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三十二 合コンの日
結局、吉永と距離を置くことが出来ないまま、合コンの日がやって来た。俺の意志が弱すぎるせいもあるが、吉永だって悪い。最近やけに、絡んでくるし。サービス良いし。あんなの、断れるわけない。
合コンの場所は鯨町にあるピッツェリアだ。出来てまだ一年間程度らしいが、本場ナポリで修行した店主の出す、ナポリピッツァがお勧めらしい。
俺は同じ部の同僚二人を連れ、河井さんのほうも、友人女性二人を連れてきた。吉永には部の飲み会だと言ってある。嘘じゃない。ただ女の子もいるだけだ。それに、別に吉永と付き合ってる訳じゃないんだし、浮気とかじゃないはずだ。うん。
「それじゃ、かんぱーい!」
と、明るく音頭を取ったのは、河井さんと同期だという香川さんだ。趣味はジムとボルダリング。河井さんとは違うタイプの美人である。河井さんの趣味は雑貨屋巡りらしい。各自趣味を言いながら自己紹介をする、合コンとしては定番の流れだ。
「河井さんには、いつもお世話になってるからね」
「あ、ありがとう。気を遣わなくて良いよー」
ボトルで注文したワインを注ぎながら、そんなことを言う。お世話になっているというのは事実だが、仲良くしたいというのが本音。
(河井さんと仲良くなって、吉永と縁を切る)
自身にそう言い聞かせる。心臓が痛い。背中から冷汗が出る。もしかして俺、体調が悪いんだろうか。
(それとも呪われてるんだろうか)
そんなことを考えてしまうのは、何かが後ろめたいからだろうか。あの明るくさっぱりとした性格の吉永が、呪うわけない。思い込みだ。
「久我君は寮なんでしょ? 寮ってどうなの? 窮屈じゃない?」
香川さんが興味津々、という様子で聞いてくる。このメンバーの中で寮生なのは俺だけだ。女子寮もあるにはあるが、利用者は多くないと聞いている。
「門限とかは窮屈ですけどね。気楽で良い部分も多いですよ。夕暮れ寮は飯も美味いしね」
「夕暮れ寮のご飯は評判良いよね」
総務部の河井さんは寮の実態も良く知っているので、評判が良いのは嬉しいようだ。もう一人の女子である宮城さんも「ご飯あるのいいなあ」と、肯定的だ。一緒に来た男子たちも、ノリがいい奴らを選んだ。最近のお笑いのネタとか、好きなガジェットとか、話題も多い。俺が河井さん狙いなのは知っているので、その辺も含めて丁度いいメンバーになっている。
(最低でも、個人的な連絡を取れる仲にならないとな……)
これで良い。これが『正しい』はずだ。可愛い彼女、ゆくゆくは結婚して、子供を作る。それが『普通』で、『正しい』はずだ。間違っていない。
今度は宮城さんが質問をしてくる。
「でも寮だと、上下関係が厳しかったりしません? 家に帰っても、職場の先輩とか上司がいる訳でしょう?」
「あー、確かに。それちょっと嫌かもな~」
男子メンバーも相槌を打つ。
先輩。という言葉に、ドキリとした。吉永の肌の匂いがする気がした。
「……夕暮れ寮、は、そうでもないよ。俺も、先輩に、タメグチだし……」
なんとなく、言葉がぎこちなくなる。女の子と一緒の飯で、楽しいはずなのに。胃が重い。
しばらく雑談をしながらワインを流し込んでいたが、なんとなく落ち着かなかった。
「ちょっと、トイレ……」
そう言って、席を立つ。
用を足して、洗面台で手と一緒に顔を洗う。何をやってるんだ、俺は。せっかく合コンに来たっていうのに、全然集中できていない。ここに来たんだ。腹をくくれ。
(……よし)
少しでもアピールして帰ろう。そうしないと。そう、しなければならない。
殆ど義務感で、そう念じ、トイレから出る。
「あっ」
扉を開けたところに河井さんが居て、驚いて固まってしまった。河井さんは俺を見上げて、何か言いたげな顔をする。少しだけ頬が赤いのはワインのせいだろうか。
「あれ、河井さん?」
「あ、その。久我くん、大丈夫?」
「え?」
「もしかして、体調悪い?」
「――いや、大丈夫です」
心配して、様子を見に来たのか。気づかいを感じて、フッと緊張の糸が緩んだ。
「そう? 無理、しないでね。ダメそうなら、早めにお開きにしようね」
「はい。ありがとうございます」
さりげない優しさが、嬉しい。彼女が魅力的だと、ちゃんと思える。
(大丈夫。大丈夫だ)
きっと俺は、河井さんを好きになれる。大切に出来る。
(吉永だって、解ってるはずだ)
そう言い聞かせ、河井さんの横に並ぶ。河井さんの笑顔が、ちくちくと胸を突き刺した。
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