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九十二 思いがけない展開

「エッチの時ほど、お前との年齢差が心配になるわ」 「ごめんて」  夢中で腰を振った自覚しかないので、一応反省しておく。勿論、形だけじゃない。ちゃんと反省してる。でも律ちゃんがエロいのが悪いと思うの。(反省とは) 「んー、まあ、おれが体力ないのも問題だなぁー。デスクワークばっかだし」  律は背のびをして、ベッドの上から飛び降りる。俺も同じくベッドから降りて、カーテンを開いて窓を開けた。部屋のなかに外の空気が入ってくる。籠っていた部屋の空気が緩和され、昨夜の熱が薄れていった。 (うーん。良い夜だった……)  最終的にはすっかり脱がせてしまったが、バニーガールは最高だった。また着て欲しい。本能のままに引き裂いてしまった網タイツはもったいないが、処分しておこう。すごく惜しいけど。今度は網タイツじゃなくて、ストッキングでも良いな。茶色とか色の濃いやつ。 「んー。どっかジムでも通おうかな」 「まあ、それは良いかもな」 「航平も、通うだろ?」 「まあ――律が通うなら?」  変な虫がついたら嫌だし。 「一緒じゃないと、お前すぐ変な虫がよって来るからな」 「……」  それ、俺が言われるんだ。もう全然、信用されてないじゃん。 (仕方がないか……)  はぁ、と息を吐いてシーツを剥がす。律は欠伸をしながらカットソーを羽織った。 「なあ、押鴨たちの手伝い行く?」 「荷物はもうないって聞いたけど」 「掃除とかあるだろ。見送りとか」 「そうね」  感慨深いものだ。この寮に長くいた人たちの退寮は。またすぐに、新しい人が来るだろうけど。 (というか、もしかして、チャンスなんじゃ)  ふと、今が律に、「自分達もいずれ、寮を出て一緒に暮らそう」と言う、チャンスなのではと気づく。二人の寮生が出る、今がその時なのでは。  ドクン、ドクンと、心臓が鳴る。緊張で、手が震え出す。 「り、律っ……。あのっ」 「んー?」  律が呑気な声を返した。その時だった。  けたたましい音を立てて、スマートフォンが鳴り響く。驚いて、ビクッと身体が震えた。 「っ!」  鳴り響く着信音に、律が「お。電話ー? 珍しい」と言いながら靴下を穿き出す。完全に、タイミングが逸れた。  はぁ、と息を吐き、スマートフォンに手を伸ばす。メッセージでなく電話というのは、珍しい。相手が誰かも確かめずに、電話に出る。 「もしもし?」 『あっ! 航平? 俺なんだけど……』 「兄貴?」  思いがけない人物からの電話に、驚いて目を瞬かせる。兄と番号は交換していたが、電話が来たのは初めてだった。最近はメッセージをやり取りしているが、声を聞くのは久し振りだ。 「どうしたの? 慌てて」 『それがその、大変なことが。ああ、俺ってやつは……! ああ、でも。やっと夢がっ……けど、勝手に……!』  電話の向こうの兄は、酷く慌てていた。律が漏れ出た音を聞いたのか、首をかしげながら近づいてくる。 「どうしたの。落ち着けって」 『俺のっ! 俺の漫画がバズっちゃって!  それでっ』 「え。マジ!? スゲーじゃん」 『そうじゃなくて、その内容がっ』  横で律が、なにやらスマートフォンを操作し始める。どうやら、兄のSNSを探しているようだ。 「内容?」 『な、名前とかは伏せたんだけど、お前のこと描いちゃって……』  ん? 俺のこと? 「あー……」  見つけたのか、律がスマートフォンの画面をこちらに向けてきた。 『会社の先輩と興味本位でエロいことしたらハマってしまった件』というタイトルで投稿された、少女マンガ―――というか、あれだ。BLマンガってやつ。最近は実写ドラマ化とかもしてるから、名前くらいは知っている。 「……これって」  これ。律じゃん。そんで、俺じゃん。 「――」 『ごめんっ! 勝手に! 素敵な話だと思って、つい……!』 「ああ、うん」  衝撃すぎて、恥ずかしさがあとからやって来る。律も恥ずかしそうにしながら、マンガをスライドさせていく。どうやらストーリーは、俺が律にまだ素直になっていなかった頃のようで、コメントに「続きが気になります!」とたくさんリプライが着いていた。 「はぁ~、航平、こんな感じだった?」 「こんな感じだった。いや、もっと拗らせてたかも」 「ふーん? 可愛いじゃん」 「うるせえ」  ニヤニヤ笑う律は、別に怒っている様子はない。まあ、マンガを見ても俺たちと結びつけるやつは居なそうだし。 『ごめんね。すぐに消すから!』 「あー、いや、せっかくのチャンスじゃん」 『え?』 「色んな人に見てもらえる、チャンスじゃねえの? まあ、恥ずかしいけどさ。コメントとかも、肯定的なの多いし」  俺たちをネタにしたようだが、あくまでモデルって感じだ。そのまんま、という感じじゃないし、身バレはしないんじゃないかな。 『航平……。じ、実は、出版社さんからも、連絡があって……』 「マジで? 迷う必要ねえじゃん。なあ、律」 「うん。おれらは大丈夫ですよ。お兄さん」 『航平……。律くん……っ。あ、ありがとうっ!』  兄のマンガは、Web上で正式に連載が決まりそうらしい。連載して行けば、将来的には単行本になるかもしれないし、他の仕事も来るかもしれないそうだ。兄は少女マンガ家志望だったから、BLマンガはどうなのか心配だったが、元々好きではあったそうだ。まあ、嫌いなら描かないか。 「まさか、おれたちの話がマンガになるとはねえー」  クスクスと、律が笑う。 「本当にな。まあ――こうやって見ると、改めて思うわ」 「ん?」 「あの時はさ、律に『いい加減にしろっ』て思ったけど――ハマって、良かった」 「くくっ。ウケる」  律は笑いながら、俺の首に腕を回した。 「おれも、航平で良かった」  これから先も、何度でも思うんだろう。あの時、律と興味本位でしてなかったら、今はなかった。あの時、理性のほうが勝ってたら、今ごろはただの友達だった。  唇を重ねながら、いくつもの偶然に感謝するのだった。

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