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六十一 居るところには居るらしい

 翌日、朝一番で食堂に向かう人波の中から羽鳥を見つけ出し、声をかけた。羽鳥は背が高い大男で、俺よりも頭一つ分ほど背が高い。 「あ……。久我先輩」  羽鳥は俺が何を言いたいのか解ったようで、おとなしく着いてきた。人気のない廊下に連れ出し、苦笑いする。 「いや、悪いな。変なもん見せて」 「いえ、自分は大丈夫です。それに、言いふらしたりもしませんから」  先回りしてそう言われ、ホッと胸を撫で下ろす。 「なんか、悪いな。まあ、言いふらすようなヤツじゃないとは思ったんだけど、吉永がさ」 「付き合ってるんですか?」 「うん。まあ」 「良いと思います。とは言え、吉永先輩の懸念は晴れないと思うんで、俺もバラしておきますね」 「あん?」 「同期の須藤雅と、付き合ってるんです。まあ、ライバルも多いんですけど」 「は――」  マジか。須藤といえば、新入社員の中でも顔が可愛いと評判の青年だ。そう言えば同期の羽鳥たちとよく一緒に居る。 (てか、ライバルが多いって……いや、まさかな)  周囲に同姓のカップルなど居ないと思っていたが、そんなことはなかったようだ。羽鳥の肩を叩き、ホッと息を吐く。 「見られたのがお前でよかった」 「そうですか? まあ、鍵はかけた方が良いですね。寮だといきなり開けますから」 「それな。気を付けるわ」  吉永には共有して良いということだろう。これで少しは安心だろうか。羽鳥に別れを告げ、食堂に向かう。俺も悩みが一つ消えて、ホッとした。 (しかし、居るところには居るんだなあ……それも、同じ寮内にいるなんて)  同性で、しかも同じ寮内に恋人がいるなんて。てっきり俺だけだと思っていたのに。最近はLGBTを題材にしたドラマなんかもあるようだし、案外、そういうひとも多いんだろうか。まあ、俺はLGBTに該当しないんだけどもさ。  ◆   ◆   ◆  とまあ。羽鳥の秘密も知ったわけだし、これですべて解決! と思っていたのだが。 「ヤダ。無理。おれ自分の部屋帰るから。航平もそうして」 「は!? 何でだよ。平気だったって言ってんじゃん!」  突然の寮内同棲解消である。俺の部屋に置きっぱなしにしていた荷物をまとめて、吉永が自分の部屋に引っ込んでしまった。それだけなら良いんだ。毎日一緒に寝られなくても、遊びに来れば良いだけだし。 「……無理って、言ってるじゃん。羽鳥が大丈夫だったのは、たまたまだろ?」  そう言って赤い顔をして、心底恥ずかしそうにする吉永が可愛い。じゃなかった、本気で嫌がってる。 「無理って……」  ドアの向こうに追いやられて、部屋に入れてくれない。これじゃイチャイチャ出来ないだろうがっ! 「これからは、外でしよ?」 「いや、そんな小首傾げて可愛くしてもダメだから。え? 本気で言ってる?」 「声がでけーって。周りに聴こえるだろ」  外でしようっていうのは、もう寮内でエッチしないってこと? (いやいやいやいや)  吉永の言い分は解る。今回は俺も悪かったし、また同じことが起きたらってリスクを回避するのも解る。けど。 (けど、恋人同士なんだぞっ!?)  本当は毎日したいのに、我慢してるんだぞ。本当は毎日エッチするのじゃ飽き足らず、足にしゃぶりついたりしたいのに!? 「ちょ、ちょ、ちょ。ちょっと待って。キスは? キスは良いんだよな?」  まさか、それは禁止じゃないよな? 違うよな? 違うと言ってくれ。 「ん――」  吉永が小首を傾げる。そんなに、悩むことじゃないだろ? なあ。 「……ダメ。したくなっちゃうし……」 「だあああつっ!!」  くそっ! 嘘だろ。マジかよ。  廊下に手をついてうなだれる俺に、吉永の困ったような声が降ってくる。 「そんなでもないだろ?」 「そんなだよ!」  なんで平気そうなんだよ。クソ。信じらんねえ。 「その代わり、週末は外ですれば」 「……まじか……」 「別に、普通だろ?」  いや、そうだけど。普通かもしんないけど。普通の働いてるカップルだったら、週末デートとか普通なのかも知れないけど。でもそいつらだって、不意に会いに行ってキスしたりエッチしたりするだろうよ。それもなしだなんて。 「急に会いたくなったら?」 「え?」  顔を上げ、ずいっと詰め寄る。吉永が、何言ってんだ? みたいな顔をする。 「無性に寂しくなって、抱きしめたくなったら?」 「あー。まあ、平気じゃん?」 「冷た」  何よそれ。酷いわ。あんまりよ。  嘘泣きしていると、吉永は呆れた顔でため息を吐いた。耳がまだ赤い。 「あのなあ、おれ見られたんだぞ」 「それを言うなら俺だって見られた」 「傷ついてるの。わー、かー、る?」 「……それは」 「とにかく。寮内では接触禁止。解った?」  言い聞かせるようにそう言う吉永に、俺は口を結んだ。 「解らん!!」  大声で叫んだせいで、隣の部屋から「なんだ?」と寮生が顔を出した。おかげで追い出されてしまった。

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