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三十一 今日こそは。
次こそ、吉永と距離を置く。
そう思いながらラウンジを歩いていると、大津と蓮田が俺を見つけて呼び止めた。
「わたあめ~。わたあめいかが~。チョコバナナもあるよー」
「屋台かよ。今度はどうした」
「蕎麦は食堂からクレームが来て、やめたんだ」
どうやら蕎麦は美味しすぎたらしく、メニューを作ってくれている栄養士のお兄さんからクレームが来たらしい。まあ、食堂の売り上げが落ちたら閉鎖もあり得るしな。仕方がない。
「それで、何で屋台?」
「色々リクエスト聞いて回ってたら、301号の隠岐先輩がチョコバナナが好きだっていうからさ」
「ああ、リクエストなのね」
「そんなわけで、一本やるよ。ほら『オレのバナナ』だ」
そう言って大津が笑いながら渡してきたのは、ダークチョコにコーティングされたチョコバナナだ。先端部分だけホワイトチョコレートでコーティングされている。ホワイトチョコレートが少し垂れているのが、いかにもそれっぽい。
「下品なもん作るな」
「いて」
べしっと頭を叩きながら、チョコバナナを思いっきり齧ってやる。蓮田が「イテテ」と悪ふざけする。
(ったく、バカどもが)
鼻を鳴らして残りのバナナを口に放り込む。
「何やってんだ?」
ぴょん、と背中に飛び付くようにして、吉永がやって来た。背中に体温を感じ、ドキリと心臓が鳴る。
「っ……! おい、危ねーだろ。こっちは棒持ってんのに」
食ってる最中だったら、喉を突き刺していたかも。そう思いながら振り返り――。
「えー、何食ってンの? おれにもー」
「はーい。吉永センパイにも、『オレのバナナ』を」
吉永の格好に、絶句して息を呑んだ。トレーナーから、スラリと伸びた長い脚。素足にスニーカーを履いた、惜しげもなく素肌をさらした姿に、思わず凝視する。
(いや、落ち着け。穿いてる。穿いてるだろ。ショーパンか……。くそ、生足晒すな……)
一瞬、穿いていないのかと思ったが、トレーナーで隠れて見えないだけだったようだ。心臓に悪い。
「あっはっは! ヤバいなこれ!」
笑いながらチョコバナナを受け取り、しげしげと眺めている吉永を見る。形の良い脚に、赤い痕がついている。太股の内側についた痕跡に、ドッ! と心臓が脈打った。
「っ、おいっ……!」
「んぁ?」
チョコバナナの先端を舐めていた吉永に、頭を抱える。蓮田が「エッローw」と笑っていた。
「くっ……、ちょっと、来いっ!」
「あ」
吉永の腕を掴み、引っ張るようにしてその場から遠ざける。大津が何か冷やかしていたが、無視した。
廊下の端まで吉永を連れて行く。吉永は「なんだよ」と言いながら、チョコバナナの先端をペロッと舐めた。
「っ、お前、な」
「これエロいよなァ。男子寮らしい発想だわ」
「……吉永」
「ん?」
パクッとチョコバナナを咥える様子に、一瞬ムラっとした欲望が渦巻く。わざと、やってるんだろう。
「バカやってねえで、さっさと食え」
「えー、まあ良いか」
「……」
食べ終わるのを待って、話を切り出す。
「吉永、あんたなぁ。脚! 解ってんの?」
「あー。コレ?」
吉永が見せつけるように、脚を掲げる。白い肌に浮き出た赤い痕跡は、どう見てもキスマークにしか見えない。
「あの、なぁ」
(煽ってる……よな)
ドクドクと、心臓が鳴る。
「おれの脚見てるのなんか、お前しかいないって」
「……バレたら何て言い訳する気だよっ……」
「んー」
吉永が俺の首に腕を回す。周囲が気になったが、人の気配は遠い。
「虫に刺されたって言えば、平気じゃん?」
「……」
俺は虫かよ。
吉永の顔が近づいてくる。ここは寮の廊下だってのに。
「あのなぁ……」
さすがに拒否しようとしたのに、それより早く唇が押し当てられる。ふに、と柔らかな感触が、口に触れた。チョコレートの匂いがする。
「ん、それで、どうする……?」
甘い声で囁きながら、吉永が脚をすりっと擦り寄せた。
「……」
くそ。今日こそ、距離を置くって決めたのに。
(いい加減にしろよなっ……)
俺の心情を知っているかのように、的確に誘惑してくる。誘いを断れない俺にも問題があるが――。
「……吉永の部屋、行く」
「ん」
俺の返事に、吉永は満足そうに微笑んだ。
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