そう言うのは女神がやってればいい」
「おいおい」
それでいいのか。今度神殿に行ったら、女神さまをねぎらっておかねば。この男のお詫びに。
「……で、どうする?」
アイルたんが俺に問うてくる。
「ん~、騒ぎになるのも悪いし、偶然起こった奇跡ってことで、良くない?」
「ティルは謙虚だな」
「いや、静かに過ごしたいだけかも?」
そう言うわけで、クロードには聖者の力が関係していることは話したものの、対外的には原因は分からないけれど奇跡が起こったと言うことで折り合いをつけてもらうことにした。
しかし俺はこの時はまだ知らなかった。その来年も、再来年も、俺がアイルたんと夫夫でこの避寒地の温泉を訪れる度に温泉が光り輝き数々の奇跡が起こり続けることを。そしてその伝説は、“聖者の奇跡”として帝国の歴史に名を残すことになるとは、つゆほどにも思わなかったのである。
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