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4-2
守衛に申告した通りに図書館を利用し、五時過ぎまで時間を潰した伊吹生は、プロムナードのベンチへ戻った。
凌貴は先に座って待っていた。
華やかなキャンパスで彼のところだけ異色の空気が流れている。「吸血種」の中でも特有で、日の下において夜に抱かれているような、深々とした陰影を孕んでいた。
「四時間も待ったぞ」
伊吹生がベンチの横に立てば、広げていたノートを閉じて凌貴は立ち上がった。
「寝ていたんでしょう。顔に痕がついてます」
「勝手にベタベタ触るな」
顔に触れてこようとした凌貴を伊吹生はジロリと一瞥した。
「食事っていうのは普通の飯だろうな?」
「行きましょうか」
「無視するな、ちゃんと答えろ。この間みたいなワインが出るようだったら、俺は付き合わない」
「車を待たせています」
「近場じゃないのか?」
伊吹生の質問を全てスルーした凌貴は、大学キャンパスを出、待機していた黒塗りの高級車に乗り込んだ。忽那家の自家用車らしく、運転手は寡黙に車を走らせた。菖の件があって強気に出られない伊吹生は、後部座席で凌貴を隣にして押し黙っていた。
十分後に到着した先は常夜灯が点り始めた、品のいい落ち着いた街だった。
大通りで車を降りて閑静な小路へ入る。趣きのある小料理屋、古民家をリノベーションしたイタリアンなど、また一段と雰囲気のある店が連なっていた。
しっとりと風情のある黒塀に竹灯籠、涼しげな麻の暖簾を潜って、凌貴は古めかしい三階建ての店に入った。隠れ家風というか、大学生には敷居が高そうな店構えに伊吹生は目を疑う。
出迎えた和服の従業員が「お待ちしておりました、凌貴様」と声をかけるのを見、そういえば良家のご子息だったと痛感した。
「あら、お連れ様が……?」
「ええ。兄はもう来ていますか?」
「はい、鬼灯のお部屋にいらっしゃいます」
凌貴と従業員の会話を聞いた伊吹生は、今度は耳を疑った。
「お前の兄が同席するなんて聞いていない」
「僕、言いませんでしたか?」
「一言も言ってない」
店先で押し問答するわけにもいかない。こぢんまりとした玄関で靴を脱ぎ、伊吹生は全席個室の会席料理店に上がった。隅々まで磨かれて重厚な艶を放つ階段に足をかけ、先を進む凌貴の後を渋々ついていく。
三階まで上り、各個室から小波じみた話し声が寄せては返す、畳敷きの細い通路を進んで奥へ。
突き当たりにある格子戸の前で立ち止まると、凌貴は声をかけた。
「時成兄さん、凌貴です、入ります」
格子戸の向こうには四人掛けのテーブルにつく一人の男がいた。
スラリとした体の線に沿ったスーツ。食事中でも毅然と締められたネクタイ。さり気なく細やかにセットされた黒髪。
彼は凌貴の背後にいる伊吹生を見、おもむろに首を傾げた。
「新人の給仕にしては、どうかと思う身だしなみですね」
「この人は僕の恋人です」
「おい!」
典型的なツッコミを入れてしまい、伊吹生は短い溜息を一つ、そして前菜を堪能していた凌貴の兄の時成 に簡潔に自己紹介した。
「司法書士の甫伊吹生と言います」
天井には和紙のペンダントライト、壁には鬼灯を描いた掛け軸。橙色の明かりに包まれた部屋の中へ「失礼します」と上がり込む。
「名刺です」
色とりどりの前菜がバランスよく盛られた角皿、冷えた白ワインのグラスが乗るテーブルの脇に名刺を置いた。
「弟さんが調査員だか何だか雇って、コチラの身辺を勝手に調べ上げています。迷惑しているので、厳重に注意してもらえませんか」
時成は銀縁眼鏡の下で切れ長な目をスゥ……と細めた。
「凌貴。どういうことでしょう」
「今から時成兄さんに馴れ初めをお話します。伊吹生さん、どうぞ座ってください。食前酒はどうします? スパークリング? ロゼ?」
正直なところ、伊吹生は今すぐにでも帰りたかった。
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