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八十九 バニーガール

「ちょ、ちょ、ちょっ! 航平! 航平っ! 下ーろーせーっ!!」  暴れる律を抱え上げたまま、俺は店を飛び出す。そのまま店の裏手にある駐車場の方へ行くと、ようやくそこで律を下した。 「な、なんなの!?」 「なんなのはこっちだ! なんだ! その恰好は!!」 「バニーガール」 「ばか!!」  街灯の明かりに照らされて、律のなまめかしい姿が浮かび上がる。赤いピンヒール。網タイツ。際どいラインの水着みたいな衣装。可愛いお尻にはふさふさのしっぽまでついて、カチューシャには耳まで着いている。 「こんな、エロい恰好!!」  しかもなんか、チープな感じしねえし。どこで買ったんだよこんな衣装。 「好きだろ? こういうの」 「大好き! じゃなくて! 他の男がいる前で!!」 「チャイナ服と迷ったのよ。チャイナドレスも好きだろ?」 「大好き! いや、そうじゃなくてな!」  息を荒らげて怒る俺に、律が腕を伸ばして誘惑してくる。 「あとで、サービスしてやるぞ?」 「――それは、嬉しいけど」  それは嬉しいけどな。俺はお前の脚を、他の男に見せたくないんだ。 「解るだろ?」 「わかんなーい」  ニヤニヤ笑いやがって。解っててやってる。  傍からみると完全にいちゃついているように見える俺たちだが、俺はちゃんと怒っているのである。俺の律が。他の男に。 「ちょっとー。いちゃつくのは後にしてくんない?」  と、横から声がして、俺と律は驚いて顔を上げた。チャイナドレスの美女、朝倉だ。 「おー、裕ちゃん。待ってろ」 「ダメっ!」 「あとで裕ちゃんのチャイナドレスも借りてやるから」 「ダメだって!」  もはや朝倉がいようが知ったこっちゃない。これ以上、律のエロい脚を見せるわけにはいかんのだ。その使命感だけで、律を引き留める。 「解った」  そう言ったのは、律ではなく、朝倉だった。 「へ?」 「よっしーのバニーがダメなんだろ? 仕方がない」 「は――」  ◆   ◆   ◆  チャララ♪ チャララ♪ チャララッチャ~♪  音楽と共に、ゲラゲラと笑い声がする。指笛を鳴らすヤツまで居る。ムカつくが、仕方がない。俺が我慢するしかないんだ。 「♪~♪~♪~」  朝倉の歌い出しに合わせて、俺もマイクを握った。席の方では律が腹を抱えて笑っている。マジで、あとで泣かしてやる。俺はしっぽを振りながら、全力で熱唱した。 「あー。おかしかった……」 「まだ言ってんのかよ」 「だって、航平のバニー……ぷっ、くっ、くっ」  クソ。絶対に泣かしてやる。  俺の不機嫌に気付いたのか、律は「まあまあ」と俺の肩を叩いた。 「良いじゃん。裕ちゃんにチャイナドレスも借りられたんだし。好きだろ? スリット入ってるの」 「大好き。あのなあ……」  なんか朝倉にも俺たちの関係がバレた気がするんだが。まあ、もうどうでも良いか……。なんだかSDMに行って、気にしなくなってしまった。俺たちが恋人だと知っても、みんな平然としてるんだもんよ。 「マジで、お前、後悔するぞ」 「ええー? 今更しないよ」 「お前は|癖《ヘキ》を舐めてんだよ。マジで引くからな」 「ええー……」  まあ、一つだけ良い点を挙げるとすれば、律がコスプレを気にしないヤツだと解った点だ。つまりは、ハイヒールを履くことも、ストッキングを履くことも、ニーソックスを履くことも気にしないと言うことだ。ガーターベルトも行けそうだなあ? だがレギンス。お前はダメだ。お前はいけない。 (覚悟しろよ)  どエロい恰好させてやるからな。  鼻息荒く誓う。何かを察したのか、隣で律がブルっと身体を震わせた。

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